食への関心は、自分への関心。現代人が「狭いキッチン」で失ったもの

自炊中心の一人暮らしを都会でする場合、多くの方が直面する問題の一つが「キッチンの狭さ」。キッチンから物件を探せる不動産情報サイト「たのしいキッチン不動産」を立ち上げたカズワタベさんは「物件におけるキッチンのプライオリティが低かった」と言います。経済合理性と生活のバランスを考え、コストを理由に生まれる貧相なキッチン設備から快適なキッチンへ――。生活スタイルが多様化し、食をめぐる状況がどんどんと変わりつつある今こそ、改めて「キッチン」という場所について考えてみてはいかがでしょうか。(渋谷のグルメ

食への関心は、自分への関心。現代人が「狭いキッチン」で失ったもの

はぁ〜〜〜〜!
狭いキッチンで料理をするのはくたびれるな〜〜〜〜!!

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都内に住む筆者宅のキッチン、とても狭い

突然心の叫びをぶつけてしまい、すみません。

最近は自宅で過ごす時間が増え、それをきっかけに自炊に目覚めたという方は多いのではないでしょうか。なにを隠そう、私もそのうちの一人です。

私たちが生きていくために欠かせない「食事」。自炊は作り置きや冷凍を駆使すれば、節約につながる上に健康面でも大きなメリットがありますよね。

とはいえ、都会で一人暮らしをする多くの人が頭を抱えるのは……

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「キッチンの狭さ」

……ではないでしょうか?

まな板も置けない小さな調理スペース、同時調理のできない一口コンロ、洗ったお皿の置き場もないシンク……などなど。私自身、自宅で料理をする機会が増えた今だからこそ、キッチンの広さの重要性を身に沁みて感じています。

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キッチンが狭いと、洗い物や調味料の置き場所にとても困る(読者提供)

 

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行き場を失い、コンロの上で溢れかえる食器たち(読者提供)

しかし、いざキッチンの広い物件を引っ越そうと考えても、なかなか予算との折り合いがつかず、泣く泣く諦めてしまった人も多いと思います。

 

「もっと広いキッチンに住めたら、きっと今以上に料理を楽しめるのになぁ……」

コロナの影響でそんな意識も高まりつつあるなか、料理レシピ投稿・検索サービスで知られる『クックパッド』が、キッチンから物件を探せる不動産情報サイト「たのしいキッチン不動産」を立ち上げ、2020年度のグッドデザイン賞を受賞するなど、料理好きを中心に話題となりました。

 

f:id:Huuuu:20201204151835p:plain共働きや単身世帯の増加で生活スタイルが多様化し、テイクアウトやデリバリーへの需要が増える中、あえて「キッチン環境」にフォーカスしたのには、一体どのような背景があるのでしょうか?

このプロジェクトで部長を務める、カズワタベさんにお話を伺いました。

 

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話を聞いた人:渡部一紀(通称、カズワタベ)さん
1986年長野県松本市生まれ。音楽大学卒業後、東京での音楽活動を経てスタートアップの創業に関わり、2013年に福岡に移住。「釣りを、やさしく。」をビジョンに掲げ、ウミーベ株式会社を設立。2018年8月にクックパッド株式会社にM&Aされ、現在クックパッド株式会社 Japan 執行役員 兼 広報部/たのしいキッチン事業部/やさしい釣り事業部 本部長。

 

いままではキッチンのプライオリティが低かった。

——「たのしいキッチン不動産」とはどういったサービスなのでしょうか?

f:id:Huuuu:20201204165002p:plainいわゆる物件検索サイトと同じように、条件を入力すれば物件をリストアップできるという、とてもシンプルなサイトです。ただ、他の検索サイトとひと味違うのはキッチンに特化したところですね。

——キッチンに特化したところ?

f:id:Huuuu:20201204165002p:plain例えば「3口コンロ以上」「大型冷蔵庫対応」「広々調理スペース」など、これまでの不動産情報サイトではあまり知ることのできなかったキッチンの詳細条件に沿って、部屋を探すことができるんです。

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——料理好きからするとこの検索条件はありがたいですね! 今まではキッチンにこだわった物件を見つけるだけでも、一苦労する印象がありました。

f:id:Huuuu:20201204165002p:plainまさしくそういった悩みを解消することが、このサービスの大きな目的なんです。そもそも「キッチン」って住宅設備の中でも割と費用がかかる上に、人の健康にも関係する重要な場所なのに、どこか蔑ろにされている気がするんですよね。 

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——蔑ろにされていると言いますと?

f:id:Huuuu:20201204165002p:plain例えば物件を絞り込むとき「コンロ2口以上」という条件には該当していても、まな板を置く調理スペースのない物件もざらにありますよね。

