ついに42歳になってしまったフリーライターの私ではあるが、いつまで経っても自分がガキに思えて仕方がない。
これまで散々飲んできたものの、結局は社員の皆様に幹事等を任せ、自分は「飲みまーす!」みたいな「バカ要員」でいただけだからだ。
果たして正しいマナーは身についているのだろうか、人様をおもてなしする際の礼節は尽くせているのだろうか……。
そういったことをオッサン歴10年を越えた今考えるにつけ、一旦恥をしのび、この道の有段者にキチンと「宴会作法」「もてなし作法」を教えてもらうことが必要だと猛省。
師匠に時間を作ってもらうことを決意した。
だとすれば、相手はこの人しかいない。
マガジンハウス・BRUTUS編集長、西田善太さんだ!
「お取り寄せ特集」で、各界の「違いが分かる人々」から多数の逸品紹介をしてもらったり、「巨人軍特集」では、読売系ではないにもかかわらず読売巨人軍に全面協力してもらい、さらには「三谷幸喜特集」では、あの三谷氏がノリノリで登場し、様々な企画に協力してくれた。
「井上雄彦特集」は総計40万部の大ヒット!
特集「松本隆」で40代以上のポップファンを鷲掴みにしたと思ったら、ビザールプランツの特集「珍奇植物」で男女世代問わない攻め方をする。そこに至るには当然破天荒な企画力は求められるものの、「配慮」「正しいマナー」「説得力」「熱意」といった常識人としての振る舞いも求められるのは間違いない。
そんな西田さんに、「マナーを教えてください」と大変恐縮ながら指導をお願いすることにした。その会開催にあたっては、私と同様に「果たして私にマナーはあるのでしょうか……」と悩む2人の若者も参加することにし、お誘いの仕方から含め、学習することを決意。西田さんにお越しいただくからには、楽しい会にしなくてはならない、お前らちゃんとやろうぜ! とばかりに我々下っ端3人は裏で「頑張るぞ、おー!」と準備を開始したのである。
悩む若者2人とは、ライターのイケダオソト(28)とPR会社勤務の山内遥(29)である。
山内を調整役とし、西田さんとの事前のやり取りをメールでやることにした。
まずは山内から西田さんに宛てたメールである。
メールの「件名」は中身の予想がつくものに
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【件名】(会社名 ※注)の山内と申します。
※注:ここには山内の実際の勤務先名が書いてあった
株式会社 マガジンハウス
BRUTUS編集長 西田善太 様
直接のご挨拶もないまま、突然のご連絡大変失礼いたします。
私、PR業を行っております、(会社名)の山内と申します。
いつも貴誌を楽しく拝読させていただいております。
先日のホテル特集でも、1つ1つのお宿が美しく、ワクワクしながらページをめくりました。
本日ご連絡させていただいたのは、ご存じかとは思いますが、
中川淳一郎さんが連載されている「ぐるなび」の「幹事の味方」にてまだ仮の状態ではございますが、 「日本一作法に厳しい編集長BRUTUS西田善太氏と若手ライターや若手PRマンが会食したらどうなるか」をテーマに、 PRを初めてまだ日が浅い私とライターの方2名とお食事をご一緒させていただければと思っております。会食の場での作法や粋なはからいについてビシバシご教示いただければと思っております。
日程でございますが、恐れ入ります、来週9月1日(火)以降でご都合の良い日程を教えていただければと思います。2、3候補日を頂けますと幸いです。 このメールに返信くださいますよう、お願いいたします。
お忙しいところ恐縮ですが、何卒よろしくお願いいたします。
しばらくグズグズとしたお天気が続くようです、お身体ご自愛ください。
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山内さん、こんばんわ。
メール拝受。話は聞いております。
BRUTUS”ご愛読”ありがとうございます。
タイトルでどっかのPRメールだと思って、捨てちゃいそうになったよ!
まず、この飲み会のネーミングを決めてください。
仮に「バカと暇人会食」としたら、その後、タイトルに【バカ暇】とか書いてやりとりしましょう。
そしたら捨てないから。
僕は決して作法に厳しくないので、そこの誤解は解いておいてくださいね(笑)。
都合のよい日
9月2日(水)
9月7日(月)
9月16日(水)
そんな感じです。
この飲み会には中川くんは来ないの?
