もしあの試合の前に戻れたら…兵働昭弘が悔やむ長谷川健太監督との最後のシーズン【ごはん、ときどきサッカー】

サッカージャーナリスト・森雅史がお送りする「ごはん、ときどきサッカー」は、サッカー関係者の人生をテーマにしています。第20回は清水エスパルスやジェフ千葉など、様々なチームでMFとして活躍した兵働昭弘さんにご登場いただきました。引退後は清水エスパルスのスカウトとして選手発掘をする兵働さんがエスパルス時代、長谷川健太監督との最後のシーズンでの忘れられないエピソードやその後の移籍で出会った名選手、裏方の偉人について存分に語っていただきました。 (静岡市のグルメ洋食

もしあの試合の前に戻れたら…兵働昭弘が悔やむ長谷川健太監督との最後のシーズン【ごはん、ときどきサッカー】

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清水、柏、千葉、大分、水戸、甲府

現役時代にいくつものクラブを渡り歩いた

それぞれのチームで献身的なプレーを見せ

信頼を勝ち取っていった

 

いろいろなチームでキャプテンを務めたことは

人望が厚かったことを物語る

プレーとともに人柄のよさで知られる

兵働昭弘にオススメの店を聞いた

 

エスパルスで長谷川健太監督を胴上げするつもりが…

僕が今までのサッカー人生で一番苦しかったのは骨折したときですね。2010年、清水エスパルスに入って6年目の。

 

チームは長谷川健太監督の下ですごい充実してたんです。個性ある、個でもすごいし人間的にも素晴らしい選手がいっぱいいましたし、サッカーのレベルもみんな高かったし。今振り返ってみても本当にプロフェッショナルな選手がたくさんいたっていう印象ですね。毎年上積みがあって形が出来上がってきてました。

 

本田拓也や藤本淳吾がいたり、小野伸二さんもいたりとか。小野さんと2人でインサイドハーフやってたとき、楽しくてしょうがなかったですね。岡崎慎司もフローデ・ヨンセンもいたり、攻撃はどんな形でも点が取れるって感じてました。何も言わずにみんなちゃんといいところに動いてるし、阿吽の呼吸という感じだったなと思います。

 

でもその2010年って、それまでクラブの顔だった伊東輝悦さんとか市川大祐くん、西部洋平くんだとか、そういう人たちがリーグ戦の結構早い段階、秋ぐらいに退団するっていうのが出てしまったし、その年でケンタ(長谷川監督)さんも退任されることになったんです。

 

それで最後のほうは特に難しいシーズンだったんですよ。途中まで優勝争いしてましたけど秋ぐらいからバタついて。でもそんな中で、最後みんなで優勝してケンタさんやテル(伊東輝悦)さんたちみんなを送り出したいっていう思いでやってて。あのときってなんか悲しい中でみんながまとまってるって感じでしたね。

 

リーグ戦は優勝できなかったけど天皇杯はしっかり勝ち上がって、準決勝のエコパでのガンバ大阪戦を迎えたんです。僕もゴールを挙げて3-0で勝ってて、後半残り時間もほぼなくてもう決勝進出が決まるってときに、ケガしたんですよ。

 

最初は「大丈夫かな?」と思ったんですけど、そのあとだんだん足が腫れてきちゃって、もう最後、スタジアムから出るときは松葉杖つかないと歩けなかったですね。なんとか無事でいてくれと思ったんですけど、レントゲン撮ったら左足第5中足骨が折れてて。

 

それで決勝出られなかったんです。自分も2011年は柏レイソルに移籍するって決めてたんで、エスパルスのラスト、集大成にしようっていう思いでずっと戦ってて、最後にピッチに立てなかったのは本当に苦しかったですね。

 

僕はちょうどその年キャプテンもやらせてもらってたので、やっぱり決勝はピッチに立ちたかったですし、最後みんなに託しましたけど……。

 