——あぁ、わかります。「2口コンロ」と思って物件をみたら調理スペースがない時の絶望感たるや……。

f:id:Huuuu:20201204165002p:plain料理の頻度や一度につくる量など、人によって「料理のスタイル」は違うのに、今まではそういった詳細条件を基準に物件を探す方法がありませんでした。つまり物件における「キッチン」のプライオリティ(優先順位)が低かったんです。

——たしかに家を探す時って、「家賃」「部屋の広さ」「駅からの距離」あたりを基準にするのが一般的ですね。なぜそうなったのでしょうか?

f:id:Huuuu:20201204165002p:plain都市部は利便性があって、電車での通勤・通学者にニーズの高い駅チカ周辺に物件がたくさん建てられますよね。それに加えて、今は単身世帯者も多いので自ずと地価が上がり、家も狭くなる。内装にかけられるコストの都合からキッチン設備を削りがちなんです。 

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都市部は特にキッチンの狭い物件が多い(読者提供)

——キッチンを小さくしてでも通勤通学に便利な物件のほうが人気が高いと。

f:id:Huuuu:20201204165002p:plainそうなんです。さらに言えば、建物ごとにキッチンの仕様を変えるより、サイズをある程度定型化したほうがコストも削減できますよね。そういったことが重なった結果、キッチンの狭い物件が増えているんです。

——都内の物件のキッチンが狭いのは、そんな背景があったんですね。

f:id:Huuuu:20201204165002p:plainでも、いくら「駅から近い」とか「賃料に対して部屋が広い」といっても、まな板も置けないほど狭い調理スペースって冷静に考えてちょっと変じゃないですか? 経済合理性と生活環境のバランスを、もう少し考えていく必要があるなと思っていて。

——1Kとかになると、もはや自炊を諦めてもおかしくないキッチンがざらにありますよね。とはいえ、広いキッチンに住みたかったら予算を上げるしかないのかなとも思うのですが……。
f:id:Huuuu:20201204165002p:plainたしかに現時点では、選択肢もだいぶ限られてくるとは思います。でも、さっき言ったとおり、結局は住宅のどこにコストを分配するかの話なので、需要さえあれば、狭くても使いやすいキッチンを作ることはまだまだ可能性があるはずなんです。 

 

日本におけるキッチンの役割の変化と食の外部化

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——とはいえ、今は外食も充実してますし、キッチンが小さくても本当に食べるものに困ることはなかなかないですよね。

f:id:Huuuu:20201204165002p:plainそうかもしれませんね。都市部は特に街に出れば、コンビニにしろ、大型スーパーにしろ施設がなんでも揃っているので、キッチンに限らず色々なものを「外部化」しやすい環境だと思います。

——「Uber Eats」のようなサービスが台頭してることを考えると、食の外部化はより進んでいるのかもしれません。便利だからつい使ってしまうのですが、改めたほうがよいのでしょうか?

f:id:Huuuu:20201204165002p:plainいや、大前提として、技術革新やイノベーションは社会の進歩に必要なものですし、それ自体を否定するつもりはないんです、僕も外食はしますし。ただ、その便利さの裏側で「失われているもの」を見過ごしてはいけないのかなと。

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——便利さの裏側で失われているもの?

f:id:Huuuu:20201204165002p:plain食の領域でいえば、食事に関する知識や経験ですね。例えば、魚の捌き方や栄養バランスの良い食事って、実際に料理するからこそ分かったり、興味を持てると思うんです。外食に頼り切っていると、そういったことを知る機会が失われてしまう。

——たしかに料理から学ぶことはたくさんありますね。

f:id:Huuuu:20201204165002p:plain食料がどこで作られ、どこでどのように調理されているか知らないまま、ただ目の前に置かれたものを一方的に消費する。食がどんどんと「ブラックボックス化」しているようにも感じます。

——自発的に目を向けないと、そういった部分に関心を抱くのはなかなかむずかしいかもしれませんね……。

f:id:Huuuu:20201204165002p:plainそうですよね。でも、私たちの体は普段の食事からできているので、食への関心がなくなるということは「自分への関心がなくなる」ことと同じだと思うんです。

——「自分への関心がなくなる」……。そう聞くと、改めて料理の大切さを感じます。

f:id:Huuuu:20201204165002p:plainだからこそ弊社では、レシピサービス「クックパッド」を初めとして、地域の生産者から商品を購入できるお買い物サービスや調理器具に特化したECサイトなど、料理にまつわるストレスを解決するためにさまざまな事業を立ち上げてきました。

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——なるほど。でも、それだけのサービスがあるなかで、なぜ今回キッチンに特化した不動産情報サイトを立ち上げたのでしょうか?