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ここで大事なのは「件名」である。
通常、雑誌の編集長に対してはPR会社(企業の商品やサービスをメディアに載せるべく活動する会社)からのメールが殺到するものである。多い時には1日20通を超える。
よって、「(会社名)の山内と申します。」という件名であれば、「会ったことない人からだ。またPR会社からの売り込みかぁ…」となって読まれずに埋没されてしまうということだ。西田さんには私から事前に「ぐるなびで中川と若者2人がマナーを教えてもらう企画をお願いしたい」旨は伝えていたため、そのことが想起できるようにしなくてはいけなかったのである。
そして、身内ながら山内をホメておきたいのはキチンとその時のBRUTUS最新号「ホテル特集」について言及していることである。これから会う人について好奇心を持っていること、仕事への理解をしようとしていることを伝えているのは重要だ。
以後、メールのやり取りの件名は
“【バカ暇】ぐるなび 会食についてのご連絡でございます。”
となったのであった。
さて、会食の実施は9月16日(水)となった。
山内が全員に会食の場所を伝えたのは9月15日(火)。
場所は東京・新橋の羊肉店である。
山内からのメールは以下の通り。
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西田様
お世話になっております。
(会社名)の山内です。
遅くなってしまい大変申し訳ございません。
明日のお店の件でご連絡いたしました。
喧噪な市街ですが、少し変わった新橋の以下のお店にいたしました。
BAO エスニックチャイニーズ 羊肉 (03-xxxx-xxxx)
19時半より“山内”にて予約しております。
当日、何かございましたら以下よりご連絡いただけますと幸いです。
山内携帯:xxx-xxxx-xxxx
明日、楽しみにしております。
何卒、よろしくお願いいたします。
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さぁ、場所は決まった。私は19:20に店の前に登場。すると山内嬢が雨の中、店の前に立っており、駅の方からオソトが歩いてくる。
中川:
なんで立っているの?
山内:
お店の場所が分かりづらいので、西田さんが迷うかなぁ、と思って。
オソト:
中川さん!こんばんは!
中川:
つーか、なんでオソトも外にいるんだよ?
オソト:
いや、店の前で山内さんが立っていて、僕が駅の方にいれば西田さんも迷わないと思いまして……。
中川:
いや、いくらマナーを教えてもらう、西田さんを歓待するといっても、それはやり過ぎだよ。しかも雨が降ってるし、仕事が立て込んで遅れるかもしれないから西田さんを恐縮させてしまう。取り敢えず中に入って待っておこうよ。
というわけで、個室に到着!
山内によるとBAO(この店のことね)は、元々行きつけの中国料理店があり、そこのシェフが新たに開業した店なのだという。今やなかなか予約が取れない人気店になっており、個室を数日前に取ろうとしたもののムリだったが、後日改めて電話したところキャンセルが出たとのことだ。
というわけで我々は19:22には全員着席。19:30の西田さん到着を待つことにした。
しかし、19:35、西田さんは到着しない。
編集長なだけに色々忙しいし、こちらからお願いしている立場だ。
ここで一つの悩みが登場した。
主賓が来るまではドリンク類は頼まない方がスマート
――主賓が来ない間、酒は先に飲んでおいて良いのだろうか?
恐縮しながら西田さんを待つ山内
事前にマガジンハウスから発刊された「クロワッサン別冊 今さら人に聞けないおとなのマナー」で勉強してきたオソト
中川:
おい、オソト、もうビール頼んじゃおうぜ。5分待ったからさ。
ビールを早く飲みたくて「EMERGENCY BEER」Tシャツを見せる中川
オソト:
いやぁ、中川さん、そりゃマズいでしょうよ! せめて10分は待ちましょうよ!
中川:
まぁ、そうだな。そのくらいは待たなくちゃ大人じゃねぇよな。
この待ち姿勢はゴーマン過ぎ
この待ち姿勢は恐縮し過ぎ、やり過ぎ
西田善太編集長が到着
すると19:37、西田さんから山内の携帯に「今から東銀座の会社を出てタクシーに乗るので45分頃着く」という電話が来た。
そこで我々は襟を正し、ビール注文は我慢をしてじっくりと待つことにしたのである。そして「遅れてごめんね」の声とともに西田さんが登場。
主賓より前に飲まなかったことについては「それでいいと思うよ」とのことだ。気心の知れた主賓ならばさておき、初対面の者が2人いる状況では、主賓の到着を待ってから注文する方がスマートとのこと。
とりあえずはカンパーイ!
