はじめまして、ライターのココロ社です。
かつては花街として栄えた東京都新宿区の荒木町。中心がくぼんだ不思議な地形で、かつ新宿から電車で10分とかからない、ちょっとした冒険に最適なエリアである。今回は、そんな荒木町をたっぷり歩いたのちに、ふらっと立ち寄ってみたいお店を3軒ほど紹介したい。
「東京の坂」と言われて思い出すのはどの坂だろうか。大きな坂なら道玄坂や紀尾井坂(きおいざか)、散歩する坂なら、明神男坂(みょうじんおとこざか)や夕焼けだんだんなどかもしれない。
「東京=坂」のイメージは、江戸城に近いところに多いイメージがあるけれど、たとえば新宿区でも、今回の舞台である荒木町を地形図で見ると、隕石が落ちたのではと思えるほどの見事なすり鉢状地形(下図参照)で、ここに人が暮らすためには坂が必要になることは容易に推測できる。
かつての風情を残していて魅力的な地域であるにもかかわらず、混雑はしていないので、新宿や秋葉原から電車で10分もかからないので、買い物をする前や仕事帰りなどにぶらりと訪れるには最適な場所である。むしろ寄り道しない理由がない。
ここで軽く、この記事で紹介するゆかいなスポットを紹介しておく。荒木町散策の参考にしていただきたい。
(1:つぎはぎ坂 2:街灯坂 3:仲坂 4:スッポン坂 5:金丸稲荷神社 6:津の森弁財天 7:鈴新 8:私の隠れ家 9:煙人)
さて、荒木町の最寄り駅は東京メトロ丸ノ内線の四谷三丁目なのだけれど、街の風情を味わうには近すぎて寂しい。
オススメなのは、JR四ツ谷駅から歩くルート。
平坦な新宿通りを歩いて10分ほどして、ふと右に目を遣ると坂が見える。突然の坂の登場を楽しむのである。ここから、すり鉢の底まで下りたり登ったりして楽しもう。
趣きがあるのに、なぜか名のない坂がいくつも存在する
坂の存在が、荒木町という街のアイデンティティの一部になっているはずなのに、名前がついている坂は、「津之守坂(つのかみざか)」「仲坂(なかざか)」くらいである。
世界有数の人口を擁する都市の中心に、名づけられていない坂がいくつもある、というのは意外で驚きなのだが、どれだけ多くの人が通ろうと、目的地となり得ない場所に名をつける方がおかしいのかもしれない。
ただ、わたしはここに散歩をしに来た。荒木町にいること自体がすでに目的で、次に来るときに思い出しやすいよう、遠慮なく坂たちに名前をつけていきたいと思う。
実際に行かれる方は、各々で覚えやすい名付けを行っていただきたい。
荒木町の坂その1:「つぎはぎ坂」
この坂を「モンマルトルの坂」と呼ぶ人もいるようなのだが、この坂は急な勾配と謎のつぎはぎが楽しい。つぎはぎを見た印象だと、あるときに拡張したのか、それとも地震か何かで大規模な亀裂が走ったのかどちらかだろう。
荒木町の坂その2:「街灯坂」
この坂の途中には昔の街灯があるのだが、現役を引退しており、今はしゃれた棒である。
あまりに触りすぎて倒れてしまったら史跡の破壊者として新聞に載ってしまいそうなので、息をひそめて近づいて写真を撮った。
この坂は石畳がありのままに近い形で残っていて、この坂こそ名付けをして知らしめる必要があるのではないかと思う。
荒木町の坂その3:「仲坂(なかざか)」
この坂の名称「仲坂」は正式な名称だ。念のため。
仲坂を示す石が埋もれかかっているように見えるが、もしこの石がなかったら、この坂の名前も名もなき坂に戻っていたのかもしれない。石の埋まり方がかわいらしい。
階段と踊り場の配分がリズミカルで気持ちいい。
荒木町の坂その4:「スッポン坂」
金丸稲荷神社から津の森弁財天への最短距離となる坂で、料亭のところで折れる坂。この坂はスッポン坂と呼びたい。なぜかはこの後説明させていただきたい。
ご覧のようにまだら模様が極まっている。最近補修したとおぼしき箇所の処理がワイルドで興奮する。
そして、現役ギリギリのマンホール。現代と比べると蓋に模様がついていないが、巨大なメンチカツのような風情で、おいしそうに見える。
有名な「鈴新」に行ってみた
おなかがすいたので、界隈でも有名な、「鈴新」に寄ってみた。スッポン坂を下ったところにある金丸稲荷神社のすぐ隣だ。昭和22年から営業しているという、カツ丼屋の老舗。
ここはかつて見番、つまり花柳(芸者や遊女のこと)の事務所だった。両脇を石畳の道に挟まれていて、神社のすぐそばにあるので、よく事情を知らない人が来ても、この店は特別であると直感することだろう。
店に入ってみると、「かけカツ丼」(1,200円)がこの店で一押しのようで、迷わず頼んでみた。しばらく待っていると、思わせぶりな姿態の丼ぶりがお目見え。
早く見たい!というか食べたい!
