東京周辺のエスニックな肉料理を食い尽くすこの連載「東京エス肉めぐり」第四回は新宿初台にあるウイグル料理レストラン「シルクロード・タリム」のラム肉だ。
ウイグルは現在では中国の西域にある新疆ウイグル自治区として知られているが、古代から中央アジアに暮らしてきたテュルク系の遊牧民族。イスラーム教を信奉し、新疆ウイグル自治区のほか、カザフスタンやウズベキスタン、キルギスなどに居住するシルクロードの民である。
シルクロードと聞くと目を輝かせる日本人は多い。特に団塊の世代。中国西域を舞台にした1960年代のベストセラー小説、井上靖の『敦煌』や1980年代に放映されたNHKスペシャル『シルクロード』のおかげだろう。しかし、そのシルクロードの民が何を食べているかは意外なほど知られていない。
ウイグルの料理と言えば、何はなくともまずラム肉。そして、ラグメンと呼ばれる世界最古の手打ち麺が有名だ。「シルクロード・タリム」は2010年に開店した、東京で唯一のウイグル料理レストラン。ラム肉のケバブやラグメンをはじめ、日本ではまだまだ知られざる様々なシルクロードの料理をガツーンとうれしいボリュームで提供している。しかもお値段も安めの設定。まさに、われら東京エス肉兄弟たちのためにあるお店と言えよう!
東京エス肉兄弟団〔連載開始を機に結成しました。団員随時募集中。入団希望者は英文の職務経歴書を僕にメール(salamuna@chez-salam.com)して下さい〕の三人がお店を訪れたのは火曜の夜7時半。にもかかわらず40人ほどのテーブル席はほぼ満席だ。賑わっているなあ。お店のスタッフは全員がウイグル人。シルクロードの民族ならではの東洋と西洋が交じった独特の顔立ちをしている。中でもオーナーのスラジディン・ケリムさんは甘い笑顔がどこか昭和時代のアイドル歌手のようだ。
「ウイグルと言うと、日本人の8割の方は『モンゴルですか?』と言うんですよ。それが悔しくて。これまで歴史的に日本人とウイグル人は交流がなかったから仕方がないのですが。そこで日本とウイグルの文化交流の場を作ろう、日本人にウイグルについて知ってもらおうと、5年前にこのお店を作りました。文化交流と言えば食文化が一番です。というのもウイグルの食文化は世界の食文化に大きく関わっているからです」
おっとウイグル料理にそんな知られざる秘密があったとは? しかし、それを聞き出す前にまずは飲み物と肉を頼もう。ケリムさん、とりあえず生ビールと「シシ・カワプ」(ラム肉の串焼き)10本!
うっひょ~! 「ケバブを10本!」なんて前から言ってみたかったぁ! こんな豪快な頼み方を出来るのはシシ・カワプ一本が200円と激安だからだ。トルコやイラン料理レストランでシシ・ケバブを頼んだら、最低でも一本1000円以上はするだろう。さすがにタリムのシシ・カワプは日本の焼き鳥の二倍ほどのサイズで、もっとメインディッシュ然としたトルコのシシ・ケバブとくらべると小さいのだが、それにしても安い!
「シシ・カワプはウチの目玉商品です。お客さんにもっと沢山ラム肉を食べて欲しいから。言ったとおり、この店は文化交流のためにやっているのであって、儲けるためにやってるわけじゃないですから。でも、もし二軒目を出店した時にはもっと儲けさせて下さいよ~!(笑)」
長方形の小さなお皿に10本のシシ・カワプが無造作にのせられて運ばれてきた。お皿からは長い金属の串がガツーンと両側にはみ出している。トルコのケバブなら一つのお皿の上にケバブ一本と様々な付け合わせの野菜が彩り良く配置されているが、ウイグルのシシ・カワプ10本はガード下の飲み屋で出てくる焼き鳥盛り合わせのような風情である。でも、これがイイのよ! オレはラム肉をたんまり喰らいたかったのだ! シシ・カワプを焼き鳥感覚でたっぷりと!
