- お店の情報を
※価格には消費税が含まれています。
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【昭和28年】 |
【昭和30年】 |
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モザイク壁画 No.1 |
モザイク壁画 No.2 |
モザイク壁画 No.3 |
- ≪ライオン銀座七丁目店はおかげさまで開業76年を迎えることができました≫
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- 銀座七丁目ビル
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この建物は、昭和9年、当時の大日本麦酒株式会社、本社社屋として新築され、1階・2階でビヤホールを開店しました。
建築設計者は、新橋演舞場などを設計された菅原栄蔵氏で1階の内装は、直営ビヤホールということで特に力を入れて、独特の工夫をこらし、完成時には、建築の専門家を含めて多く人々から絶大な称賛を博したものであります。壁面と柱に使用した2種類の色タイルは、当時類例を見ないものであり、カウンター回りは、ドイツから輸入した大理石が使われております。また正面と左右壁面には、わが国で初めてのガラスモザイクによる大小10面の壁画を取り付けました。 -
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- 大壁画
- 正面の大壁画は、ビール麦の収穫にギリシャ風コスチュームで働く婦人達を描いたもので、タテ2.75mヨコ5.75m250色のガラスモザイクが使われております。
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- 【昭和20年】
米軍接収当時 - 幸いに第二次大戦の戦禍を免れ戦後は、米軍に接収されて約6年間、米軍専用ビヤホールとして使用されましたが、昭和27年1月接収解除となり一般ビヤホールとして再開しました。その後、昭和38年3月2階を改装し「ラッキーセブン・コーナー」として開店しましたが、昭和47年5月閉鎖し以後は、1階ビヤホールのみで営業してまいりました。
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- 【昭和20年】
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- 厨房施設の近代化
- 昭和53年秋、サッポロビール本社が隣に社屋を新築移転したのを機会に建物全体の改装を行いましたが、1階は、生ビールの殿堂としての風格を損なうことのないように配慮し、主として厨房設備の近代化のみにとどめました。
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- 2階ビヤレストラン
- 昭和53年秋、2階は1階と対照的に木目を基調として内装を施し、落ち着いたムードのビヤレストランとして生まれ変わった。
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- ブーツグラスの“うんちく”
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2階ビヤレストランでしか味わえないブーツグラス!
【ブーツグラスとは・・・】
むか~し昔、ドイツの兵士たちが戦勝を祝うときに長靴にビールを注いで、まわし飲みをして乾杯しました。
ビールが残り少なくなると、つま先にたまった空気のいたずらでビールが顔に跳ね返ることがあります。そのビールを浴びた人は「ラッキーな人」として賛美されたそうです。
【飲み方】
・つま先を手前にして飲みます。
・量が少なくなってきたら、つま先を横に向けてお飲みください。
・つま先を上に向けて飲むとつま先に空気が入り、ビールが顔に「ガポッ」とかかってしまします。ご注意ください。 -
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- ≪ライオン銀座七丁目店物語≫
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- 今も昔も変わらぬ・・・
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お帰りになる老夫婦の奥様が涙を流しながら「今日は本当にありがとうございます。今晩60年ぶりに父に会えました」と話しかけられました。良く話をお伺いしてみると、昭和17年に南方へ出征する最後の晩にあそこのテーブルで、お父様は大ジョッキ、奥様はリボンオレンジを召し上がったそうです。
「それが最期でした。遺骨は無く、ガダルカナルの砂だけが帰ってきました。ずっとこのビヤホールの思い出を胸に生きてきました。今日は勇気を出して主人にここへ連れてきてもらいました。そうしたら60年前と何も変わらない壁画風景雰囲気に感動して、まさにあの時の父に会えました。本当にありがとうございました」と。 -
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- 親から子へと受け継がれる伝統
- 成人式の日のことです。私が入口に立っていると1人の男性が話しかけてきました。今から30年以上前、その男性が成人式を迎えた日に、父親に連れられてここにビールを飲みに来たそうです。今日は息子が成人を迎えたので、同じように息子を連れて、ここへビールを飲みに来たそうです。壁画の前で30年以上前と同じく、記念撮影をしてお帰りになりました。
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