乾杯終了後、すぐに西田さんから山内のメールについてダメ出しが出た。
西田:
今日はダメ出しをするように頼まれてるからうるさくいうよ(笑)。
メールのやり取り、途中までは良かったんだけど、お店がどこになるのかの連絡が前日になったのはダメだね。だってさ、相手が約束の前にどこで仕事してるかって分からないものでしょ?
今回は編集部のある東銀座から近い新橋にしてくれたから、こうして遅れたとはいえ、すぐに来られたけど、もしかしたら取材が新宿であったりしたら遠くなるじゃない。
日程は2週間以上前に決まっていたんだから、会の当日の予定を柔軟にし、定刻に着けるようにするためにも、1週間前ぐらいには教えてもらいたいな。
山内さん、これについては4億ポイントマイナスです。ホント、合コンじゃないんだよ。罰として、琵琶湖の水飲み放題です。
山内:
はい、一生かけて全部飲みます……。
中川:
コラ! 近畿地方の人が困るから全部飲んじゃダメだ!
オソト:
僕の故郷・金沢の水もおいしいですよ!
中川:
うっせー! オレの実家がある東京・立川なんて井戸水だぞ!
ただし、あくまでもオレの住んでいるエリアだけなのだ、ガハハハ! 井戸水なので夏は冷たくてウマいんだぞ!
西田:
まぁまぁ、水の話はさておき、もう一つ重要なのがメールの回数は少ない方がいいってことだね。あれ、ちょっとちょっと中川君、まずはさ、キミからこのお二人がどんな人か教えてよ。それが先でしょ?
中川:
失礼しました!
メールでCCに入れていたのでついつい紹介を怠ってしまいました。
――ここで名刺交換タイムへ。向かい合う席からオソトと山内がグルリと回って西田さんの側へ来ようとしたところ「いいからいいから」と制止され、座ったまま対面で名刺交換をする。「無駄な儀礼はいらないよ。名刺交換だってこうやった方がラクでしょ」(西田さん)とのことだ。
西田:
で、中川君、今日の趣旨説明をもう一回してもらえないかな。
中川:
はい。今日はですねぇ、我々3人のあまりマナーに詳しくない者が、宴会の作法を西田さんから学ぶ会です。
西田:
ちょっと待った、待った。
中川:
はい。どうしましたか?
西田:
「宴会」という言い方はどうかと思うんだ。「会食」と呼べ!
たとえばね、職場とかで打ち合わせの日程を決めるとするよね。その時に「その日は宴会があるのでダメです」と言うと、上司だったら「宴会だと? 何言ってるんだ、タコ、ナニコラ、タココラ!」なんて長州力みたいに言いたくなるんじゃないかな。部下にしても「オレら忙しいのに西田さんは遊んでいるのか……」と思ってしまう。だから、こういう時は「その日は会食があるのでダメです」と言おう。
これだと実は遊びでも仕事っぽく聞こえ、何やら重要な仕事に繋がる案件のようだと解釈してもらえるんだよ。
常日頃から「宴会」ではなく、「会食」という言葉を使いましょう。
それは、二人きりで飲んでも、「今日は会食だから」と言うってことだよ。とまぁ、いきなり中川君にダメ出しをしたけど、この人のいいところもあるんだよ。
オソト:
えっ! それってなんですか! 中川さんにいいところなんてあったんですか! 僕、知りませんでした!
西田:
通常さ、飲み会の約束っていい加減なものが多いじゃない。「いやぁ、今度飲みましょうよ!」「いいですね、今度楽しみですね!」なんて言いつつその「今度」は来ることがない。でも、中川君はこういった話をしたらすぐに空いている日を伝えるメールが届くんだよね。
「西田さん、私は12日~16日、19日、21日、24日があいています!」とね。
こうやって単なる口約束にしない姿勢だと信用されるよ。
ドヤ顔を決める中川
西田:
オレもさ、多少心がけていることってのがあってね「口約束リスト」ってのを作っているんだよ。「今度飲みましょう」「10月あたりになったら飲みましょう」みたいなことを言った人をリストにしておくんだよね。でもね、こういったあやふやな約束をしておくと、お互い連絡しないまま一生会わなくもなるんですよ。それを防ぐためにも書いているんだ。仕事をしていると苦労をかけたり、借りを作ったりするものだよね。そういった時に「メシおごってくださいよ!」みたいに言われ「今度ぜひ一緒に」と口約束で答えるじゃない。
でも、本当に相手を慰労しなくてはいけないこともある。某クライアントが異動したり転職したりする時に、その人の人となりを知らなかったりしたら、やっぱり辞める前のタイミングでこそ一緒に食事しなくちゃというマナーもあるんですよ。
その人はもう自分達にとってはクライアントではなくなるかもしれないし、もうお金をくれなくなるかもしれないけど、そういう方こそ慰労しなくては、というのが先輩から教えられてきた僕らのマナーとして存在するんですよね。
メニュー紹介
――ここからマナーについてはますます盛り上がりを見せるのだが、その前に、BAOの食事をご紹介しよう! どれも絶品だぞ!