いただきま~す! う~ん、これは美味い! クミンや赤唐辛子などのスパイスでマリネしてからあぶり焼いたシシ・カワプはラム肉独特の臭みがスパイスと火によって独特のうま味へと昇華されている! 1本、2本はあっという間。3本食べてもまだ止められない。そのうえビールが進むぞ~!
「ウイグル人は放牧民だったころからラム肉を食べていたんです。ラム肉は脂肪が身体に残りにくい。そして、他の肉とくらべて安全なのです。現代では鶏インフルエンザや狂牛病が問題になっていますが、ラム肉にはそうした問題が起こらなかった。というのも羊は牧草の新鮮な所だけを食べる贅沢な動物だからです。牛のように牧草と一緒に、土やそこに混じった動物の糞まで口に入れてしまうことはないんです」
次は「トホ・カワプ」、ウイグル風の焼き鳥だ。こちらもスパイスやヨーグルトに漬け込んでから焼いている。値段は一本180円。本当に焼き鳥屋感覚で頼めちゃう! しかもうれしい事にサイズは日本の焼き鳥の2倍以上もあるのだ!
さらにつづいて「カゥワゥルガ・カワプ」、ウイグル風ラムチョップ串焼きも届いた。長さ15cmほどの大きなラムチョップの串焼きが一本750円である。こちらもクミンや赤唐辛子を表面にまぶして焼いた夢の肉塊である。骨を手づかみにしてムシャムシャと食べ尽くそう! ああ、ここは肉食の桃源郷か?! 肉食男子の見果てぬ夢、ここに叶ったかも? 肉食の聖杯伝説? 肉食のアーサー王伝説!? 肉食のアヴァロン!? いや肉食のガンダーラ??
「♪~そこに行けば~どんな肉も食えるというよ~♪」
おっと、同じシルクロードだからと言っても、ガンダーラ(現在のパキスタン北部からアフガニスタンにあたる地域)とウイグルを混同してはいけない! ケリムさんごめんなさい!
「そんなに肉が好きなら、新メニューの〈ケーリンハミセイ〉、ラムの胃袋のサラダと〈ジゲル・コルミズ〉、ラムのレバーとピーマンの炒め物もおすすめです」
ラムの胃袋とレバーだって? もちろん行っちゃいますよ! 胃袋は茹でてから5mmほどの細切りにして、細切りのピーマンとともに辛くないラー油や黒酢などと和えてある。ラムの胃袋は牛のハチノスなどとくらべても、繊細で食べやすい。
いっぽう、レバー炒めは玉ねぎやピーマン、鷹の爪などと一緒にスパイシーな炒め物にしてある。これも豚や牛のレバーとくらべると、ホロホロの食感とほんのり甘みの混じった苦みが最高だ。
肉をたんまり食べた後は、そろそろメインディッシュに移ろう。タリムの名物料理、世界最古の手打ち麺「ラグメン」、ラム肉と人参とレーズンの炊き込みご飯「ポロ」である。
「実は世界の麺類の発祥の地はウイグルなんです。日本では中国のラーメン、イタリアのパスタは知られています。でも、その両方の元となったラグメンはまったく知られていません。
これまで中国人は、中国の麺のほうが先に存在していて、それがウイグルに伝わった、と主張してきました。でも、数年前、ウイグルのトゥルファンにある遺跡の中から2500年前のラグメンが見つかったんです。それからは中国も、ウイグルのラグメンのほうが先に存在していたことを認めざるをえなくなったんです(笑)」
厨房から「ダン、ダン、ダン」と何かを叩きつける音が聞こえてきた。見ると、シェフのグプルジャンさんがラグメンの生地を両手で持ち、作業台に叩きつけてから、反動を使って軽々と一本の麺に延ばしていく。まるであやとりをしているようにも見える。
「開店当時、グプルジャンは、お客さんがラグメン延ばしの写真ばかり撮ることに当惑していたんです。彼はそんなに沢山の人から写真を撮られることなんてなかったから。でも、今ではすっかり慣れて、自分から『はい、どうぞ。写真撮って!』と言うまでになりましたね(笑)」