試合は結局鹿島アントラーズに1-2で敗れて、サポーターにも頭下げるしかできなかったです。いつもタイトルかかる試合で負けてたし、みんなに喜んでもらいたかったっていう思いは何度もありましたね。

 

準決勝でケガを避けて、エスパルスで優勝して、ケンタさん胴上げして、そういう終わり方ができればよかったと思います。自分でも言うのもなんですけど、本当にいいチームだったと思うんで。なんかそういう形で終わってしまうっていうか、なにかを達成できずに終わってしまったのが非常に悔しかったし、残念だったし、あとはやっぱり勝負の難しさとか厳しさとか、そういうのを感じましたね。

 

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移籍で出会った名選手、移籍の裏にある人との繋がり

決勝戦の後、みんなに「お疲れ様。今までありがとう」と言いました。それから柏に移籍したんです。

 

だけど自分としても次のチームにケガした状態で加わるっていうのでかなり不安でしたね。結局、最初にレイソルの選手として試合に出られたのは5月でした。せっかく地元の千葉に帰ってきたのにっていう感じだったんです。

 

初めての移籍だったし、チームの環境やこれまでと違った人間関係に慣れるということも初体験だったので、いろいろ不安もありました。でもレイソルのメディカルの方もすごい熱心に、本当に熱く付き合ってリハビリをやってくれて、何とか早く復帰できたんです。

 

ちゃんと治していい準備をしてれば必ずチャンスが来るだろうと思ってました。だから準備が出来るまでは虎視眈々と狙ってようって。ただリハビリ頑張ったのは頑張ったんですけど、やっぱり出遅れ感はすごくありましたからずっと焦ってましたね。

 

結局2012年にはジェフ千葉に行くんですけど、あのときも本当にギリギリまで悩みましたね。ジェフは木山隆之さんが監督をなさるってことで、僕、大学時代も木山監督に教わってましたし、そこに一番惹かれたんですよ。

 

やっぱり木山さんの下でサッカーやりたいっていう思いが強かったんで、柏のほうがカテゴリーも戦力としても上だったと思いますけど、ジェフにはJ1に昇格するっていう確かなビジョンもありましたし、山口智さんもジェフに入るっていう話も聞いてましたし。

 

サトシ(山口智)さんとはジェフに移籍したときに初めて一緒になったんですけど、日本代表を経験されてる方だから、いろいろ学ぶことが絶対あるだろうって思ってたんです。実際一緒にプレーしてみて、こういうセンターバックの人がいるんだっていうのに衝撃を受けましたね。

 

味方にパスを付けるタイミングとか、キックやビルドアップの質が素晴らしかったんですよ。それに駆け引きや対人プレーに強いし、リーダーシップもあって。それから人間的にもやっぱり素晴らしい人でしたよ。サッカーに取り組む姿勢や考え方とか非常に勉強になりましたし、いろいろ学ばせてもらいました。

 

ジェフには2014年までいました。2012年から3年連続でJ1昇格プレーオフに出たんですけど、2012年と2014年は決勝で負けて、2013年は準決勝で敗退しましたね。特に2012年はあと4分守れば昇格だったんです。でも86分にゴールを決められて、それで昇格できませんでした。

 

2015年には大分トリニータに移籍しました。ジェフでは3年間でリーグ戦105試合に出てたし契約は残ってたんですけど、2015年は構想外に近いような感じだったんです。

 

プロの世界だから、契約があったとしてもしょうがないじゃないですか。その当時は「ふざけんな」と思ったけど、やっぱりチームを作る上で監督が選手の使い方を決めていくと思いますから。

 

どうしようかと思ってたら、田坂和昭さんが大分で監督なさっていて。それこそエスパルスの時に6年間ずっとお世話になってた方で、年が明けた後に声かけてくれてれたんです。年明けってチームの編成はもう終わってる時期なんで、そそこからチームに加入するってなかなか難しいんですけど、田坂さんが声かけてくれたから大分に移籍できたんです。本当そういう面でも田坂さんに感謝してます。