羊の塩ゆで骨付き
辛いサラダ(羊の塩ゆでと一緒に食べるとグー!)
羊の包子
羊のモツ煮込み
羊のクミン炒め
会食のマナー
中川:
西田さん、さっき「メールの回数は少ない方がいい」とおっしゃいましたが、その意図は何ですか?
西田:
今回の山内さん的なやり取りだったら1回で全部決まった方がいいよね。電話をすれば、予定って1回で決まるんですよ。「いつ空いてますか?」「2、7、16が大丈夫です。その中でも16が一番早く行けます」「当方も全部空いていますので、是非ともお時間長くいただきたいので16にしてください」――電話だったらこれ一発でしょ?
日程の約束をメールにすることによって面倒くさくなったんだよね。
メールだと複数の日付をかいておかなくてはいけないのよ。スケジュールを全部見て、かなり先まで空いている日を見つけ、それを書いていく。とある特定の日をズバリと言い、「16日はいかがですか?」と言うやりかたが通用しなくなったんだ。
あとは、こちらで「2日、7日、16日はいかがですか?」とメールで言った以上、返事が来るまではその日程を空けておかなくてはいけなくなるんです。ましてや、複数でCCつけてやり取りしていて、一人でも返事の遅い人がいたら、この「空けておかなくてはいけない期間」がますます伸びてしまう。これからの宴会、いや、会食は日付を決めるまでを短くしましょう、ということを僕は言いたいですね。
山内:
たいへん失礼しました。
西田:
いやいや、あくまでも原則論だし、今はメールってのが当たり前の流れになっていますので、面倒だなと思いつつもしょうがないところはあるでしょう。
中川:
他の会食のマナーってありますか?
西田:
クライアントとの会食とかも含めて、アレルギーを聞くのはマナーだよね。おいしいソバ屋にお連れしたのですが、軽いソバアレルギーの人がいて、翌日「寝てる間に死にそうになった」とメールが来て「だったら言って下さいよ!」と思いつつも、「その場の雰囲気に押されて…」と返されて大反省。絶対に聞くのがマナーなんですよ。
あと、店を選ぶ時にいちばん大事なのはエリアだね。お客さんが帰りやすいエリアってのがいいんじゃないかな。
だから「お住まいはどちらですか?」とオレは聞くようにしているよ。その人の会社の近くがいいという考え方もあるけど、会社の近くだと気が晴れないかもしれないし、その店は過去に行ったことあるかもしれない。相手が行ったことがない店を選ぶことも重要だよね。
キーワードは「せっかくだから」です。せっかくだから良い店、面白い店を選んだ方がいいでしょう。
中川:
今日のBAOは羊肉もウマいし、個室も落ち着くしオレ、けっこう気に入りましたよ。
山内:
アーッ!(箸を落とす)
オソト:
アッー!
西田:
(すかさず)すいませーん、お箸を一善くださーい!(と店員に言う)。
さて、店を決めるにしても、自分のテリトリーで対応できる場合もあるし、面白い店を教えてくれる友達を持っておき、その人に聞くこともアリでしょう。手駒はたくさん持っておいた方がいい。そして、誘う時はジャンルで聞いたり、「何系がお好きですか?」といった感じで聞くのが良いでしょう。
あとはお酒が飲めるか飲めないかも事前に把握しておいた方がいいね。ただし、重要なのはとにかくエリア。相手が行きやすい場所で、帰りやすい場所だね。いまどき、タクシーで帰れるわけじゃないでしょ? 電車で帰るわけだから、エリアってのは極めて重要だよ。たとえば北千住とかに住んでいる人がいたとして、その日はタクシーで帰っても良い状況だったとしても、さすがに三宿で飲むのは辛いですよ。帰るのに1時間以上かかるから。
だったらどうするか。一つの解決策としては「必ず中間点を選ぶ」ということですね。実際そういう人がいるのですが、その人が会食を開く時は必ず相手と自分の家の中間点を、お互い平等になるように選ぶんですよ。そうすると皆が楽になるよ。
オソト:
勉強になります!