そうやって手で延ばしに延ばした一本の長い長い麺を茹で上げ、ラム肉と野菜の炒め煮を上からかけて、よく混ぜてからいただくのがラグメン。手打ち麺ならではの、讃岐うどんにも負けないコシの強さとラム肉の出汁の相性が抜群だ。これは讃岐うどんを使って自宅で作ってみたくなる。
そして、もう一つのメインディッシュは炊き込みご飯のポロ。「ピラフ」の語源となったこの料理はウイグルだけでなく、ウズベキスタンやタジキスタン、パキスタン、イランなど、中央アジア全域で広く愛されている。中央アジアの遊牧民を主人公にした漫画『乙嫁語り』で取り上げられ、一時話題になったこともある。僕は昨年末に訪れたイスラエルでも、タジキスタン移民の友人の家でごちそうになった。人参とレーズンの甘みとラム肉の出汁がご飯に溶け込んだポロは、インド亜大陸のビリヤニ、トルコ黒海地方の片口鰯のピラフと並び、ユーラシアご飯料理の三巨頭と呼びたいくらいだ。ちなみにウイグルではポロは「料理の王様」と呼ばれているそうだ。
「なぜ料理の王様なのか? 雨が少ないウイグルでは、昔はお米が貴重だったからです。ポロは特別な時のごちそうだったんです。今はウイグルでもお米はいつでも買えますが、私は帰省するたびに日本のコシヒカリを持っていき、父のためにポロを作っています。父は日本のお米で作るポロは最高だとすごく喜んでくれます。日本のお米は口の中で溶けるようで本当に美味しいです。当店のポロはあきたこまちを使っています」
なんとタリムのポロはウイグルの料理法と日本のお米の出会いから生まれた一品だったのだ! ケリムさんがお店を始めたきっかけ「日本とウイグルの文化交流」が既に実っているじゃないですか!
ラグメンとポロを食べ終わると、既に時計は10時を回っていた。お店には日本人サラリーマンの団体客やウイグル人留学生がひっきりなしに訪れている。今回は三人だが、次回は一人で行って、カウンター席に座り、ウイグル人留学生と話しながらケバブを山盛りつっつく、そんな楽しみ方も悪くない。運が良ければ、留学生たちによる民俗楽器演奏と民俗舞踊も楽しめるようだし。
「サラームさん、聞いて下さいよ! 日本の麺料理の歴史は1000年、ウイグルの麺の歴史は3000年です。ウイグルのほうがはるかに古いんです。でも、日本は100年前には自動の麺打ち機械を開発していました。ウイグルでは麺はいまだに手打ちです。私にはそれが悔しくて、悔しくて。そこで今考えているのは、ラグメンの麺打ち機械を開発することです。そして、世界中にラグメンを広めて、ウイグル料理をフランス料理、中華料理、トルコ料理、日本料理の次に有名にしたいんです!」
ウイグル料理を日本に、そして世界に広める。ケリムさんの壮大な野望の行く末を見届けるため「シルクロード・タリム」に通い続けるのも悪くないよなぁ……。さて、ケリムさん、お勘定!
今回取材したお店
シルクロード・タリム ウイグルレストラン
住所:東京都新宿区西新宿3-15-8-103 西新宿バールビル1F
電話:03-6276-7799
プロフィール
サラーム海上 Salam Unagami
音楽評論家/DJ/中東料理研究家。肉食。中東やインドを定期的に旅し、現地の音楽と料理シーンをフィールドワークし続けている。活動は原稿執筆のほか、ラジオやクラブのDJ、オープンカレッジや大学での講義、中東料理ワークショップ等、多岐にわたる。著書に『おいしい中東 オリエントグルメ旅』(双葉文庫)、『21世紀中東音楽ジャーナル』(アルテスパブリッシング)ほか。朝日カルチャーセンター新宿にて「ワールド音楽入門」講座講師、NHK-FM『音楽遊覧飛行エキゾチッククルーズ』のDJを担当。中東や東欧の最新音楽をノンストップDJ MixしたCD「Cafe Bohemia~Shisha Mix」(LD&K)も発売中。www.chez-salam.com