もうひとつの赤羽徘徊記……仏の異様な姿と昔ながらの喫茶店がぼくらに伝えようとしていることとは

赤羽といえば朝から飲める酒飲みの聖地、駅西側のスリバチ地形というイメージがありますが、駅東側にある荒川も赤羽という街を語るうえで重要です。大きな川沿いの低地ということもあり、地域の住民は荒川の氾濫に悩まされ続けてきました。水害をどう克服してきたのかを学べる荒川知水資料館アモアをはじめ、災害を防ぎたいという住民の祈りが込められた正光寺の岩淵大観音、荒川と隅田川の分岐点にあり、現在進行形で荒川の水位上昇を防いでくれている新岩淵水門(青水門)、80年代まで使われていた旧岩淵水門(赤水門)などを紹介しています。これらを散策することで荒川について学べますよ。たくさん歩いた後は赤羽駅周辺に戻り、昔ながらの喫茶店などでお腹を満たすのがオススメです。赤羽はノンアルコールでも楽しい街ですよ。

もうひとつの赤羽徘徊記……仏の異様な姿と昔ながらの喫茶店がぼくらに伝えようとしていることとは

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陰気な旅人、ココロ社です。

 

赤羽というと、どのような風景を思い浮かべるだろうか。たとえば朝から飲める居酒屋街。あるいは駅の西側にある坂たちをイメージする人も多いだろう。

そのどちらも魅力的だけれども、それが赤羽のすべてではないと思う……などとぶつぶつ独りごちながら、下戸のわれわれ取材班(わたしとカメラ2台とレンズ2本)は赤羽駅を降りた。今回は、一般的な赤羽のイメージとは少々異なるかもしれないが、低地&ノンアルコールで赤羽をエンジョイしたいと思う。

 

【本日の行程】

まずは本日の行程を地図とともにおさらいしておく。

(1)赤羽八幡神社
(2)正光寺
(3)荒川知水資料館アモア
(4)旧岩淵水門
(5)荒川赤水門緑地
(6)岩淵水門
(7)このへんで引き返すと満足度が高い土手
(8)昔ながらの喫茶店 友路有(トゥモロー) 赤羽二号店

※それぞれのスポット名をクリックすると本文中の該当箇所へ飛びます。

 

神社の下に新幹線が吸いこまれていくのを見て感動

今回は駅の東、荒川方面を歩くのだけれど、直行するのではなく、赤羽八幡神社を経由していくことにする。なぜならその方が楽しいから……。

 

駅を西口で降りて、線路沿いに北上していくと、左手に魅力的な風景が見えてきて、いちいち足を止めてしまう。

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通りの向かいの高台の草木がモサモサしているところに呼ばれている気がするが、振り切らなくてはいけない。

 

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何なの……このアーチ状のところをあとで埋めた感は……。

 

誘惑を断ち切って、線路の下をくぐるようにして境内に入っていこう。

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赤羽八幡神社は平安時代に創建された由緒正しい神社なのだが、立地がよすぎて、いまはふたつの線路の間に挟まれる形で鎮座しており、挟まれ具合もよく見える。

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左手は貨物列車、右手に埼京線、さらに右はE4系の新幹線。

ビジュアル的には華やかではないかもしれないが、3つを同時におさめる事ができて感激した。

 

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電信柱が少々邪魔で、撮り鉄の方の写真には遠く及ばないものの、ここは電車が好きな人にとってはちょっとした名所になっているようだ。

このときも、年長さんくらいの子が父母を従えて行き交う電車を眺めており、電車がくるたびに「埼京線!」「はやて!」などと大声で名前を呼ぶ。

ご両親は「いつ帰るの?」と呆れ気味で、お子様も「ぼくがあきるまで!」と頼もしい返事を返していてご両親を絶望させていたのだけれど、鉄道にあまり詳しくないわたしとしては、説明ありがとうという気持ちだった。優秀なお子様をお持ちで何よりである。

 

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来るとき下からちらりと眺めた反対側の坂に出ると、新幹線が神社の下に吸いこまれるところが見られる。

 

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結構な頻度で吸いこまれていくのだが、見ていて飽きない。どんどん吸いこんでほしい。

 

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しかし東北・上越新幹線たち、どれも映りこみが激しくて、本日初走行なのかと思ってワクワクしてしまう。東海道新幹線は白がベースだからあまり映りこみを意識しないからかもしれない。

 

神社の下を通ることでご利益がもし発生するのであれば、東北・上越新幹線の利用者は全員幸せになっているのだろうし、その意味では、日本を代表する神社のひとつといえるかもしれない。

 

このまま電車を見ていても楽しいのだけれど、そろそろ荒川へ向かおう。

神社の坂を降りたら、このあとはずっと低地になる。

 