山内:
あー、会社の近くにしとけばいいとだけ思ってました。
中川:
西田さんはねぇ、こうやって常識人ではあるけどさ、案外下ネタもいけるんですよね?
西田:
いや、キミほどじゃないよ。
中川:
おい、若者! オソトと山内さん! キミ達は「もっこり」の語源を知ってるかね?
オソト:
何を唐突に言ってるのですか! そりゃ漫画『CITY HUNTER』でしょ?
山内:
常識ですよ!
中川:
ちがーう! 『シェイプアップ乱』こそ「もっこり」という言葉を作り出した漫画なんだよ。
オソト&山内:
うっそー!
西田:
いや、それは本当だよ。確かに『シェイプアップ乱』だったよね。あれ、でも中川君も『シェイプアップ乱』なんて読んでいたの? 確か、あれはオレが大学生になるぐらいの時の漫画だったよね。
中川:
1984年ぐらい、オレが11歳とかの時に読んでいましたよ! いやぁ、よく覚えているのが「岡本ダロー」という天才インチキ芸術家がいて、そいつが「黙考」というテーマで作品を作ったのですが、なぜかアソコが屹立している像を作り、意図を聞かれて「もっこうり」とか言い、美術界を追放された、という話があります。
西田:
あったあった(笑)。
中川:
どや! 西田さんは「もっこうり」も理解しているんだぞ!
山内:
キャー素敵!
西田:
あのさ、中川君、そういう方向に持って行かないでくれる?
まぁ、面白いんだけどさ。で、オレはネットのスケジュール調整サイトみたいなのを使うのは反対だね。日程を決めるのであれば、ズバリこの日!
と言った方がいい。みんなの都合を聞いていたら、本当に決まりづらい。5人いて、4人が「○」をつけたとしても、5人目が「☓」をつけたりしたら「じゃあ候補日増やしますか…」となり、また決まりにくくなる。だとしたらその場の最重要人物に合わせてもらうとか、あとは最後の方は電話でやれよ、と思うね。
そういった意味で、山内さんは事前にオレに一回電話すべきだった。声を聞いて、会話すべきだと思う。オレ達は今日が初対面なわけで、メールをし合うのもいいけど、電話ってすごい情報なんだよ。
どんな声の人かが分かるだけで、人となりなど、色々なことがわかる。もちろん、記録に残らないというデメリットはあるけど、電話の方がやっぱり色々なことはサッサと決まる。僕が担当している建築家の安藤忠雄さんは何かあると必ず電話をしてくれるんだよね。或いは手紙のやり取りしかしない。
それは実は合理的、感情が伝わるんだよ。本当にもてなしたい人であれば、会いにいくという手もあるよね。手土産持って、一度だけご挨拶に行く、とか。たとえば「来週の火曜日15時」とか決めると、相手もその時間動けなくなるけど、直前に電話をして、「今日ご挨拶に行っちゃダメですか?」とやる。
「会議が15時からあるからその10分前とかどう?」みたいになればしめたもの。そこに手土産を持って挨拶をする。そうしておくと、会食までがお互い楽しみになるだろうし、当日も最初の緊張感とかが薄れていくんだよね。
オソト:
なるほどですね! 僕も電話します! お土産持って行きます! 金沢名物のゴーゴーカレーのレトルトとか持って行きます!
西田:
今日だって山内さんと初めて喋ったのは「遅れます」という電話をオレがした、まさに会食の直前じゃん。今日は淳ちゃん(中川)がいるから、メールだけでこれまでのやり取りは良かったけど、中川がいない会ではメールだけ、というのはないな。
山内:
ついつい便利なのでメールを使ってしまうのと、あと相手にとってもメールの方がラクなのかな、と思ってしまうんですよね。
オソト:
余計な躊躇をせず、さっさと決め事は決めてしまえ、ということですね?
