冬の風物詩、牡蠣。
この季節になると、生食はもちろんのこと、カキフライや鍋、焼き牡蠣など様々なバリエーションの料理が食卓にのぼります。
しかし、実のところ、牡蠣の旬は冬だけではないことをみなさんはご存知でしょうか?
「牡蠣には四季折々の味わいがある」と語るのは、広島県の江田島で牡蠣の養殖を行う『かなわ水産』の副社長・三保弘太郎さん。
・牡蠣を美味しく食べる一番の方法は一口で食べること
・牡蠣の養殖は英語圏では「栽培」と考えられている
・「生食用」「加熱用」の違いは鮮度ではなく海域
など三保さんの口から飛び出したのは、牡蠣に関する知られざる知識の数々。
1867年創業の老舗が語る、牡蠣の秘密とは。
そして世界市場を見据えたブランド牡蠣「先端(SENTAN)」を食べることができるお店とは。
実際に牡蠣の養殖現場を拝見し、お話を伺いました。
一口で食べることが一番牡蠣を美味しく食べる方法
──牡蠣の美味しいシーズンというと冬のイメージなのですが、実際はどうなのでしょうか?
明確な旬というものはないですね。季節によって味わいが変わるので、どの時期に食べても楽しめると思います。むしろ、産卵時期は基本的に夏なので、冬より春の方が身は大きいですよ。ただ基本的に牡蠣はやはり鮮度が大事ですね。
──なるほど。やはり牡蠣の味は鮮度で変わると。
そうですね。一番美味しいのは海から上げてすぐの状態です。熟成肉や熟成魚はありますけど、貝に関してはまず鮮度が美味しさのポイントですね。
牡蠣を美味しく食べるためのポイントとしては一口で食べること。外側のビラビラした部分、貝柱、内臓でそれぞれ味が違うのですが、一口で食べて噛むことによって、口の中でアミノ酸が混じり合い、味の相乗効果で味わいがより増すんです。
──大きければいいというものでもないと。
はい。むしろ採算的に見れば大きい方が楽なんですよ。
──そうなんですか? それは意外です。大きくするためには時間をかけないといけない印象だったので。
確かに大きくするためには、期間が必要です。ただ、剥き身の牡蠣の場合、売る単位が重さなんですよ。
そのため、身が小さいと同じ量でも数が必要になるわけです。殻を開ける手間は大小かかわらず同じなので、小さいものだと単純に手数が増えてしまうんですよ。だから収穫する側としては大きく育てたほうが効率がいいわけです。
──そうだったんですね。サイズによって味というのは変わるのでしょうか?
季節と同じで、育つサイズによって風味が全然異なります。本当に小さなサイズのものでも食べられますよ。お寿司でいえば、新子(しんこ)*1みたいな感覚でしょうか。
──ちなみに、大きな牡蠣って熱を通すと縮んでしまうイメージがあるのですが、何か理由が?
あれは牡蠣の中にある水分が熱で出てしまっているんですね。水ぶくれしたものが元に戻るイメージです。
うちの牡蠣は小粒なんですが、熱を通してもあまり縮みません。その理由はまず育てている海域が沖合なので、塩分濃度が高いことがあります。塩分濃度が高い海で育つと、その時点で身が締まってる状態なんですよ。
そもそも牡蠣ってどういうもの?
──牡蠣って、そもそも生まれた時から殻がついてるんですか?
はい。生まれたばかりの時は脆いですけど、殻を持っている状態です。牡蠣には何かにくっつく習性があって、くっついたらそこからずっと動かないんですよ。
小さいうちにうまく剥がれたものを集めて、大きくすることもありますし、大きくなった後にうまく剥がれたものを収穫するということもありますね。
──なるほど。牡蠣の養殖って実際にはどのようなことをしているのでしょうか?
種牡蠣(たねがき)と呼ばれるものを海に付けておくんですよ。牡蠣を吊るす深さの調整など、環境を少しコントロールするだけで、餌をあげることはありません。ほとんど海任せですね。
だから他の水産物とは全然違って、どちらかというと植物の栽培に近い。英語だと、牡蠣の養殖を「オイスターファーミング」と呼ぶんですよ。
──「オイスターファーミング」...英語だと本当に農業的な扱いなのですね。ちなみに種牡蠣ってどういうものなんですか?
日本だとほとんどが帆立貝の殻に針金を通して束ねたものですね。そこに小さな牡蠣がくっつくんです。一般的にこの工程は「採苗」と呼ばれています。
牡蠣は夏に産卵するんですけど、交尾というものはなくて、メスは卵を、オスは精子をそれぞれ海に吐き出すんですよ。海の中で精子と卵子が受精・孵化するんですけど、生まれてから2週間くらいすると、何かにくっつく習性があるんです。その習性を利用したものが種牡蠣ですね。
帆立貝の殻以外にも、クペルというものを利用することがあります。フランスではこちらが主流で、素材がプラスチックなんです。
──プラスチック...ですか。帆立の貝殻と何か違うんですか?