 

ところがその年に大分はJ3に落ちちゃったんですよ。21位だったので町田ゼルビアと入れ替え戦を戦ったんですけど、初戦は先制したのに逆転されて、2戦目はPKの1失点をそのまま返せなくて。そのシーズン、田坂さんは途中で解任されちゃって、もう本当に申し訳なかったなと思って。

 

それで2016年は水戸ホーリーホックに行ったんです。当時32歳ですね。移籍できたのは西ヶ谷隆之さんが監督だったからでした。僕が筑波大にいたときに、西ヶ谷さんがコーチでいらしたんで、呼んでもらったんです。

 

当時の水戸は環境に恵まれてなかったですね。練習場の芝はよくないし、しかもクラブ優先の場所じゃないから何カ所か違うグラウンドを使っていたり。洗濯も自分でしてたんですよ。

 

でもあの歳になって、そういうところを知れたっていうのは、サッカー人生においてすごいよかったと思いますね。今まで自分が知らなかったことを経験して、これは勉強になると思ったし。

 

また改めて、いろんなものを大切にしなきゃいけないって思いました。ウェアもちゃんと自分で管理したんですけど、今まで人に任せっきりだったのを自分でやって、30歳過ぎてそういうのを経験したことによって、またサッカーがやれる楽しさとか幸せとかっていうのをすごい感じましたからね。

 

水戸は僕が行く前の年は22チーム中19位だったんですけど、2016年は13位まで上がったんですよ。素晴らしい選手がたくさんいて、みんな一生懸命やっていて。J1を経験した選手がいたり、怖いくらいギラギラしてる選手もいましたし、すごい面白かったですね。

 

その水戸で1年プレーして、2017年にヴァンフォーレ甲府に移籍してJ1に戻りました。4年間J2にいてJ1に戻れたのは、レイソルのときに強化部にいた吉田達磨さんが甲府の監督だったからですね。そのとき34歳です。その年齢でJ1に戻れたのは自分でも本当に奇跡だと思ってます。

 

ところが2017年で甲府がJ2に落ちてしまったんです。どうしようか考えていたとき、エスパルス時代にお世話になったに久米一正さん(故人)がGMとして戻ると聞いて。それで自分から連絡してお願いしたところ、エスパルスに戻ることが出来ました。

 

自分がエスパルスに最初に入団した2005年は久米さんと興津大三さんがスカウトをなさっててお2人に引っ張ってもらえましたし、2回目のエスパルスも久米さんが関係してくれたんです。自分のプロサッカー人生において、やっぱり久米さんとは本当に深い関係でした。

 

久米さんはサッカー界で様々なお仕事をなさっていらしたすごい方で、そんな人からいろいろ教えてもらったり、目をかけてもらえたことっていうのは本当に幸せだったと思いますね。

 

いろんなクラブを渡り歩いて、指導者の方もそうですし、フロントの方とか、会社で働いてる方々も、もちろんサポーターの方とか、そういういろんな人に出会えたっていうのは、ずっと自分の財産になってます。

 

もし自分の過去に戻れるポイントがあるんだったら……僕はケガや病気で離脱することが結構ありましたからそこかな、と思ったんです。けど、それを経て改めて「サッカー好きだ」って思ったり、サポーターの方のありがたさを感じたり、自分はサッカーを1人でやってない、もちろん家族の支えもあったし、本当になんて言うんですか、人に恵まれてるっていうのをつくづく思いました。だから戻りたいポイントはそこじゃなかったですね。……ただ2010年の天皇杯準決勝と、あとは2012年のJ1昇格プレーオフですね。その2試合はやっぱり戻りたいです。

 

 

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スカウトになっても思い出す田坂氏の言葉

今はエスパルスのスカウトとしていろんな地域を回ってます。スカウトってこれまでとは別の角度でいろんな選手やチームを見るんですよ。それで感じるようになったのは、今までサッカーを見るときは、何かに焦点を当てずに広くサッカーをみてたような気がするということですね。

