ある時ぐるなびの社員の方から、「ランチでもいかがですか」というメールを頂いたので、ウキウキしながらぐるなび本社に出かけた。ぐるなびの社員さんが案内してくれるレストランはきっと美味しいに違いないと思ったのだ。
「暇な女子大生さん、ようこそ」
私はいつの間にか4名ものぐるなび社員に囲まれてビーフシチューを食べていた。
なぜそこに4名も同席していなければならなかったのかは依然として不明なままだ。
そのビーフシチューは確かに美味しかった。
暇な女子大生さん…
「あなたをここへ呼んだのは他でもない。あなたに原稿の執筆を依頼しようと思ったからです」
「ぐるなびでは今『みんなのごはん』というサイトを運営しています。そこでいろんな方に連載をお願いしているのですが…」
そこで、是非暇な女子大生さんにも、と思いまして…
暇「連載されている方というのは、例えばどんな方がいらっしゃいますか」
「そうですね、峰なゆかさんとかー」
「やります」
「あとは、谷口菜津子さんなんかー」
「やらせてください」
「わかりました。コンセプトは…」
「『逆ナン』でいきましょう」
「暇な女子大生さんがお店の中にいる男性を次々に逆ナンしていくという、どきどきハプニング系ロマンスグルメ記事です」
「初回の取材は6月の第3週目にしましょう」
「僕も同行します」
私と担当編集のTさんは上野にあるよく知られた大衆居酒屋へ赴いた。このお店には本店と支店があるが、とりあえず広くて座席数も多い支店の方から入ってみることにした。
店員さんの威勢の良い掛け声、酔っぱらいの大きな笑い声…
「これぞ大衆居酒屋」と言いたくなるようなお店だ。
「逆ナン」とかそういう雰囲気では全然ない。
T「暇女さん…どうしますか?誰を狙いますか?」
暇「そうですねえ…」
既婚男性(36)と敬語で「誰をナンパするか」を話し合うのは不思議な気分だった。
T子「誰にすんのよアンタ」
暇子「…あたし、こういうの苦手なのよね」
T子「逆ナンはアンタの専売特許じゃないのよ」
暇子「…」
そのときわたしは見つけたのだ
絵に描いたような理想のメガネ男子を。
暇「行ってきます」
『ターゲットを見つけてから行動に移すまでの間、わずか6秒…』
暇「あの~、すみません」
「隣、座っても大丈夫ですか?」
土木関係の仕事に就いているお二人。先輩(右:32歳)と後輩(左:27歳)。
「あ、はい…」
「どうぞどうぞ」
「つくね」はふんわりとしていて旨い
暇「お兄さんたち、ここにはよく来るんですか?」
「うん、最近ハマっててね。安くて旨いから」
暇「おススメのメニューってなんですか」
「俺は塩らっきょうだね」
「きみ、一人でここに来たの?」
「…」
ポテサラ
「実はわたし、ぐるなびの雇われライターで。ここにもぐるなびの社員さんと一緒に来ました」
「今日は取材で、『上野にいるサラリーマンを逆ナンする』というのが主旨なんです」
「なんだ…取材なの…カワイイ子が来たと思って期待したのに」
暇「なんだかすみません」
「君…本当はこんな仕事やりたくないんじゃあないか?」
暇「え?」
「つらいんだろう?本当のことを言ってみなよ。やめたいんだろう?」
暇「お兄さん…酔っぱらってます?」
合鴨のくんせい
暇「わたしは楽しいですよ? 文章を書くことは好きだし、ちゃんとお金ももらってますし」
「いくらもらってるんだ? なあ、いくらだ?」
「いくら金がもらえるといっても、こんな仕事しちゃあいけない。サラリーマンを逆ナンするなんて…」
「君はカワイイんだから、もっと自分を大事にした方がいい…」
このままでは主旨とだいぶ離れてしまう、と思った私は話題を変えるために色んな質問をした。
暇「そ、そうだ、彼女とかいないんですか?もしかしてご結婚されてます?」
「彼女なんて一年くらいいないよ」
暇「どういった方がタイプなんですか?」
「君みたいなのがタイプだ」
「君にもし『付き合おう』と言われたら俺は付き合うね」
暇「…ありがとうございますお兄さん、酔っぱらってますよね? だいぶ」
「本当に君は仕事を選んだ方がいいぜ、可愛いんだからさ」
暇「仕事でつらいことなんかないですか?」
「働いてるっていうことそれ自体がつらいぜ」
「君みたいに会社勤めしてないってのは羨ましいね」
暇「わたし、就職留年までして、100社くらい書類出したり面接行ったりしたけど全部ダメで。それでやむなくフリーライターになったという感じはあります」
「『やむなく』って言うなよ」
「そうか、君も大変なんだな…」
「でもね、君には会社勤めは向いてない。そんな気がしてならないよ、お兄さんは」
「ああ、向いてないね。全く向いてない。」
「君、よく『不思議な人だね』って言われるだろう」
「言われます。一日に一回は言われますね」
「そうだろうなあ」
「とにかくね、フリーライターなんてやめなさい。やるにしても仕事を選びなさい。汚い大人の言いなりになってはダメだ。いいね? 悪いことは言わないから、もっと自分を大事にしなさい」
逆ナンというよりも説教の場になってしまったので、私はお二人とさよならし、いきさつを見守ってくれていた編集のTさんと反省会をするために店を出た。
反省会の会場はこのお店の本店だ。一つのテーブルにイスがぎゅうぎゅうに並べられており、「パーソナルスペース」なんて言葉はそこに存在しない。
机をバンバン叩きながら日本の景気について文句を言うおばさんと、それに対しやや控えめなリアクションをとるおじさん。
暇「ここにいるとコミュニケーション能力が鍛えられそうですね」
T「『コミュ障』という言葉が存在しない世界だからね、ここは」
アメ横はいつもファニー
T「とにかく先ほどはお疲れ様でした」
暇「逆ナンのしにくい店でしたね」
T「今度からもう少し作戦を練りましょう」
T「時に暇女さん、実家に帰られたりはするんですか?」
暇「あまり帰りませんね…家族と仲良くないんですよ。大して好かれてもいないし」
T「でもね、そう思っているのは自分だけかもしれませんよ」
T「ぼくはね、暇女さん。某大手有名企業に内定が決まっていたんだけれども、それを蹴って小さな出版社に就職したんです。親は当時猛反発しましてね。それからずっと会っていなかったんですよ。7年くらい」
暇「7年も?」
T「そう、7年も。」
「でも、その7年の間ずーっと親は僕の作ってた雑誌を買って読んでくれててね。つまり、親ってのはそういうもんなんです。例え何をやらかしていてもね、好きなんですよ。子どものことはずっと」
わたしは36歳既婚男性に仕事のことや人生のことを色々と聞いた。Tさんも酔っぱらって色々とディープなことを打ち明けてくれた。
そこまで心をオープンに出来たのも、この店の持つ空気のおかげかもしれない。
安くて美味しいご飯を食べたいときも、誰かと腹を割って語らいたいときも、上野のこんなお店はあなたを優しく迎え入れてくれることでしょう。
暇な女子大生(id:aku_soshiki)
「暇な女子大生が馬鹿なことをやってみるブログ」を書いている女子大生もといフリーライター。好きな男性のタイプは洗濯物の畳み方が几帳面そうな人で、好きな食べ物はエビチリです。