f:id:Huuuu:20201204165002p:plain一言でいえば、今まで提供していたサービスは自宅に「料理環境」が整っていることが前提だったんですよね。料理を楽しむ人を増やすために何が必要か考えた時、次は「快適なキッチン」が必要なことに気づいたんです。


——食の課題を辿っていった先に「キッチン環境」の問題にぶつかったと。たしかに、キッチンが狭いとどうしても自炊意欲は下がる気がします……。

f:id:Huuuu:20201204165002p:plain僕も昔一口コンロの物件に住んでいたので、その気持ちはわかりますし、その状況は弊社としても望ましい状況ではありません。でも、キッチンの使いやすさって主観的なものなので、イマイチ分かりづらいという課題もありました。そこで開発した仕組みがこの「キッチンスコア」です。

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——あれ?たしかに見たことのない項目がありますね。この「49.9」という数字はなにを指しているのでしょうか?

f:id:Huuuu:20201204161153p:plainこの数字は、調理スペース、シンク、収納の広さ、コンロの数など、キッチン設備の総合的な充実度を、独自で分析したデータを元にスコア化したものです。

——へー! ということはこの数字が上がるほど、キッチンの設備の充実度も上がっていくと。なぜこういったスコアを作ろうと考えたのでしょうか?

f:id:Huuuu:20201204165002p:plain一般的な物件サイトを見ていると「駅から徒歩何分」とか「面積が何平米」とか、全部数字で表されていますよね。でもキッチンには今までそういった定量的な数字がなかった。まずはその「ものさし」となる数字を作ろうと。

——スコア化されていると判断もしやすそうですね。この数値を基準にして、生活スタイルに合ったキッチンを選ぶこともできそうです。

f:id:Huuuu:20201204165002p:plainこういったサービスを通して「キッチン設備の充実度」が不動産価値としてもっと認められれば、物件を建てる側もキッチン設備を重視するようになり、世のキッチン環境もより良くなっていくのではないかと思うんです。

 

すべてのひとに「フィット」する料理環境を。

——コロナをきっかけに「食」を取り巻く環境はまた変化しているようにも感じます。現時点での手応えとしてはいかがでしょうか?

f:id:Huuuu:20201204165002p:plain現時点ではリリースしたばかりで掲載物件数も限られているので、とにアップデートを繰り返しながら最適な形を探っている段階ですね。

そもそも今回のサービスは、世の中のキッチン環境を良くするための方法の一つで、最終的には「いかに個人にフィットする選択肢を作れるか」だと思うんです。

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——「個人にフィットする選択肢」といいますと?

f:id:Huuuu:20201204165002p:plain「料理」って色々なスタイルがあるので、僕たちが「これが一番いいキッチンだ」と定義付けるつもりはないんです。あくまで個々人が理想のキッチンを探す時の手助けをするのが僕たちの役割であり、そのためのサービスだろうと。

——生活スタイルが多様化してそれぞれの「理想のキッチン像」が違うからこそ、その選択肢の幅はこれから重要になっていきそうですね。

f:id:Huuuu:20201204165002p:plainそうですね。以前、スープ作家の有賀薫さんが「ミングル」という、自分の料理スタイルに合わせた独自のキッチンを公開して話題になっていましたが、別に一口コンロのコンパクトなキッチンであっても、それがその人の理想であればよいと思うんです。

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——キッチンにはたくさんの可能性が秘められているんですね。このプロジェクトを続けていくにあたって、なにか将来的な目標はありますか?

f:id:Huuuu:20201204165002p:plainまだまだキッチン環境を取り巻く問題は山積みですが「食」へのソリューションを考え続けてきた経験を活かして、いつか誰もが毎日の料理を楽しめる社会を実現できたら嬉しいですね。

 

取材を終えて

古来から人々の生活を形作ってきた「食文化」と「料理環境」。
時代の流れとともに「台所」「お勝手」そして「キッチン」へと名称を変え、その機能や役割も大きく移り変わっていきました。

しかし、昔からただ唯一変わらないのは「人はなにかを食べなければ生きていけない」ということ。そこにはきっと「ただ栄養をとること」だけに留まらない、大切なものがあるように感じます。

生活スタイルが多様化し、食をめぐる状況が変わりつつある今こそ、改めて「キッチン」という場所について考えてみるのはいかがでしょうか。

 

執筆:日向コイケ
編集:Huuuu
写真:荻原楽太郎

 

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LIFULL HOME'S(ライフルホームズ)では「食×住宅」にまつわる記事を多数連載しています。キッチン環境に興味のある方はぜひお読みください!

                             
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