仏の異様な姿がかえって涙を誘う正光寺

神社から10分ほど歩くと、川岸から300メートルほどのところに、正光寺(しょうこうじ)という寺院がある。

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ここには岩淵大観音がある。

明治3(1870)年に建立されたものだが、京都奈良などで見かける有名な仏像たちと比べると異形ともいえる姿である。

 

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まず身長に比して頭部が大きゅうございます。

 

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そして手が短く掌も小さい。観音像といえば、人々を救うために手が長く、掌を大きく作ることが多いけれど、人体と比較しても短めで小さめ。

 

造形としては、たとえば法隆寺の百済観音像の方が美しいと感じる人が多いかもしれないが、そんなことはわかりきっているはずで、造形などは二次的な問題にすぎないということなのだろう。この観音は、地元の人々の寄進で、災害を防ぐために作られた。なるべく大きな観音を作り、川の氾濫を防ぎたいと思ったのだろう。

川沿いの低地だけあって、この地域は昔から深刻な水害に悩まされてきた。このあと、その水害をどのように克服してきたかについて見ることになるのだけれど、この観音はかつての悲しい歴史の象徴で、住民の切実な気持ちが伝わってくる。

 

巨大人工河川、荒川の歴史が丸わかりの「荒川治水資料館アモア」

現代においては、荒川流域でも多数の溺死者を出すような壊滅的な水害に見舞われなくなってきた。それは江戸時代から続く大規模な治水工事の成果にほかならず、この「荒川治水資料館アモア」で、その全貌が把握できる。

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しかも把握したあとに実物を拝むことができるのだからたまらない。

このあとわれわれが目撃する風景は、その背景を理解していないと、「でっかい水門だなぁ~!」と感激するだけで終わってしまうのである。まあ、でっかい水門だなぁと思うだけでも結構楽しいのだけれども……。

 

荒川の変遷を、それぞれの時代の状態を互いにスライドさせて理解できる展示がある。

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……が、写真だと理解するのが難しいので、荒川の変遷について文字で簡単にまとめておこう。

 

われわれが見ている荒川は、ざっくり言うと3代目荒川である。

自然状態の荒川は、いまよりも東の流域を流れており、利根川に接続していた。ふたつの大きな川が合流するのだから、大洪水のリスクが非常に高い。技術の発達によって川の流れを変えることができるようになった江戸幕府は、利根川と分離するために治水工事を行い、後世にいう「利根川の東遷・荒川の西遷」を行うことで、洪水のリスクを低減させるとともに、水運を発達させた。しかし、流域の水害はなおもやまなかった。そこで、明治末期~大正にかけて、近代的な工事技術で荒川放水路を掘るとともに岩淵水門を建設。洪水時には荒川放水路に水が流れるようにし、流域を水害から守ることとなった。

わたしも東京に来て長く、荒川は東京の風景のひとつになっているけれども、ここまで人の手が加わっていたとは意外で、これから荒川を見る視線が違ってきそうだ。まあ違ったからといって荒川の方は何も思わないだろうけど……。

 

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これは荒川放水路建設に使われたトロッコ。トラックもショベルカーもない時代に、この設備でよくぞ巨大な放水路を作ったものだ……。

 

また、岩淵水門と荒川放水路の建設のリーダー、青山士(あきら)先生についても学ぶことができる。

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青山士先生は、帝大卒業後、単身で渡米し、パナマ運河の建設プロジェクトに測量員としてジョインするが、その超人的な勤勉さで工区の副技師長までのぼり詰めた。

帰国してから手がけたのが、この岩淵水門と荒川放水路。

 

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これは青山先生の計算尺。考えてみたら計算機がなかった時代のことである。

 

なお、荒川流域の立体的な地形図も置いてある。

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赤羽近辺を見てみると、ここまで歩いてきた地域がいかに特異な地形であるかがわかるだろう。台地のすぐそばに川が迫っており、台地に寄り添うように線路が敷いてある。

 

ひとまず、この地域の治水について理解したので、実物を拝みに出よう。

 

旧岩淵水門の上は歩けるし、なんならその先の小さな島にも行ける

現在の荒川と隅田川を仕切っているのが岩淵水門。新旧2つの水門がある。

旧岩淵水門(赤水門)の近くには、昔の洪水がどこまで到達したかがわかる水位計がある。

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平成に入ってからもけっこうな水位を記録していて、まったく油断ならない。

「荒川が決壊したら銀座も水浸し」みたいな話があるけれども、決して非現実的な話ではないのだろう。

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80年代までは使われていたはずなのに、すでに産業遺産の風格満載である。

 

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裏側も見たい放題、上も渡りたい放題で大サービスである。

 

