• 須磨のお部屋。2階の角部屋で
    尾道大橋や向島が見えます。

  • 桐壺のお部屋です。
    満潮時には部屋の外がすぐ海面です。

  • オコゼ2品と世羅牛ヒレステーキのコースを夕食にお出しするプランは
    1泊2食付で19,900円(平日18,900円)です。

     ■先付 オコゼ煮凍り
      ■刺身 オコゼ薄造り
       ■煮物 メバル煮付け
        ■焼物 世羅牛ヒレステーキ
         ■揚物 オコゼ唐揚げ
          ■酢物 カニ錦紙巻
           ■蒸物 タイおくらとろろ蒸し
            ■吸物 オコゼ赤出し
             ■御飯 ウニ御飯
              ■果物 メロン

    1泊2食付で16,800円~30,000円までございます。
    平日は1,000円割引きがございます。

    詳しくはwww.uonoub.jpにて。


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    【魚信の由来】

    魚信の屋号は80年、建物は約100年になります。明治末の尾道港の写真にすでに魚信の建物が写っています。
    謄本によりますと大正13年(西暦1924年)からの登記で始まっています。
    大正15年(西暦1926年)の尾道商工案内に尾道調理組合の広告に「魚信」が出ています。
    昭和5年(西暦1930年)の尾道商工名鑑に業種は「料理・仕出」の項に「魚信」が国税営業収益納税者として
    掲載されています。
    この時の住所は「久保町」電話は「377番」代表者は「備前信次郎」とあります。
    備前信次郎さんの名前から「信」(のぶ)の字を一字とって魚信(うおのぶ)という屋号が始まりました。
    その後、昭和11年7月にご子息の備前亀治郎さんが所有権の取得の登記をしています。
    昭和25年頃改装工事を行いほぼ現在の建物になりました。
    この時「初音」のお部屋を増築して3階建てになりました。
    その後昭和40年から現在に至るまでの40年間以上、株式会社千光寺山荘グループの料亭旅館魚信が経営に
    当たっています。
    建物としては、昭和52年ごろ、海岸通りの市道拡張で建物を一部削って塀を後ろに下げた他には外観は
    ほとんど変っていません。
    数寄屋造りの建物を目当てに魚信にお見えになる観光客の方も多く、今後も現在の形状を守って行きたいと
    思います。
    細部の造作の補修なども原形を保持するように努めています。

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魚信