北朝鮮で日本が失点した瞬間、土井敏之はあえて黙った……アナウンサーが経験するサッカー中継の修羅場とは

有名サッカー関係者にさまざまなエピソードを伺うこのインタビューシリーズ。今回はTBSアナウンサーとして長年スポーツ実況に携わってきた土井敏之さんにお話を伺いました。北朝鮮やイエメンなどで経験した修羅場、そして実況アナウンサーとはどうあるべきなのか、さらに浦和レッズ練習場近くのオススメレストランなど、多岐にわたって貴重なエピソードをお話していただきました。 (さいたま新都心・与野のグルメランチ

北朝鮮で日本が失点した瞬間、土井敏之はあえて黙った……アナウンサーが経験するサッカー中継の修羅場とは

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土井敏之アナウンサーはこれまでいくつも試練を乗り越えた

北朝鮮からの放送では予想もしないことが起きた

イエメンではハプニングでキックオフが遅れた

そんな修羅場を土井は笑顔で乗り切ってきた

 

生放送のフリータイムのために自分で言葉を考える

だが実況中にあえて話さないこともあったという

面白くなって選手の名前を言ったこともあったそうだ

様々なエピソードが次々に飛び出してくる

 

そんな土井が大切にしていることは何か

どんな「覚悟」を持って語っているのか

バランスを気を付けながら話しているのはどんなことか

お勧めのレストランとともに聞いた

 

平壌ではすべての行動が決められていた

過去の実況で大変だったとか苦しかったことって……あんまり苦しかったことはないけれど、2011年11月15日、ブラジルワールドカップのアジア3次予選、アウェイの朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)戦だけはやっぱり印象に残ってますね。

 

平壌では行動が全部決められてました。試合の取材の前は、どこに行ってどの塔を見るとか、そういうスケジュールも全部決まってて、あれが一番大変だったかな。ある意味おもしろかったと言えるかもしれないけれど、貴重な経験でした。金日成スタジアムの雰囲気にしても、他では味わえないものでした。観客はみんなで同じ動きと歓声を上げて。

 

僕たちが平壌に着いてからは、「対外文化連絡協会」の人たちが必ず付いてきてました。その人たちの中で一番エリートだと思う人が、若いんですよ。彼よりも年上だろうという人が一杯いる中で、ずっとリーダーシップを取って、みんなの前で話すときは彼がしゃべってましたね。

 

放送のときにはその一番頭が切れそうな人がどうせ立ち会うだろうと思ってたんです。実況席の近くに来るんだろうなって。ところがいないんですよね。彼の姿が見えないから、「あれ? じゃあ何をしゃべってもいいのかな?」って、気持ちが楽になったのは覚えてますね。

 

ところが放送後に彼が現れて「土井さん、ありがとうございます。公平な放送をしてくれて」って。何の事はない、中継車でずっと聞いてたんです。あ、自由があったわけじゃないんだってそのときわかりましたね。「聞いてたのか、やっぱり」って。

 

しゃべってるのを相手の国の人から聞かれてるっていう、ああいいう経験は他にないですね。だって日本に向けた放送ですから。通常、現地の人は放送の態勢をちゃんと整えることはやっても、中身をチェックするはずはないんですけど。

 

ただ、こっちは元々忖度はしなかったんですよ。北朝鮮をよく言うつもりも、逆に日本をよく言うつもりもまったくなくて。

 

その北朝鮮の彼にも話したんですけど、「公平にサッカーを見ていて、勝った北朝鮮のいいところは伝えたつもりです。それから日本のダメなところ、負けた理由なんかも話しました。ただ日本のいいところもあったし、そこを普通に、極めてフラットに伝えたつもりですよ」って。

 

そうしたら相手は「そうですか」なんて返事してきて、そのあと話が出来た。それが一番の思い出として残ってます。

 

金正恩体制になってから、北朝鮮はメディアを国内に呼ぶようになりましたね。平壌やいろんなところにメディアセンターを作ったりして。だから2011年の金正日時代のほうが北朝鮮に行けませんでした。訪問できるにしても人数は極めて制限されてましたし。あのときの雰囲気を知ってるってのは、貴重と言えば貴重ですね。

 

試合は50分、パク・ナムチョルに決勝点を奪われたのですが、そのゴールが決まったときにスタジアムは「うわ〜」という大歓声に包まれたんですよ。その声を聞いて「これもうしゃべんないほうがいいや」って、ゴールした選手の名前だけ言って、そのあとは黙ったんです。

 

ここでどれだけ日本人が日本語で声を張り上げたところで、こんなに北朝鮮国内が盛り上がってる、スタジアムがこういうことになってるんだってことは伝わらない。それよりも観客の「うわ〜!!」のほうがいいだろうって。ゴールが決まったとき、あの雰囲気を伝えるってどうしようって、みんなそれぞれの場所で考えましたね。覚えてるなぁ。