矢も盾もたまらず蓋をあげて、3秒ですべてを理解した。
つまり、
・われわれが日常的に食べているカツ丼は「煮カツ丼」である
・この店は、カツを揚げたてで提供するし、パン粉から自家製で、カツそのものの存在感を大切にしている店である
・「煮カツ丼」には、味がしみている一方、カツの香ばしさやカリカリした食感を楽しみたいなら、卵でとじるのではなく、カツをご飯の上にのせて、そのままつゆと卵をかける「かけカツ丼」の方がよい
そして、「かけカツ丼」を食べると、肉はもちろん、衣の味わい深さが際立っている。もう普通の煮カツ丼には戻れないかもしれない……。
鈴新は、老舗でありながら、創業時の姿に近い「煮カツ丼」ではなく、ニューウェーブである「かけカツ丼」を迷いなく押しているところがすばらしいと思うし、この店のよさは、古いものもいいけど、新しいものもいい、と、あっさり受け入れてしまう荒木町の懐の深さを象徴してもいると思う。
紹介したお店
とんかつ鈴新
住所:東京都新宿区荒木町10 十番館ビル1F
TEL:03-3341-0768
URL:https://r.gnavi.co.jp/g316800/
かつて谷底だった弁財天には、マンションもスッポンもあり、静かなカオスを形成している
お腹もいっぱいになったところで再び街歩きへ。荒木町にはふたつの神社がある。まずは、荒木公園の隣にある金丸稲荷神社。
小さな神社なので素通りしてしまいそうだが、狛狐の腕に生えた赤い毛がかっこいい。よだれかけもピカピカで、こんなダンディな狐にはそうそう出会えない。地元で大切にされていることがよくわかる。
細かくて申し訳ないが、木彫りの狐もニャーンという感じでいい。
そして津の守弁財天。どの坂を下りても、行き着く先はここ。
かつてここは谷の底で、馬の鞭を洗っていたというが、いまは弁財天を支える、必要にして最低限度の大きさの池になっている。小さくて浅いのに、池ならではの怪しさが残っていて、周囲のマンション群と対照的で、違和感も含めて楽しい池である。
池の中にはカメがいる。
目がマイナスになっているから、起きていても寝ているように見えて損かもしれない。
そしてカメの後ろに変な岩のようなものが……と思ってよく見たらスッポン!しかも巨大。
首から上が、愛らしさゼロで感動してしまう。
そして甲羅の端の方がすごいコラーゲンな感じ……。
見たところ体長はゆうに50cmはあり、数十年は生きているはず。大きすぎるスッポンは身が硬くておいしくないとはいえ、誰かがその気になれば簡単に盗めたはずなのだが、誰も盗まず数十年経っている事実は、この地域の住人のスッポン愛の深さを示しているように思う。
なお、このスッポンの半分くらいの大きさのスッポンもいるので、万一大きなスッポンがいなくなったとしても、この池から主がいなくなることはない。もし親子なら、この主に配偶者のような存在がいたということなのだが、どこにいるのだろうか。
なお、亀は日中の早い時間だとこのように甲羅干しをしていることが多いが、夕方は会える可能性が低いので注意が必要である。
これから開発されてもされなくても、楽しい町である
この町がどうなるかはわからないし、昔のままであってほしいというのは、散歩人の無責任な感慨にすぎないのだけれど、たとえこの町がこのあと開発されようとも、古い風景と新しい風景が違和感をもって同居するところも含めて、楽しいと思えるに違いない。
たとえば工事現場から見えたこの壁。
さまざまな時代に作られた壁がまるで地層のように見える。
名前に偽りなし、引きこもりたい名店、「私の隠れ家」
通りがかった際、店の名前が気になっていた「私の隠れ家」という喫茶店に入ってみた。
わたしの隠れ家になってもらえるのだろうか……という不安は一瞬にして吹き飛んだ。この店のすばらしさはこの写真を見ればすぐわかるはずだ。
小さなテーブルいっぱいのおかず、そして文化系の本たち。夢を見ているのだろうか。
エッセイは『富士日記』、マンガは『きょうの猫村さん』を取り揃え……文化系のお手本のようである。写真は「おぼんのごはん」(1,000円)。 やさいととりひき肉のスープ、やさいのおかず5品、オカカのせ冷やっこ、ぬかつけプルーン白煮、おみそ汁、ごはん……選択肢が多すぎて、何からいただいていいか戸惑うのだけれど、隠れ家なので、迷い箸の連続でも許されるのである。
特に真中の一番奥の、かぼちゃとにんじんを混ぜた煮物、にんじんとかぼちゃの味が案外似ていることを発見し、しっとりしたにんじんと、ほくほくしたかぼちゃの食感が対照的で、ドキドキしながらいただいた。