西田:
そうそう。それでいいんだよ。じゃあ、無事会食の日付が決まりました。
となれば、次はすべては店の選び方が重要になってきます。相手はタバコを吸うのか嫌いなのかを把握したり、とにかく相手がくつろげるように、皆が楽しめるようにしたいものです。
どんなに親しい仲であっても、「特別な会だな。楽しかったな」と思ってもらえるよう、お店の選び方には留意したいね。
もしも行ったことない店を選ぶのであれば、事前に一度行っておいて店と懇意になっておくのもいい。そうすると、ちょっとした融通がきくんだよね。それこそ人数が突然増えても対応してもらえたり、特別な料理を出してもらえるとかそういったことをしてもらえるかもしれない。 あとはお店の雰囲気と、店員の態度がどうかってのは気を遣わないといけないよね。以前、初めて行ったとあるお店で、客が料理の写真を撮っていたんだ。そうしたら、女将が「申し訳ありませんが、ウチは写真をお断りしています」と言ったんだ。そこまでは店のポリシーだから、まぁ、良しとしよう。
本当は事前に言っておいたり、注意書きをどこかに入れておくべきだけどね。
客は「あぁ、そうですか、失礼しました」とやったのに、なぜかそこに男の板前がやってきて「どういうことだよ! 写真撮りやがって、撮っていいか尋ねるのが常識だろ!」なんて言い出した。こりゃないよね。雰囲気悪過ぎ。だからこそ、本当は自分が行っている慣れ親しんだ店を選んだ方がいいんだよ。
中川:
店選びの基準は分かったのですが、それをいかに伝えるか?
って点についてはどうですか?
西田:
グルメサイトのURLだけで連絡するのは絶対にダメ。というのも、スクロールしないと住所がなかなか出てこないんだよね。必ず店の名前、住所、電話番号をメール本文に入れておいてほしい。さらに詳しい情報はグルメサイトでどうぞ、って感じでリンクを入れて欲しい。オレはグーグルマップを使っているんだけど、やっぱり住所がメール本文にあればすぐコピペして、グーグルマップに入れられる。そういったことも考えた方がいいよね。わざわざリンクへ飛び、宣伝を見て、ようやく地図に辿りつけるってのは急ぐ時とかは煩わしいものだよ。
あとさ、最近嶋(浩一郎氏=博報堂ケトルCEO)が言っていたのが、「『この店は口コミサイトで3.8なんです!』とかドヤ顔で言う若者が増えている」ということなんだよね。彼は「口コミサイトでは2.5だけど、オレにとっては5点です! 10点です! という店を案内してほしい」と言っていたけど、その通りだよね。
中川:
口コミサイトに10点はありません!
西田:
そりゃそうだね、ガハハハハ。でもね、こうした口コミサイトの点数ってのは、あくまでも「みんなが気にしていること」なんだよ。みんなが言ってることは案外正しいけど、オレは「お前」の評価を知りたいんだよね。
会食中、携帯電話・スマホは極力見ないように
――ここで、何かの調べものをすることになり、オソトがスマホを取りに個室の壁際にあるハンガーの方へ歩いて行く。
西田:
オソト! お前はエラい!
オソト:
エッ? 何がですか?
西田:
会食で携帯を遠くに置くのは良ポイントだよ! プラス4000万ポイントだ! 5000万ポイントで小皿と交換してあげる。人が大勢いるのに、チラチラチラチラ携帯ばかり見ている人ってのが必ずいるんだよね。携帯いじってても声は聞こえてるから、当人は参加してるつもりなんだけど、周りから見るとそんなにつまらないのか? って思わせる。その点キミはこの場に集中しようとしている。エライ! だってね、初対面で会ったばかりで携帯ばかり見てるとゲンナリしない? あとはトイレから戻ってきた時に携帯を見てるのもちょっと残念。だからオソト、キミが携帯をこの席で排除しようとしたのは良ポイントだよ!
オソト:
あざーっす!
西田:
あざーっす! ってなんだよ。さっきの話に戻るけど、みんなが決めたものってのは面白くないんだよ。若者は相対的に生きているし、インフラがそうなっちゃったら仕方ない面もあるけどね。ところで『ブレイキング・バッド』っていうドラマ観た?