 

ただ、放送事故で話し声が届いていないと思われるのは避けなければなりませんでした。東京の局に、音声が途切れてるわけじゃないし、音声がダメになってるわけじゃないって伝えないと慌てますからね。

 

テレビの中継は普通、ちょっとした大人数で行くんですが、あのときは極めて人数が絞られましたから、私の隣に名物チーフプロデューサーの名鏡康夫さんがディレクターの役割もしながら座ってたんです。それで名鏡さんから「今、土井しゃべってないから」って局に伝えてもらって、7、8秒ぐらい黙って会場の音だけを拾ったんですよ。

 

他にも2006年9月6日の、イエメンでのアジアカップ予選の試合なんかも覚えてますね。イエメンも今は内戦が激しくなったので、もはやあの国で試合が開催できなくなっちゃいました。

 

イエメンは石油が採れない国だから、中東なんですけど裕福ではなかったんですよ。道路も舗装してなくて、交差点が水たまりになっちゃってて、車が水没するから交差点に行けないんです。少しだけ歩いてみたんですけど。低い建物ばかりで、東南アジアの街なみみたいな感じでしたね。あそこももう行けないんだと思うと寂しい気がします。

 

あのときはバタバタしたんですよ。衛星中継したんですが、現地の放送局のみなさんがのんびり準備するんです。セッティングの予定の日に全く作業しないとか。しかもキックオフはコーランが流れてるからってずれるし。ディレクターとかプロデューサーは気を揉んでたと思います。

 

ただ私は「遅れる」って聞いて「あぁ、そうですか」って。それまでにもいろんなドタバタがあったんで、「何があっても『いいや』って思うのが大事だな」って感じてましたから。

 

だから2018年11月16日のベネズエラ戦も慌てなかったですね。ベネズエラ戦は道路が渋滞して日本代表チームのバスの到着が危ぶまれましたけど、私は「キックオフが遅れても『いいや』」って思いました。放送局としては大変ですけど。

 

ライブでお伝えするものは、試合が始まらなければ出来ないわけですからね。制作サイドは大変なんでしょうけど、話す側がその大変さに巻き込まれて、こっちも気を急いたり慌てたり、焦ったりしても、どうしようもないんですよ。

 

そこは一種いい加減さがあったほうがいいですよね。私が「どうなってんの?」って尋ねるだけでも、聞かれる側は煩わしいんですから。だから慌てないで、ぼんやりしてるぐらいのほうがチームワークとしては必要なんです。余計なことは聞かない。

 

こういうの、サッカーの放送やってるとだんだん慣れてきます。これもサッカーの賜物ですよ(笑)。

 

放送席で自我を出すとろくなことにならない

昔、「ブロードキャスター」という番組の競馬の予想コーナーで口上を述べてたんです。そのことを覚えている方がいて、私が競馬中継をやってたんじゃないかと思われてたんですけど、実況はやってなかったんですよ。

 

あの「ブロードキャスター」の口上は原稿が用意されていたんじゃなくて、オチまで自分で文面を考えてやってました。宝塚の往年のスターの名前をもじって入れたりとか考えて。

 

オンエア前に打ち合わせがあって、そのときに「今日は自分の前のコーナーで何が一番盛り上がるかな?」と考えるんです。このコーナーが一番ワッと沸くな、みたいなのがわかるんですよ。福留功男さんが「これはちょっと時間を使いたい」とこだわっているコーナーなんかですね。それに「お父さんのためのワイドショー講座」の中から何かおもしろい話はないかなって。

 

そこからネタを考え始めて話をまとめておいて、それで話してたんです。「おまかせ」って、30秒から1分ぐらいはフリータイムでした。その口上を考えるのが楽しかったですね。人からもらった原稿って憶えなきゃいけないですけど、自分が考えた話は頭の中に入ってますからやりやすいんですよ。

 

それに自分で考えた話って、やっぱり自分のしゃべり口調とかリズムで考えられるんですね。人からもらった文章だと、それに合わせて憶えなきゃいけない。他人のリズムや自分の使わない言葉が入ってくるとなかなか出てこないんです。

 

サッカーの中継のときも何にも原稿はないですよ。フリーです。決め台詞のフレーズは用意すると外すんですよね。肩に力が入っちゃうし。歴史に名を残そうと思ってフレーズを言うとハマらないんです。だから僕はフレーズがしっかりハマった未来永劫語り継がれる実況はやっていないかもしれません。

 

