幹事道【第二回】
漫画『美味しんぼ』を見ていると、やたらと東京と大阪の出身者がいがみ合うシーンが出てくる。納豆がクサいだの、東京のうどんのつゆはドブみたいだの、大阪のうどんのつゆは醤油をケチってるだの、たかが食べ物でそこまで言い合うか!と思うことだらけである。
しかしながら、お客様として大阪から人を招いたら……。間違いを起こしてはいけない、ということで、大阪で生まれた女・万里子(33歳)に東京で食べたいもの、大阪の料理で好きなものについて聞き、「大阪出身者を東京で接待する際の幹事道」を一つ学んでみる。
どうもどうも、はじめまして。万里子さん。東京はどうですか?
万里子:
エラいザワザワしてんな。渋谷ゆうたら若者の街思てたけど、なんや、オッサンばっかやん。
そうなんですよ。井の頭線の出口周辺はオッサンの聖地ですよ。今日来ているこの Yだって、オッサン含有率80%ですよ。
万里子:
そういうアンタもオッサンやしな。でも、アンタ、20代の頃からこの店来てんねやろ? 昔からオッサンやったんやな、ゲラゲラゲラ。
はい、そうですね。で、そろそろ本題に入りたいのですが……。
万里子:
東京でウチらが何を食べたいか教えろってことやね?
その通りでございます。
万里子:
せやな。ドジョウとかソバは東京で食べたいねんな。でも、ドジョウをゴボウと一緒に煮て溶き卵をかけた料理は「柳川」言うんやろ? 「柳川」って福岡ちゃうかったっけ? なんで東京やのに「柳川」なん?
まぁ、東京にも「宮崎」という名前の人がいたり、大阪出身のサッカー選手にも「香川」選手がいたりするワケでして、「柳川」が東京にあってもおかしくはないのではないでしょうか。
万里子:
なんや、屁理屈ばっか言いおってからに。せやから東京の男は面倒なんや。
もんじゃ焼きはいかがですか?
万里子:
あれはあかん、あかん。大阪の人は好まん。粉もんはお好み焼きあるしな。そういや関東と関西では鰻の調理法が違うんやって?
まず、関東は背開きで関西は腹開き。最大の特徴は関東では蒸しますが、関西では蒸さないってところでしょうね。
万里子:
関東の鰻は優しい味に仕上がっとんな。ところで、冷たいソバに塩かけて食べへんの?
えっ? そんなこと聞いたことありませんよ。
万里子:
大阪ではソバの味にこだわりがある店では、粗塩で食べんねん。
ソバつながりのひょろ長い食べ物で言うたら、関西はハモやな。東京はドジョウやろ。ハモの方が上品で美味しいやん。同じようにお好み焼きの方がもんじゃ焼きよりウマいねん。
まあ、大阪でもんじゃ食べようとしたら一苦労やで。なかなか店がみつからへん。ほしたら「もんじゃなんて食べんでええ。やっぱお好み焼きが一番や!」ってなって、ますます大阪の食べ物が好きになんねん。せやけど東京に来てまでお好み焼きを食べたいとは思わへんなあ。
万里子:
あるある。一人暮らしでもたこ焼き器はあるなあ。ウチも自分で作るわ。一人暮らしが長いとどんどん作るのがウマなって、大阪人は皆たこ焼き屋になれるんちゃうか!
ホントですか! なるほど! そりゃ、くいっぱぐれませんね!
万里子:
そうそう。それで競争が激し過ぎて職安が長蛇の列や。5人に1人がたこ焼き屋経験してるらしいで。
そうなんですか!
万里子:
アンタ、ほんま冗談の通じひん男やな。そんなワケないやん!
ところで、うどんはいかがですか?
万里子:
東京のうどん、まともに食べたことないわぁ。つゆが濃すぎて苦手やねん。あと、うどんは香川の文化やから、コシに重点を置くんや。大阪も香川から近いから、その文化を受け継いでんねん。東京のふにゃふにゃうどんはイヤやな。
ビールはどうですか? よく飲む銘柄ってありますか?
万里子:
中川さん、サッポロ黒ラベルが好きなんよね? ウチも大阪で黒ラベル探してんねんけど、なかなか見つからん。酒販大手の「やまや」に行って探したんやけど、サッポロ商品は発泡酒しか置きよらんかった。大阪では、ビールはスーパードライを飲む人が多いねんな。
寿司はどうですか?
万里子:
箱にご飯と魚を入れてパコッってそれをはずして、それを握るイメージやな。押し寿司、箱寿司がメジャーやから、江戸前の寿司は高級品扱いや。
ラーメンは?
万里子:
醤油ラーメンやな。ベッキーがCMやっとった、なんやったっけ。あぁ、そうや「天下一品」やな。今のCMキャラは北乃きいや。東京にもある?
ありますよ。ただ、天下一品って本店は京都ですよね。
万里子:
大阪では、大きい街道沿いの店でトラックの運転手さんが食べてる姿をよく見るで。東京で人気やいうつけ麺は食べたことないわぁ。なんや、シャンプーハットいうお笑い芸人がつけ麺屋やってるとか聞いたことがある程度や。
あぁ、潰れちゃったみたいですけどね。だとしたら、万里子さんのような大阪の方を東京でご案内するにはどんな店がいいんですか?
万里子:
ようけ難しいこと考えんでええねん。アンタがいい思う店に連れて行ってくれればええんや。
でも、先ほどから色々と注文をつけられているような気がしまして……。大阪の方は舌が肥えているイメージもあって。
万里子:
肥えとんのはココだけや(と言いながら腹をパンパンと叩く)。心配やったら居酒屋連れて行ってくれればええねん。この店でもウチらは満足や。大阪の人間はな、何よりも「心」を大事にするんや。もてなしてくれる「心」。これを見せてくれるだけでええねん。
大阪の人をもてなす3か条
(壱)基本的には大阪の食べ物こそ至高だと思っている
だから、大阪名物に近いものの店には行かない方がいい。具体的にはもんじゃ、うどん、餃子、串カツなどが挙げられるだろう。とはいえ、大阪で普段から食べられるものを敢えて旅行中にも食べたいとは思わない。
(弐)まったく別物を食べてもらおう
万里子さんの証言から、江戸前の寿司は大阪の人にとってはそれ程馴染みがないようだ。しかも「高級品」だと言っているわけだから、寿司は良いかもしれない。また、エスニック料理やイタリアンなど、日本中で食べられるものの、「とにかくおいしい」と評判の店を選ぶのも手だゾ!
(参)何よりも「心」を大切に
大阪の人だから高い店、グルメが好みそうな店にしなくては――と考える必要はない。自分が好きな店を自信を持ってオススメしよう。
著者・SPECIAL THANKS
中川淳一郎(なかがわ じゅんいちろう)
ライター、編集者、PRプランナー 1973年生まれ。東京都立川市出身。 一橋大学商学部卒業後、博報堂CC局で企業のPR業務を担当。2001年に退社し、しばらく無職となったあとフリーライターになり、その後『テレビブロス』のフリー編集者に。企業のPR活動、ライター、雑誌編集などを経て『NEWSポストセブン』など様々な、ネットニュースサイトの編集者となる。主な著書に、『ウェブはバカと暇人のもの』(光文社新書)、『ネットのバカ』(新潮新書)、『夢、死ね!』(星海社新書)、『縁の切り方』(小学館新書)など。割と頻繁に物議を醸す、無遠慮で本質を突いた物言いに定評がある。ビール党で、水以上の頻度でサッポロ黒ラベルを飲む。