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名作の文引
○● 名作に見る竹葉の鰻 ●○
■ 夏目漱石『吾輩は猫である』
ある日、迷亭が、静岡に住む伯父をともなって
苦沙弥先生のところへ遊びに来た。
赤十字の総会に出席するというので、フロックコートの正装で、
上野まで出てきたのである。
迷亭がいくら玄関で声をかけても返事がないので
勝手に上がりこんでしまった。
「ところが閑中自ずから忙ありでね」
「そう、粗忽だから修行をせんといかないというのよ、忙中自ずから
閑ありというのは聞いた事がない。なあ苦沙弥さん」
「ええ、どうも聞きませんようで」
「ハハハハそうなっちゃあ敵わない。時に伯父さんどうです。
久しぶりで東京の鰻でも食っちゃあ。竹葉でも奢りましょう。
これから電車で行くとすぐです」
■ 斉藤茂吉 歌に詠み込まれている。
戦時中 竹葉亭にて一首
「高ひかる聖の御代にためらはず 鰻をめでて心いさまむ」
竹葉亭目指して一首
「けふ一日ことを励みてこころよく 鰻くはむと銀座にぞ来し」
ついには
「鰻食べ茂吉の詩魂学ぶべし」なる句まで残されている
■ 永井荷風「断腸亭日記」
昭和15年6月7日。 陰。銀座に行きて見るに尾張町角の竹葉亭
早仕舞ひ、長寿庵休み・・・
昭和15年9月18日。 宴明に至り風雨烈しく終日歌まず。
日暮に及んで暗雲四散し露気冷なる月夜となれり。
銀座独歩、竹葉亭に飯す。
昭和16年1月15日。晴。晩間銀座竹葉亭に飯す。米不足なりとて
芋をまぜたる飯をどんぶりに盛りて出す。
寄宿舎の食堂の如し。
■ 鏑木清方の「橋守の娘」の添書
明治も10年代に入る頃、材木町から木挽町に向う道に橋銭の要る
ところがあって、文久年鋳造の文久銭を用いるところから
このあたりでも橋名を言はず、文久橋と呼び慣わした。
そこを流れる汐入の水は、30間堀からめぐり来て、八丁堀、
越前堀を経て海に注ぐ。画に見る橋守の家のうしろは、鰻に
名高い竹葉がある。浅蜊河岸で裏二階が影をうつす。
日本橋はいばらに保存されていた一枚のうちわ絵
浅黄色の空に白い月が上っている。あさり河岸 竹葉亭の印
竹葉亭は慶応2年浅蜊河岸に暖簾をあげ、関東大震災の
火の手で店を失った。
その誰も知る由もない店の佇まいが偲ばれるこのうちわ絵
加えて鏑木清方の「橋守の娘」の添書
これを一つの額装にしてみた。震災前の竹葉に思いを廻らせて
みるのも一興か・・・
○● 竹葉亭の歴史 ●○
■-前身は刀預り所-
「竹葉亭」は慶応2年(1866)浅蜊河岸(現・中央区新富町)に
「刀預り所」を役目とする留守居茶屋として暖簾をかけた。
浅蜊河岸には、江戸四大道場と言われた桃井春蔵(鏡心明智流)
の道場があり、稽古に通う門下生らは、「刀預り所」に刀を預け
稽古着に着替えた。
当時、武術は合戦場向けの技から心身を鍛える手段へと変貌、木刀に
代わって、竹刀が普及、防具を着けて安全に打ち合う稽古方法が
定着し、他流試合も頻繁に行われていた。
稽古を終えると風呂を使い(木挽町本店には、その名残で風呂があった)
湯上がりに酒と肴を楽しむ。
こうした光景も明治9年(1876)の廃刀令を機に姿を消す。
暖簾を継いだ二代目別府金七は、「刀預り所」を廃業、「竹葉亭」の
屋号で本格的に酒を売る商いを始め、鰻なども焼いて出した。
やがて最高の鰻屋を目指して研究を重ね、今日の竹葉亭の基礎を築いた。
屋号の「竹葉」はウナギとは関係がなく、中国で「酒」のことを
「竹葉(ササ)」と称したことから「竹葉亭」と名付けられた。
大正15年に建てられた木挽町本店の露地庭では都心の喧騒をよそに
当時京都から引いたと言われる竹林の葉が風に揺れている。
屋号「竹葉亭」にふさわしい佇まいだ。
柴田是真の筆による笹の絵は今もマッチに使われている。
二代目金七は『中興の祖』と言われる。
それは研鑽を重ねた蒲焼を懐石料理の焼物に位置づけたことで、
以来、竹葉亭は鰻の職人と日本料理の職人をそれぞれ育て、
その伝統は今日も受け継がれている。
もう一つは、その自慢の鰻の味を一人でも多くの人に味わって
もらいたいと芝居小屋に弁当を入れることを思いつき
これが評判を呼ぶ。
明治中頃から近くの新富座を皮きりに歌舞伎座、帝劇、東劇へと
販路を広げ『うなぎの竹葉亭』の名は人々に広く知られる
ところとなった。
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