それに無理して準備したことを言おうとすると、そこには聞く「余白」が生まれないんですよ。詰め込んでしまうとライブの感覚になかなかならない。そこの「余白」を作るっていうことは、TBSにどんなジャンルであれ脈々と受け継がれているものなのかもしれません。

 

放送席に座るって、一番いいところで試合を見させてもらうわけじゃないですか。その一番いいところで見ている人間の責任はあると思っています。そこで自我を出すとろくなことにはならない。もし自我を出すと自分の放送になってしまうんですけど、試合はピッチの選手たちが行っているものですから。そこは肝に銘じてやってます。

 

ただ準備はしています。資料は全部自分で作ります。アナウンサーはみんなそうですよ。参考資料はあっても自分なりに書き換えたりしますね。相手チーム情報のほうが難しいですね。相手チームの来日メンバーが決まったところから、選手の名前、特徴を調べるんですよ。

 

だいたい試合の3日ぐらい前に来たメンバーが発表されるので、資料づくりはそれからですね。有名チームが来てくれるとありがたいんですけど、そうじゃなかったら情報が少ないから苦労します。利き足もわからないし。風貌もわからないとか、昔はよくありました。

 

最近はインターネットで調べられるのでまだましですけど、昔は相手チームの団長やマネージャー、たまにチーム付きの記者がいたりするとその人に、「どれが誰?」ということから尋ねたりして調べてました。

 

名前で一番難しいのは、旧ユーゴスラビア系の人たちですね。大体の人が「○○ッチ」で終わるんで、これがキツいんです。語尾が一緒だから覚えにくいんですよ。すらっと出てこないときがあって。似た名前のところは困りますね。

 

ただし、そうやっても事前に情報ってそんなに集められないんですよ。それに実況席からは選手の番号が見えないこともよくあります。だから、たぶんどのアナウンサーも同じだと思うんですけど、試合中に風貌や背格好とかスパイクの色なんかを覚えていくんです。

 

練習を見ながらアイツだよな、とか確認しますけど、本番中にむしろ覚えてるんです。5バックなのか4バックなのかも、実際に試合が始まってみないとわからないですから。「システムどうなってるんだ」ってキックオフになってから確認するというのが結構あります。

 

でも、それでもいいと思うんです。全員の情報をノートに書かないと気が済まないってなると、空欄を埋めようとしてしまうんですけど、わからない選手はわからなくていいやっていうぐらいの心構えでいいかなと。

 

だって選手のプロフィールが大事なのか、目の前の試合が大事なのかというと、圧倒的に今行われているサッカーのほうが大事なんですね。事前に調べれば調べるほど、それを放送の中で言いたくなるんですけど、それってサッカーを見ている人にとって有益なだけではないと思ってます。

 

情報は持っても、試合のどこかで出せるときがあれば使おうという感じです。先輩たちから教わってきたのは、資料に書いたものの3割使えば上等ということでした。やっぱりそのとおりだと思います。

 

ですからどこかで割り切りや捨てる覚悟は必要になってくるんで、プロフィールに頼らないでいこうと腹をくくって、「なければないでいいよね」と思ってます。それにテレビの前の人は、日本代表に軸を置きながら対戦相手として見ているわけで、対戦相手の豊富な情報が必要かと考えたときに、それもまた違うという割り切りができるんですよ。

 

こちらが用意していた情報を全部は使えない。けれど情報はあるということが大事なんです。そこから取捨選択しながら、今一番大事なものは何なんだって絞り込む。情報はあっても捨てるというのは大事になってきますよね。

 

それに、文章には人それぞれの文体があるのと同じで、しゃべる人にも必ずその文体に近い形みたいなものがあるんですね。無理して色を付けようとか、こういうふうにしようと思わなくても、私が話したのと佐藤文康アナウンサーがしゃべったりするのとではまるで違うんですよ。

 

ですから無理に色を付けないで、おそらく自分が発する文体みたいなのが言葉の中にはあるんで、それをやってれば「あぁ土井がしゃべってるな」って気づく人には気づいてもらえる。それでいいかなって。

 

我々はフィルターになってもいいけど、味付けをするのは違うのかなと思ってます。コーヒーをまろやかにするためのフィルターではあってもいいけど、私たちが砂糖になったりミルクになったりする必要はないんです。

 

見ている方がカフェオレが好きなら、ご自身でミルクを入れて飲んでください。ただ私はおいしいコーヒーを入れますよっていうのが大事だろうとは思ってるんですね。ですから我々はフィルターとかネルとか、ああいうものにはなっていいんでしょうね。雑味を取っておいしいコーヒーにするっていうための存在という。

 

