重要文化財 時国家(下時国家)
石川県 輪島市町野町西時国2-11670(寛文10)年、時国家12代藤佐衛門時保の次男千松が分家し、能登安徳天皇合祀時国家と呼ぶようになりました。本家が天領だったのに対し、能登安徳天皇合祀時国家は加賀藩領に属し、十村役や肝煎、山回役、能登外浦一円の塩吟味役を勤めました。 建築様式は木造平屋建の茅葺き入母屋造りです。母屋は前後の土手の縁側を除いた広さが、間口23.4メートル(13間)、奥行き14.4メートル(8間)で、南向きに建っています。土間が広く、主屋の間口の約半分を占めている特徴があります。平入りで大きな茅葺き屋根の勾配はやや緩やかで、四方にひさしが巡っています。また、樹齢800年のシイの林を背景にした池泉回遊式庭園が広がっています。建てられた年代は定かではありませんが、手法からして200年ほど前と考えられており、1963(昭和38)年、能登最古の民家として国の重要文化財に指定されています。
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