違いますね。帆立の殻と牡蠣の殻って結構一体化してしまうので、無理に引っぺがすと割れる場合があるんです。
これはプラスチックなので、専用の機械を使えば比較的、簡単に剥がすことが出来ます。小さいうちに剥がして、殻付き用に個別で育てることが出来るわけですね。フランスでは殻付きの牡蠣が主流なので、そういう製法を使っているわけです。
──殻付きのものは小さいうちに採るのですね。
そうですね。ちなみに収穫の際には船に付属したクレーンを使って持ち上げます。
──クレーン、めちゃくちゃ大きいですね。
基本的に広島の牡蠣屋はこれが標準サイズですね。10mくらいあるんですけど、本当は半分くらいのサイズでいいんですよ。もしかしたらみんな見栄っ張りなのかもしれないです(笑)。
牡蠣の「生食用」「加工用」の区分けは鮮度ではなく海域?
──かなわオイスターさんでは安心して生食できる牡蠣を謳っているのですが、それはやっぱり鮮度の問題なんでしょうか?
飼育から加工販売まで全て自分たちでやっているので、鮮度の良いまま処理ができているのは大きいのですが、何よりも海域の問題がありますね。
──海域、ですか。
うちの漁場があるのが、瀬戸内海で一番大きな無人島・大黒神島のすぐ近くにある深浦というとても水質の良い場所なんです。そもそも牡蠣の生食用・加熱用の区分けというのは鮮度のではなく、海域で分けているんですよ。
──え! そうだったんですか?
はい。広島県の中でも60ヶ所以上の海域があるのですが、県が定期的に海水温や塩分濃度、プランクトンの量などの情報を検査をしているんです。
広島県では全国の牡蠣の生産量の半分以上を担っています。県においても大きな産業ですから、牡蠣の出荷方針としてかなり細かく明確に基準を設けているんです。
──なるほど。その審査の中でも、高水準の場所で牡蠣養殖を行なっているわけですね。
そうですね。うちの会社は平成5年に江田島にこちらに移転してきました。近くにあるのが無人島だということ。そして、海流の関係で沿岸からの水が流れ込みにくいので、水質が非常に高いんです。
もともとは1867年に広島市の南区の仁保という場所で創業しました。現在は黄金山と呼ばれていますが、昔は仁保島という島ですごくいい漁場だったんです。三國屋という老舗の海苔屋さんも広島の南区が創業の地だったんですよね。ただ、平成に入ってからは水質の汚染や埋め立ての影響もあり、場所を変えようと。
──海もどんどん変わっていくわけですね。
そうですね。海の環境は毎年変わりますから。去年と同じことをしても、同じ品質のものになるとは限らない。常に海の状況を見て、細かいところを修正していく作業は正直とても難しいです。でも同じものを作り続けるだけではダメで、どんどん新しいことに挑戦しければならないとは思っています。
──というのは?
広島県は生産量が日本の大多数を占めている一方で、ブランドとしてはあまり認知されていませんでした。2013年にブランド牡蠣・先端(SENTAN)を生み出したのはそうした背景もあります。継続していいものを作り続けるためには、そのこだわりをきちんと伝えていくこと必要があると思うんです。
──なるほど。ちなみにその先端(SENTAN)を食べられる場所というのはあるのでしょうか?
広島駅に4店鋪と広島空港に1店鋪、そして平和記念公園の近くに『かき船』と呼ばれる店鋪があります。東京にも『銀座 かなわ』というお店がありますね。
参照:RESTAURANTSレストラン一覧 | 牡蠣(かき)料理・広島料理 かなわ
上記の直営店のほかにもうちの牡蠣を食べられるお店があります。
特に堀川町にあるmon-to.9という店では、広島産の生牡蠣と広島産のレモンを合わせて食べることができますよ。
ブランド牡蠣・先端(SENTAN)を食べられるお店
広島
ル・トルヴェール http://le-trouvere.com/information.html
東京
VINOBLE https://www.vinoble.jp/
Bleue Blanche 二子玉川 https://www.ccinc-love.com/bb/
錦糸町HOMELLA https://www.ccinc-love.com/homellakinshicho/
大阪
大阪HOMELLA https://www.ccinc-love.com/homellaosaka/
──直営店まで。かなり多面的に展開されているんですね。
はい。うちは創業以来、生産から加工、そして直営店の経営など、いわゆる六次産業的なことをずっと継続して続けてきました。
だからこそ、日々変化し続ける日本人の食文化の変化にも対応する必要がある。
時代とともに変わり続ける需要を探りながら、良いものを提供し続けること。それを継続して続けられればと思っているんです。
photo:小林直博
書いた人
しんたく
編集者・ライター。Huuuu所属。現在は東京と長野を行ったり来たり。気がつくと青い服ばかり買っているけど、広島東洋カープがすき。
*1:出世魚コノシロの幼魚。時期のよって「シンコ」「コハダ」「コノシロ」と呼称が変わる。江戸前寿司では夏の旬を示す魚として重宝される。