こんにちは、ライターの榎並です。
僕はライターを生業としており、「みんなのごはん」をはじめ食関係の記事を書く機会も多い。取材する店は大抵素晴らしく、シェフの技術とこだわりが詰まった料理には驚きと感動を覚える。
しかし、僕には食の書き手として致命的な弱点がある。それは、
「おいしい」ってどういうことなのか、よく分からない
のである。いや、もちろんおいしい料理を食べたら「おいしい」とは感じる。幸せな気分にもなる。
しかし、それが何故おいしいのか、どんなふうにおいしいのか、ちゃんと説明できないのだ。
ゆえに「おいしい」だの「激うま!」だの「空前絶後の美味!」だのといった拙い表現しかできず、せっかくの素晴らしい料理の魅力を余すところなく伝えきれているとは言い難い。
このままではいかん。「おいしいとは何か」を探り、巧みな味表現ができるようになりたい。
そこで、プロの門をたたいた。
味の表現のプロに教えてもらおう!
やってきたのは大手食品メーカーのミツカングループ(以下、ミツカン)。お話を伺うのは、「味確認室」の石井翔主任(写真右)と鶴水良次主任(写真左)だ。
ミツカンでは「おいしさ」向上のためプロの料理人のアドバイスを商品開発に活かしているのだが、料理人と開発担当者の橋渡しを行うのが「味確認室」だ。
料理人による複雑かつ繊細な味づくりのアプロ―チを開発担当者が理解できるよう「翻訳」して同社の商品に反映させ、家庭の食卓へプロの技を生かした味を届けるのが味確認室の仕事。いわば「おいしいを言語化」し、商品という形にする専門家である。
―― 「味確認室」は2014年にできた新しい部署だそうですが、石井さんたちがそこに配属されたのは何故ですか? もともと舌に自信があったとか?
「私はもともとミツカンの研究所に在籍していました。東大の研究機関に出向するなどして、味覚に関する研究をしていたんです。
当時から、酢やだしの品質を言葉で表現するための分析などを行っていたこともあって、白羽の矢が立ったようです。舌に自信があったというよりは、人が味を感じる仕組みについての知識に長けていたということだと思います」
―― 味とかおいしさって、科学である程度は分析できるものなんでしょうか?
「人がおいしいと感じるのには必ず理由があります。たとえば舌の仕組み。味を感じやすい部分とか、温度によって感じ方が変わるとか、そういうものは学術的に研究され続けていますね。
ただ、科学で分かっていることは、まだほんのわずかです。だからこそ、料理人の方の感覚や感じ方がすごく重要で、僕らはそれを言葉として引き出し、時には翻訳し、より『おいしさ』を追求した商品開発につなげる橋渡しをしているわけです」
―― 「翻訳」が大事とのことなんですが、料理人の方の味の表現方法って、わりと独特だったりするんですか?
「そうですね、たとえば北京ダックみたいな油をかけて皮をパリパリにする料理で、『飴の層がある感じ』と表現されたシェフがいらっしゃいました。これはまだ分かりやすいですが、別の料理で『酸の壁が見える(ような味)』とおっしゃられたケースもあります」
―― 酸の壁! ぜんぜん分からないです……。
「感覚的で、とても難解ですよね。それを何とか分かりやすい表現だったり、科学的なアプローチで説明できる言葉に置き換えていかなければならないわけです」
―― 料理人の真意を注意深く探っていく必要がありそうですね。
「たとえば、『甘み』という言葉一つとっても様々で、プロの料理人がいうそれは『うまみ』であったり、『ごまの味』であったり、時には『油の味』を指すこともあるんです。
『甘みが足りない』といわれれば、通常は『砂糖が足りない』と解釈してしまいますよね。でも、それではただの甘い味になってしまう。料理人の方が使う言葉の真意をきちんと汲み取らなければ、せっかくいただくアドバイスも無駄になってしまいます」
―― へー! 「甘い」という表現ひとつとっても色んな意味があるんですね。でも、それを読み解くには前提となる知識がかなり必要なんじゃ・・・?