3人:
(一斉に首を横に振る)
西田:
全米で21世紀で最も視聴率を稼いだドラマなんだ。
それこそ視聴率は三十何パーセント。まさにキラーコンテンツ。それをオレが会食の席で心を込めて説明するわけですよ。オレは説明は案外うまいし、作品の魅力はちゃんと伝えているんだけど100人に説明しても5人しか観ないものです。
みんな時間がない。時間がないからそんなドラマなんて関係ない、と決めているんだよね。一本の素晴らしい映画を見つけるために100本観てもいいのに、口コミと★の数だけを気にしている人は「みんなが観てるから観る」という判断をしてしまう。
西武百貨店の「会う、贅沢。」とかのコピーを書いた岩崎俊一さんの傑作コピーに「贈るものには汗をかけ」というのがあります。プレゼントするってのは、「お金を払ってあなたにあげるからいいでしょ」じゃないんだよね。
あなたが喜ぶものをどれだけ汗をかくかが重要だ、ってことを岩崎さんは言っていたんだ。だからこそ、会食の場所や会の設定についても見えないところで汗をかく。「あの人はここまで考えてくれたのか…」と思えるのがおもてなしですよね。「贈るものには汗をかけ」という見えない努力はやがて相手に響くものだよ。
オソト:
山内さんは店選びにあたって、どんな「汗」をかいたのですか?
山内:
西田さんに関連したSNSをくまなくチェックしたりして、「幅広く色々召し上がられてたな」とか思い、色々悩んでいました。
中川:
途中オレの方から西田さんの好みとかを伝えたのですが、これってどうなんですか?
西田:
いや、それが正しいんだよ。SNSを見るぐらいだったら、中川に聞け、と思うよ。だって、SNSに書くことって楽しそうに見えることしか書いていないワケでしょ? 本当のことはよく分からないわけなのよ。SNSに頼るんじゃなくて、「詳しそうなヤツに聞く」というのも一つの手だね。
酒は無理して飲むな
――ここでオソトが追加のハイボールを頼み、飲もうとする。
西田:
キミはそんなに酒は強くないんだろ?
オソト:
はい。
西田:
だったらそんなに飲まないでいいよ。
オソト:
でも、西田さんと中川さんがガンガン飲んでいらっしゃるのでそれに追いつかなくては、と思いまして。
西田:
そんなことはしないでいい。お酒は自分に合った形で頼めばいい。ソフトドリンクが飲みたかったらそれでいいんだよ。無理して飲んじゃダメだよ。
オソトのハイボールに蓋をする西田さん
会食でもてなすポイント
中川:
会食でもてなすポイントってどこにありますか?
西田:
多くの人が間違いがちなのが「オレって面白い」「私って面白い」ことを伝えたがるってことだね。あとは「笑わせたな」「面白がらせたな」「言いたいこと話せたな」ということを重視する。
でもね、そうじゃないんだよ。むしろ「私がどれだけあなたに興味あるか」を伝えるべきで、自分の面白さを伝えるのではなく、相手の面白さを伝えるもの。自分の自己主張をする場ではないんだ。
あくまでも「あなたに興味あります」ということが大事。大袈裟に言うと「あなたの伝記を出版します」という前のめりなインタビューのつもりで話しをしましょう、ってこと。相手に対して興味を示しています、というのを示さなくてはいけないのです。
自分の話だけされて会食が終わったらがっかりですよね。ものすごいキラーコンテンツを持っていればさておき、そんなことは滅多にない。下調べはそこまでいらないけど、「なんでこの仕事をしたのですか?」とかを相手にしゃべらせる。そうすると、相手は自分を好きになってくれます。
編集者はそれをいつもやってるんだよね。編集者は下調べはすごくしているけど、知らないふりをしている。 要するに、会食がなんとなくシラーっとしないためには質問攻めしかないんだよ。畳みかけるように「これってどういうことですか!」と就職のOB訪問で相手に質問攻めにしている感覚でやるべきだね。相手の話を聞き出し、相手を理解するというミッションを達成しなさい。そのための会なんだ。相手が年上であろうが年下であれ、どれだけ才能があろうが、「あなたを根掘り葉掘り知りたい」とやれば、気が付くとその人はあなたの胸の上で小鳥のように寝ているのです…これ、倉本聰の脚本にあった一節です、どうでもいいけど…。
とにかく相手に興味がある、というのを過度に見せるのが重要です。質問攻めにしたしたうえで初めてあなた自身の自己紹介になるんじゃないの?
あなたのことを知りたいから、あなたのことが好きだから会っている、ということを知ってもらう。 自分が好きなもの、関心あるものを話すだけで受け入れられると思ってはダメ。たとえば、オレはBRUTUSという雑誌をやっている、と言うわけですよ。すると「今月号は面白かった」と言われても、傷つくんですよね。
オソト:
なんでですか?