けれど「私はね〜、うまいカフェオレ出しますよ!」ってやってると、見ている人は「カフェオレはオレたちでやるよ」となるんです。見てる人が詳しく選手の話を知りたかったら、手元で雑誌を広げたりインターネット調べたり、テレビのリモコンの「dボタン」を押して、そういうのを見ながら「オレたちはそうやって味付けるよ」って思ってるかもしれない。だからこちらはおいしいコーヒーを出すことに徹しようと思ってるんです。

 

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実況アナウンサーは「聞き役」でもある

サッカー中継で私がこだわってるのは、「現在」「過去」「未来」という3つをバランスよく入れるということです。

 

「過去」っていうのは試合が始まる前に行っていることで、取材して選手に話を聞いてコメントを取って、それをいつ生かそうかと資料を作って、情報を分析して。それが「過去」です。

 

「現在」は今まさに目の前で行われているプレーについて。「未来」というのは、今後この試合がどうなっていくっていう予測ですね。「未来」に関しては私の知識では無理なんで、解説の方に先を見てもらって、その案内人になるっていうことです。

 

これを三等分して放送に盛り込むのではなく、バランスよく入れることにこだわってるんですよ。一番大切なのは「現在」ですね。これはもう過不足なく入れなきゃいけない。

 

「現在」が減っちゃって「過去」の部分が多くなると、見てる人にとってはダイナミズムがなくなっちゃうんですよね。調べて来たことの博覧会になってしまうと、これはおもしろくない。ライブ感がなくなる。

 

目の前で行われている試合がどうなのか、プレーがどうだ、どういうところがいいのかっていうのを伝えながら見せていく。そこをベースにしながら「過去」と「未来」をバランスよく入れて、「現在」「過去」「未来」がキレイに入ってる放送が理想だと思ってやってるんですね。

 

「未来」という部分で言うと、わからないことは解説の方に「今のこれどういうことですか?」って素直に聞くことが大事だろうと思ってるんです。アナウンサーの役割って伝える側ですけど、もう1つ、聞き役というのもあるんですよ。

 

解説の方に「今のどういうことですか?」「これって何がどうしてこうなってるんですか?」って聞くことが必要になってくるんです。もしその質問が、見てる方の気持ちとリンクすれば、いい放送なんでしょうね。

 

浦和レッズの練習場へ取材に行くときはいつもカツカレー

僕の食生活はわびしいですよ。慌ただしく食べるパターンです。TBSがあるのは東京の赤坂ですからたくさん食べるところはあるんですけど、私が会社に来る日数があまりないですからね。会社にずっといるというよりは現場に行っちゃってるというのが多いんで、そうすると赤坂で何か食べるってないんです。それで現場に行くと、放送のときはお弁当になっちゃいます。

 

それでもサッカーのときは、たとえば鹿島に行ったらやっぱりもつ煮込み食わなきゃ、と決めてます。そういうサッカーにまつわる食のことを考えたら、お勧めがあったんですよ。浦和レッズの練習場、大原サッカー場の近くの「カレー&スパゲッティ クック」っていう店があるんですけど、これが私、一番好きなんです。

 

カレーはとにかくおいしい店なんですけど、インド風カレーとかじゃなくて、昔からあるようなカレーなんです。表現としては、「何かうまい」という感じじゃなんですよね。特別な何かがある、これが作用してる、インドのスパイスが利いてるとかじゃないんですね。カレーらしい、私たちのイメージするカレーが出てくるんです。

 

カツカレーもうまいし、「アンサンブル」っていうメニューもおいしい。「アンサンブル」は皿の真ん中にサラダが盛ってあって、その左右にカレーとスパゲッティー。あれはパスタと呼んじゃいけない。スパゲッティー。

 

僕は大原の練習の取材に行くと、「カレー&スパゲッティ クック」に行くのが楽しみなんです。量も多くて、カツカレーなんて食べるとお腹いっぱいになっちゃいますよ。目玉焼きを乗せて食べるんです。今度、大原に行ったらまた寄っちゃうと思いますね。

 

 

r.gnavi.co.jp



土井敏之 プロフィール

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早稲田大学を卒業後、1994年、NHKに入局。その後1996年、TBSに中途入社した。情報番組やスポーツ実況を長年担当しており、サッカーW杯のほか、数多くの世界大会を取材・実況している。

1970年生まれ、東京都出身

 

 

 

 

 

取材・文:森雅史(もり・まさふみ)

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佐賀県有田町生まれ、久留米大学附設高校、上智大学出身。多くのサッカー誌編集に関わり、2009年本格的に独立。日本代表の取材で海外に毎年飛んでおり、2011年にはフリーランスのジャーナリストとしては1人だけ朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の日本戦取材を許された。Jリーグ公認の登録フリーランス記者、日本蹴球合同会社代表。

 

 

 

 

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