食後のコーヒーにかりんとうがついているだけで飛びあがるほどうれしくなる気持ちをこの写真で共有したい。
家でかりんとうを食べるかというとあまり食べないけれど……。
また、客同士の視線がクロスすることがないよう周到に席が配置されていて、ひとりにしてくれ、まさに「私の隠れ家」なのであった。
このお店、「高品質珈琲と名曲 私の隠れ家」と書いてあるので、もしかしたら食事したい人は素通りしていたかもしれない。コーヒーや名曲もさることながら、おかずのバリエーションが夢のようなので、「高品質珈琲と名曲と夢みたいなおかず 私の隠れ家」と思って通いつめたい……というか住みたいお店だ。
紹介したお店
高品質珈琲と名曲 私の隠れ家
住所:新宿区荒木町6 ルミエール四谷2F
夜のこの町もムーディで、会社帰りに寄り道不可避である
話を荒木町の風景に戻そう。
いままで昼の様子を紹介してきたけれど、荒木町は、夜もとてもよい。会社の帰りに寄り道したくなったら四ツ谷や都営新宿線の曙橋で降りてここに来てみるといいだろう。
昼に見た街灯は、街灯としての機能を失っていることが改めて確認できる。
かつては照らす側だったが、いまはマンションの灯りに照らされる存在になってしまった街灯を見て、おつかれさま……とねぎらいたくなる。
また、細道に入ると、真っ暗で、道を抜けると明治時代にタイムスリップしてしまうのではと思う。本当にタイムスリップしてしまったらインターネットも何もなくて退屈するだろう……。
スッポン坂も、石畳が街灯を反射していて幻想的。
ここはすでに花街ではなくて住宅地なので、とても静かだし、われわれも静かに歩くことが期待されている。
燻製好きなら絶対外せない「煙人」は、驚きの連続である
もし夕方から荒木町に行くなら、一度は「煙人(えんじん)」に行くべきだろう。
名前からわかるように、燻製の専門店である。
カウンターが充実しており、ひとりでも気軽に入れる。
ここで、燻製の王様であるところのベーコンを頼むという手もあるが、せっかくだから、ほかにない燻製を頼んでみる。
とくに絶対頼んだ方がよいのが、マヨネーズの燻製が添えられた料理で、このときは、「燻製マヨネーズを楽しむプレート」(2人前2,580円。写真は1人前)を頼んだ。
もともと、卵と燻製のマッチング具合は疑いの余地がないが、卵を使っているマヨネーズもまた、深みのある別の調味料になることは想像に難くないだろう。このときは、たらこ、イカ、エイヒレ、玉子、ウインナー、ししゃものセットだった。
実のところ、わたしはマヨネーズがあまり好きではなかったのだが、この燻製マヨネーズは絶対残したくないと思える味だった。
また、〆になる、「燻製醤油の卵かけご飯」(600円)には、メニューには何も書いていないが、燻製オリーブオイルもついているのである。お好みでかけるのだけれど、よく味わっておきたい。オリーブの香りに燻製の香りが加わって、このオイルでペペロンチーノを作ったら夢のようだろうと思う。手前に鎮座するのはもちろん、いぶりがっこである。
2人分のプレートを1人用にしてもらったり、組み合わせは自由自在なので、食欲と好奇心に身を委ねて、悔いのないよう、なんでもお願いすればいいと思う。
森羅万象が燻製になっていて、燻製好きにはたまらない店だけれど、特に「調味料を
燻製にしたらどんな味になるか」が解明できる店として、唯一無二の存在である。
醤油もマヨネーズもオリーブオイルも、まろやかで香ばしく上品な味になり、食べて
いるうちに、まるで調味料が主役であるかのように感じられるはずだ。
紹介したお店
煙人(えんじん)
住所:東京都新宿区荒木町3
TEL:03-3353-1136
URL:https://r.gnavi.co.jp/6g0p9f7a0000/
ほかにも紹介したいところがたくさんあるが、きりがないので筆を置くことにする。
行ったことがない人は、「新宿区にこんなところがあったのか」と驚くに違いない。
いつ行っても楽しいので、お出かけのついでに、あるいは目的地として、ぜひ訪れてみてほしい。
【荒木町 ゆかいなスポット地図】
1:つぎはぎ坂 2:街灯坂 3:仲坂 4:スッポン坂 5:金丸稲荷神社 6:津の森弁財天 7:鈴新 8:私の隠れ家 9:煙人
新宿の歓迎会・送別会におすすめのお店
著者プロフィール
ココロ社
ライター。主著は『マイナス思考法講座』『忍耐力養成ドリル』『モテる小説』。ブログ「ココロ社」も運営中。
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