「ですから、まずは料理のことを勉強する必要があります。僕と鶴水は、実際に料理人のお店で修業をさせていただいたこともあります。厨房で交わされる言葉に耳を傾け、そこで『甘み』という言葉が出てきたら『それは砂糖の甘みですか? 旨みのことですか?』と逐一確認するようにしていました」
「だしフレーバーホイール」で味の言語化
お二人のように料理人のもとでみっちり修業し、味を作る多彩なアプローチを学べば、おいしさをうまく言語化できるようになるのかもしれない。ただ、できればそういう苦労をすっとばし、すぐに巧みな表現ができるようになりたい。
そこで役立つのが、ミツカンが独自に開発した「だしフレーバーホイール」なるものだ。だしの香りや風味を表現する言葉を整理し、評価用語を体系化したものだという。これを使えば、それが「どんな味」であるか、だいたいの説明がつくそうだ。
※出典:ミツカンHP
―― なんかものすごく細かく分かれているんですけど、これってどんな表なんでしょうか?
「基本的にかつおだしを構成する味や香りの要素を体系化したものになりますが、様々な料理の味を表現する際にも役立ちます。
かつおだしに含まれる成分は全部で数百種類を超えるといわれますが、それらの成分が持つ味や香りの特徴について、代表的なものを用語に置き換えたのがこちらの表です」
―― 味そのものだけでなく、香りの要素も多く含まれているんですね。
「そうですね。食べ物の味の7割は香りによって決まるともいわれています。もちろん食感なども大事ですが、香りに着目していくと、これまでにない味の感じ方ができると思いますよ」
―― これを見ると「まろやかな」「旨味」「コクのある」などは一般的な表現ですが、なかには「青葉様」なんて聞きなれないものもありますね。
「いろいろな表現がありますよ。たとえば、カラメルはご存知の通り『甘い香り』です。ちなみに、マツタケの香りが強いとコクが出たりします。『タイヤ様』というのは、かなり強烈な『くん煙臭』ですね」
―― なるほど! 料理を食べた時に感じた風味や香りの特徴を、この表の中の言葉に当てはめていけば、誰でも的確な味の表現ができそうですね。ただ、「血合臭」とか「カビ臭」とか、あんまりおいしそうじゃない表現もありますけど?
「確かに、食レポで応用するときはワーディングを変えたほうがいいと思います。『だしフレーバーホイール』はあくまでも研究のためのものです。食レポではたとえば『バニラの香り』といったような、もっとポジティブな言葉を使うといいでしょう。
ともあれ、まずは味の特徴をとらえ、分類するというアプローチが大事です。肉は肉の味、ワインはワインの味がしますけど、それだけじゃなくて、その中にどんな要素があるかを探していく。ここまで細分化しなくても、大枠の分け方だけ理解していれば十分かと思います。肉感とか香りの分類とか、そこだけでも押さえておくと違いますよね。
そして、『だしフレーバーホイール』のように、それぞれの特徴を言い表す自分なりのテンプレワードを用意しておくといいんじゃないでしょうか」
―― ちなみに、この「だしフレーバーホイール」ができる以前は、ミツカンの人たちも味の言語化はできていなかったんでしょうか?
「そうですね、以前はもう少し曖昧だったように思います。たとえば『上品な香り』という表現って、何となく分かるようで分からないですよね。また、『肉質感』と一言でいっても、ツナっぽかったり、サラミぽかったり、人によってとらえ方が全然違うわけです。そこをきちんと言語化することで、商品開発の際に目指す方向性を正確に共有できるようになったと思います」
訓練すれば香りの嗅ぎ分けは可能
―― 確かにこの「だしフレーバーホイール」にのっとって「この肉はオイリーな甘みが後残りして・・・」とか「お茶のような焙煎香が香り立ち・・・」とか言えたらそれっぽい気はするんですが、そのためにはそもそも香りを繊細にかぎ分けるスキルが必要な気がします・・・。
「それはそうでしょうね」
―― それって、訓練すれば誰でも身につくものですか?