水門を渡った先は小さな島のようになっており、近所の人たちで賑わっている。

川の近くまで降りると、左手から島の奥側へ流れているのは荒川放水路、つまり今の荒川。

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こんな大河を人力で掘ったのか……と思いを馳せてしまう。

対岸は埼玉県で、豪華な建物がポツポツと並んでおり、こちら側の景色とはまたちがったかっこよさがある。

 

新岩淵水門は、まるでロボットのような姿態である

小島から戻って100メートルも下流へ歩けば新岩淵水門(青水門)。

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現代の岩淵水門は1982年に竣工。

現代の隅田川はこの水門で荒川と分岐し、始まっている。

 

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ロボットが4体並んでいるように見え、あらゆる角度から写真を撮りたいと思うし、その気持ちを阻むものは何もない。

 

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水門には番号がついている。

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「水位上昇中……1番水門を封鎖します!」などと、あのロボットのコックピットみたいなところから操作してみたい。

 

ヘリポートの姿に緊張する

現役の新岩淵水門もまた、上を渡ることができるのでラッキーな気分になる。

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水門は影になっているので、アスリートたちの休憩所のようになっている。渡った先には土手があり、広々とした道を歩くのがとても気持ちいい。

 

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少し歩くとヘリポートがある。天気のよい日には想像がつかないが、増水時にあまり避難指示を聞かなかったりしていると、このヘリポートのお世話になってしまうのかもしれない。ほとんど使われているように見えないが、活躍する機会がないことを祈る。

 

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土手からはゴルフ場、首都高速などが見えて、楽しい風景だと思って歩き続け、ふと振り返ってみると水門が小さく見える。このままひたすら歩くと河口まで行ける。知っ得でも何でもない情報だけれども、いつか試してみたいと思う。

 

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対岸の赤くてかっこいい建物は、新芝川排水機場。

荒川放水路の水位が上がりすぎると、この芝川に逆流するので、芝川水門を遮断することで逆流を防ぐのだが、そうなってくると、新芝川から荒川に放水したいときに困ってしまう。そんなときのためにこの排水機場が活躍する。荒川の水は来てほしくないが、こちらの水は荒川に流したい……当然の話なのだけれども、荒川放水路はいろいろ担わされて苦労人ですなぁと思ってしまう。

 

この魅惑的な建物のあたりが風景のピークなので、適当に写真を撮って、帰途に就こう。

 

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帰途だと隅田川が左手に見える。

素晴らしい風景を反芻しながら駅の方に戻って、ごはんを食べよう。

かなり歩いているので、少なくとも今日は食べたいだけ食べて大丈夫である。

 

 

「昔ながらの喫茶店」という名の、昔ながらの喫茶店

ここでドリンキングが好きな方は居酒屋に行くのだろうけれども、あいにくわたしは下戸なので下戸らしく、喫茶店で濃い味のナポリタンと大きなパフェを満喫したいのである。

 

赤羽は昔ながらの喫茶店がいくつかあるが、その決定版といえるのが、その名も「昔ながらの喫茶店 友路有(トゥモロー)」。

なにせ「昔ながらの喫茶店」で検索するとこの店が出てくるほど。

ビルの階にあるのだけど、角の丸い窓、赤くてツルツルの床。ありがたい。

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赤羽には本店と二号店があるが、喫煙しない人なら二号店がおすすめ。8席だけだけれども、分煙がしっかりされた禁煙席が用意されている。

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店に入ってさっそくメニューを拝見。

 

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このアイコンは、「昔からレシピを変えていないもの」についている。一見さんに最高に優しい店である。

喫茶店のナポリタン」(930円)が昔ながらであることを念のため確認して注文する。

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やはり昔ながらのナポリタンと呼ぶにふさわしいナポリタン。

パルミジャーノレッジャーノというよりパルメザンチーズ。パスタにタバスコ。

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完璧に昔の喫茶店のナポリタンである。

へとへとに疲れた体に染みわたる味。

 

そして「チョコレートパフェ」(900円)もお願いした。いつも喫茶店で甘いものを頼むときはクッキーなどの小規模なものにしているので、たくさん歩いたご褒美として最高にうれしい……。

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主食と同じくらいのカロリーをデザートで摂取したと推測されるが、お酒を飲む人も同じくらい主食以外でカロリーを摂っているのだろうから、いちいち気にする必要はない。今回紹介したメニュー以外にもたくさんのメニューがあり、思いつくものはたいていあるので、どんな気分のときに訪れても満足できる。

 

 

赤羽は、「居酒屋とか興味ないし……」「坂の上り下りは最小限にしたい……」などの理由で敬遠している人にも優しい街だった。一般的なイメージの対極の遊び方もできる赤羽の、懐の深さに感激した一日だった。

 

著者プロフィール

ココロ社

ライター。主著は『マイナス思考法講座』『忍耐力養成ドリル』『モテる小説』。ブログ「ココロ社」も運営中。
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