 

ところがスカウトだと1人をずっと追ってみたりとか、そういう細かい視線が大切なんですよ。チーム全体を見るときももちろんありますけど、この試合ではこの選手に注目してずっと追ってみようかとか、そうやって見たりもします。

 

あとはこの選手は伸びるのか、エスパルスに合ってるのかとか、そういうところも見てますよ。伸びるかどうかって、プレーを1回見て、またしばらく経ってもう1回見たらプレーで気になってたところがなくなったとか、新しくできることが増えていたりとか、そんなときに伸びてるって感じますね。

 

それから話してみて、ちゃんと自分を分析できてるか、ゲーム振り返って話してるときにちゃんと見えてるか、何か面白い発想をしてたり意外な部分を持ってたりしてるかとか、そういう部分にも注目してます。

 

スカウトの役割って新しい選手を見つけてくることなんですけど、GMと監督から「今度はここのポジションの補強をしたいから、こういう選手を見つけてくれ」っていうオーダーが来るのと、自分として「いい選手がいるからこれはちょっとツバつけといたほうがいいんじゃないか」という両方ありますね。比率にしたらどちらも同じぐらいです。

 

今、僕は基本的には高校生と大学生を見に行ってます。トップに関わる選手ですね。最近は高校生になった途端にJリーガーになる選手も結構出てきてるんですよ。だからいい選手はやっぱり若いときからちゃんと目を付けとかないといけないです。

 

それで一般的には注目度が低い新人戦、インターハイの地域予選を見に行ったり、全国大会の前の地区大会を見たりもしますね。夏休みの大会やフェスティバルをやってたら、そういうときは1日ずっと朝から夕方までずっと試合見てます。

 

スカウトって、学校の先生に好かれるかどうかっていうのも重要なんで、うまくちゃんとコミュニケーションをとりたいと思ってます。僕、静岡県内では多少知っていただいているとは思いますけど、県外に出ると認知度が低いんですよ。だからちゃんとお話して、いい選手がいれば監督さんに「どういう選手なんですか?」って話を聞いたりしてます。頭下げていい選手が来てくれるんだったらいっぱい下げますね。上から物を言うんじゃなくて。

 

現役時代から上から目線にならないように気を付けてた、っていうか、それも田坂さんに教わったんです。「上に行けば行くほど謙虚になりなさい」って。そう言われたのをすごく覚えてますね。

 

現役で年齢を重ねてキャリアが上になってくると、どうしてもちょっと横柄になったり、慣れからそういう態度を取りやすくなると思って。そういうのはよくないと考えたのは、田坂さんの言葉がすごい自分の中で残ってたからですね。

 

僕の現役時代、エスパルスには日本代表に選ばれてる選手がたくさんいて、やっぱり自分も行きたいと思ってたし、目標にしてたんです。でも、そこで選んでもらえなかったのはやっぱり自分の力が足りなかったって思いますね。

 

スカウトになった今は僕が見つけてくる選手が代表クラスになるかどうかってことじゃないですか。本当に責任重大だなと思いますし、それと同時にやりがいもすごい感じます。エスパルスにはずっと代表選手がいましたからね。

 

静岡には今でも素晴らしい選手がたくさん育っていると思います。だから静岡県のトップであるエスパルスがもっとJ1で上位争いしないと、本当の意味で盛り上がってこないと思うし、優勝争いして、今なかなかコロナの関係でサポーターもスタジアム来られないですけど、やっぱりあそこ行きたい、生で見たいと思ってもらえるようなチームにならないといけないと思います。僕たちがやってたころ以上になってもらわないと。僕たちのチームはタイトル取れなかったので。

 