「ある程度はできるようになると思います。『だしフレーバーホイール』は特別に優れた味覚に合わせたものではなく、みんなが理解できる感覚を言葉にしたものですから」
―― お二人もかなり訓練されたんですか?
「毎日やりましたね。目隠しをして『今日はこの香りを当てましょう』って」
―― そんなことばっかりやっていると、プライベートで食事をするときも、つい味を分析するクセがついたりしませんか?
「分析しちゃいますね。この蕎麦屋のだし、木材の香りすごいよねとか、ツナ感残ってるねとか・・・。料理を味わうというより、つい特徴を探してしまいます」
―― 蕎麦のだしで木材を感じてしまうとは・・・。純粋に食事を楽しめなくなった?
「なんか色々と考えちゃいますよね。いつもと同じ食べ方じゃなくて、口から鼻にぬけてくる香りを意識して食べたりとか。お店の味を記憶し、特徴ごとに頭の中で分類してしまったりとか。新しいお店に行ったときも頭の中の味や香りの分類を思い浮かべ、このお店は全体の中でどの位置づけなんだろうって、イメージしてしまったり……」
―― すごいな。職業病が度を越してますね。
「味を言葉で変換できるようになると、食事はより楽しくなると思いますよ。やりすぎるとしんどいけど(笑)。
たとえば絵画だって漠然と眺めるよりも、この絵は何が凄くてみんなを感動させているのか、っていうところを言葉で説明できるくらい理解できていたほうが楽しいですよね。その料理はどこにこだわっているのか、なんでこういう味になっているのか、シェフと話をするときも深いやりとりができますから」
▲社内の調理室にて。石井さん、鶴水さんともに、料理店での修業経験がある
で、けっきょく「おいしい」ってどういうこと?
―― 最後に、ものすごくざっくりとした質問で恐縮なのですが、けっきょく「おいしい味」ってどんな味なんでしょうか?
「まず、参考までにとある論文(※出典「化学と生物」2012年.50巻.P518)から引用させていただくと、おいしさとは以下のように定義されるようです」
- 少数の適度な強さの快いフレーバー(味のインパクト)が感じられること
- 高度にブレンドされた豊かなフレーバーが口いっぱいに広がること
- 突出した不快な特性がないこと
- 良い後味があること
「僕も、これは実感としてそうだなって思いますね。
特に二番目の『高度にブレンドされた豊かなフレーバーが口いっぱいに広がること』は大事なポイントです。だから、あえていろいろな雑味を入れるとか、スパイスをブレンドするとか、『単純じゃない』ということがけっこう重要ですね。複雑な味とか深みがある味、それがおいしさ。やはり評判が良いお店はそういうことをしっかりやっていると思います」
「あとは素材のおいしさですね。『突出した不快な特性がないこと』というおいしさの定義にも通じるのですが、特につゆなどの調味料は味や香りが突出しているのはダメで、あくまで調味料として大根を茹でるなら大根の味、魚を煮るなら魚の味を引き立てるものでなくてはならないと考えております」
まとめると、「おいしい」を言語化するコツとしては、
- 香りや風味の特徴を注意深く探り、分類すること。
- その特徴を言い表す「テンプレワード」を用意しておくこと。
- おいしさの定義である「高度にブレンドされたフレーバー(香りや風味の複雑さ)」「素材の持ち味」「後味」などに言及すること
これらが重要であるといえそうだ。
これらをふまえて味の感想を語れば、大事なデートなんかで食通っぽい感じを出してアピールすることも可能だろう。 あまり語るとウザがられるかもしれませんが。
取材協力
ミツカングループ
http://www.mizkan.co.jp/index.html
プロフィール
榎並紀行(やじろべえ)
1980年生まれ埼玉育ち。東京の「やじろべえ」という会社で編集者、ライターをしています。ニューヨーク出身という冗談みたいな経歴の持ち主ですが、英語は全く話せません。
> ツイッター: Twitter (@noriyukienami)
>ホームページ:やじろべえ