西田:
BRUTUSって隔週誌だからだよ。「今月号ってなんだよ」ってなる…すごく小さいけど(笑)。自分語りになると、こういった話になってしまい傷ついたりもするので、「だったら相手に興味を持て」「相手にいかにすきになるかを重視しろ」ということをオレは心がけている。おもてなし、会食というのはそういうものだよ。結局、相手に吐露させるというのが一番の勝利だね。
――ここから、オソト・山内が西田さんの「尊敬する人」「夢」など約1時間にわたって質問攻めに。それはここでは一旦置いておきます。それでは締めへ行きましょう!
会計がなかったかのように終わる
西田:
まぁ、色々オレも今日は会食について語ってきたけど、とにかく店を前日に決めるのはダメ。店選びで迷うことはあるとは思うけど、オレだってどこにいるかは分からないじゃない。今回は中川仕切りだからOKだけど、普通はそんな「前日」なんてありえないからね。
中川:
会食の後のアフターケアってのはどうすべきですか?
西田:
オレも中川と同じで博報堂出身なんだけど、先輩におごってもらったら、朝イチでどう伝言を残すかってのに勝負賭けていたところあるよね。僕は新入社員研修で、「博報堂は良くも悪くも優等生」というのを教わって、びっくりした…自分で言うか…と。電通みたいに、エグいこともやりながら、仕事を取るというタフさはないけど、優等生としての振る舞いは教えてくれる。たとえば、「おごってもらったら翌日9時半の定時に『ごちそうさま』と言え」とかね。
今はメールもあるし、簡単に言えるじゃない?
でも、今は連絡がないことが多い。何日もメールが来ないとだめだよね。オレは24時間以内に、ちゃんとブルータス西田、と書いてメールをするよ。
中川:
会計ってどうするのですか?
西田:
わからないのがいいよね。すごいのは、たとえば、こっちはおごろうとしてるわけですよ。会食の時、「そろそろ次に行きますか」となる時に会計をしようとするとたとえば電通の若いヤツは「あ、もう終わってます」というのがすごい。本当に気がつかないうちにやっている。今回の会計も目の前で「ぐるなび」で領収書をもらったら興ざめ(注)。なんとなく終わって会計がなかったかのように非現実的に終わるのがいい。
(注)実際はぐるなびで領収書は切ってません。全部中川が原稿料から出しています(笑)
そしてさ、こうして会計が終わった時に「これどうぞ」なんて言われて銀座「若松」のあんみつを渡されたりするの。会食というのは、お互いがうっとりというのがいいよね。
――こうして山内は後日、マガジンハウスに手土産を持って西田さんに挨拶に行ったのであった。
その壱:
メールの「件名」は中身の予想がつくものに
その弐:
「宴会」という言葉はお遊びっぽく聞こえるのでNG。「会食」と言おう
その参:
面識がない場合、誘った側から一度ぐらいは電話をしよう
その四:
店に関する情報はURLだけではダメ。住所や電話番号も貼り付けておこう
その伍:
主賓が来るまではドリンク類は頼まない方がスマート
その六:
会食中、携帯電話・スマホは極力見ないようにする
その七:
店を選ぶのであればキーワードは「せっかくだから」
その八:
店選びでもっとも大切なのは「場所」。これが一番
その九:
とにかく主賓を質問攻めにする
その十:
少なくとも1週間前までには店を確定させること
その十一:
酒は無理して飲むな
著者・SPECIAL THANKS
中川淳一郎(なかがわ じゅんいちろう
ライター、編集者、PRプランナー 1973年生まれ。東京都立川市出身。 一橋大学商学部卒業後、博報堂CC局で企業のPR業務を担当。2001年に退社し、しばらく無職となったあとフリーライターになり、その後『テレビブロス』のフリー編集者に。企業のPR活動、ライター、雑誌編集などを経て『NEWSポストセブン』など様々な、ネットニュースサイトの編集者となる。主な著書に、『ウェブはバカと暇人のもの』(光文社新書)、『ネットのバカ』(新潮新書)、『夢、死ね!』(星海社新書)、『縁の切り方』(小学館新書)など。割と頻繁に物議を醸す、無遠慮で本質を突いた物言いに定評がある。ビール党で、水以上の頻度でサッポロ黒ラベルを飲む。