チームが優勝するときが来て、自分の声をかけた選手が人のピッチにいるって想像するとすごい楽しいですよね。アガります。そしてそういう選手が辞めるとき、サッカー人生を振り返って「最初のクラブがエスパルスでよかった」って思ってもらえたら、もう最高だと思いますね。自分はそう思いましたから。そういうふうに思ってもらえるようなスカウトになりたいし、またそういうクラブにならなきゃいけないと思います。

 

チキンのマスタード焼きをいつも食べていた

自分が好きなレストランは「グリーンハウス」っていうところですね。日本平動物園のすぐ近くです。動物園に行く手前にあるんですよ。

 

洋食が基本で、選手は新型コロナウイルスの影響が出る前はたくさん行ってましたし、マスターもすごいいい方です。応援してくださっていて、奥さんも素晴らしい人なんですよ。僕はチキンのマスタード焼きをいっつも食べてましたね。味も素晴らしいし、あとはお店の雰囲気とかもいいし、長くいられる場所でした。

 

あとは「福豚(ポックテジ)静岡本店」っていう韓国料理屋さんですね。サムギョプサルとかチヂミが美味しいんです。早くレストランにドンドン行ける日が来てほしいと思います。

 

もう一つ、実は「ひめの家」という和食の店を紹介しようかと思ってたんですけど、実はそこって高木和道と被っちゃってました(笑)。

 

それから僕は寿司が好きなんで、清水に来て寿司を食べようと思ったらここに行けばいいという場所を紹介しておきますね。エスパルスドリームプラザにある「清水すし横町」です。8店舗あって、どこもネタが美味しいんで清水で寿司を食べようと思ったら行ってみてくださいね。

 

紹介したお店

漁師丼の店
〒424-0942 静岡県静岡市清水区入船町13-15 エスパルスドリームプラザ
1,000円(平均)1,000円(ランチ平均)
入船鮨 ドリームプラザ店
〒424-0942 静岡県静岡市清水区入船町13-15 エスパルスドリームプラザ1F
5,500円(平均)1,000円(ランチ平均)
鮨 川澄 ドリームプラザ店
〒424-0942 静岡県静岡市清水区入船町13-15 エスパルスドリームプラザ1F
5,500円(平均)1,000円(ランチ平均)
沼津魚がし鮨 流れ鮨 清水ドリームプラザ店
〒424-0942 静岡県静岡市清水区入船町13-15 エスパルスドリームプラザ内 清水すし横丁
2,200円(平均)1,500円(ランチ平均)
鮨処 おがさわら
〒424-0942 静岡県静岡市清水区入船町13-15 エスパルスドリームプラザ清水すし横丁
清水港 さかなや
〒424-0942 静岡県静岡市清水区入船町13-15 エスパルスドリームプラザ
1,200円(平均)1,200円(ランチ平均)
回転寿司 のぶちゃん
〒424-0942 静岡県静岡市清水区入船町13-15 エスパルスドリームプラザ
1,700円(平均)1,000円(ランチ平均)
御食事処 大漁市場
〒424-0942 静岡県静岡市清水区入船町13-15 2F
2,500円(平均)1,000円(ランチ平均)

グルメガイド | S-PULSE DREAM PLAZA エスパルスドリームプラザ

 

兵働昭弘 プロフィール

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2005年、筑波大学を卒業後、清水エスパルスへ入団。柏レイソルやジェフ千葉などへの移籍を経て2018年、古巣の清水エスパルスで引退。現在は清水エスパルスのスカウトとして未来の日本代表発掘を目指している。1982年生まれ、千葉県出身。

 

Photos by Miki SANO

 

著者プロフィール

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佐賀県有田町生まれ、久留米大学附設高校、上智大学出身。多くのサッカー誌編集に関わり、2009年本格的に独立。日本代表の取材で海外に毎年飛んでおり、2011年にはフリーランスのジャーナリストとしては1人だけ朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の日本戦取材を許された。Jリーグ公認の登録フリーランス記者、日本蹴球合同会社代表。

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