もう15年くらい前の話だが、夏の京都へ旅行にいった友人から「竹筒に入った水羊羹(みずようかん)」をお土産にいただいた。細い青竹に詰められた水羊羹、なんとも涼しげでありがたい。
ただしその容器は、プラスチックで製造された人工の竹筒だった。超高級和菓子店ならともかく、すでに当時から水羊羹の竹筒はプラスチック製が主流だったのだろう。寿司や刺身のバランと同じ話だ。
本物の竹に入っている水羊羹とプラスチック製では、なにか味に違いがあるのだろうか。青竹のさわやかな香りや味が水羊羹に移るのか。そんな疑問を抱いたのだが、その後に本物を食べる機会は一度もなかった。
竹筒入りの水羊羹を手作りしてみよう、ただし太い竹で
そんな話を思い出したのは、先日のタケノコ掘りにいったからである。青々と茂る新緑の竹を見て、この竹を一本いただいて、自分で水羊羹を作ってみようと思ったのだ。
▲友人の友人であるぼんどさん家の竹林にお邪魔しました。
でも水羊羹を作るにしては竹が太くないですかと思うでしょう。はい、太いんです。
この竹は孟宗竹という種類であり、大きなタケノコを掘るには最高だが、水羊羹を作るには太すぎる。私の二の腕よりもずっと太い竹だ。別の種類の細い竹を使うのが正解なのだろう。
いやでも逆にこの太い竹で作ることで、水羊羹の新しい歴史が生まれるかもしれないじゃないか。別に和菓子職人じゃないから新しい歴史を生まなくてもいいんだけど。
こうして特大サイズの竹筒水羊羹作りがスタートしたのだ。
▲竹を一本欲しいと伝えると、よしわかったとノコギリで切ってくれたぼんどさん。頼もしい。
「この竹でいいですか? 何本でもいいですよ!」
友人の友人、いやもはや友人と呼んで差し支えない関係となったぼんどさんが切ってくれた竹は、水羊羹の容器というよりも、流しそうめんのコースに最適な立派な竹だった。あるいは学校の七夕まつり用。長い。
▲運動会の種目で、中央に置かれた複数の竹を引っ張り合う競技「竹取物語」があったなと思い出した。
そうめんを流さずに水羊羹を流し込むだけなので、そんなに長くなくて大丈夫ですと慌てて説明をして、適当な長さに切ってもらった竹筒を一抱え分いただいた。
一緒にいただいたタケノコはとても美味しかったので、きっと水羊羹も美味しくできることだろう。
▲ぼんどさん、ありがとうございました!
竹筒で容器を作るのがけっこう大変だった
水羊羹の容器は、当たり前だがコップ型でなければならない。竹筒の片方は節の手前を切った解放状態で、逆側は節のちょっと先を切ることで、そこが底となるように成形する。
ぼんどさんがトイレットペーパーの芯で工作をするかのようにサクサクと竹を切っていたので、誰でも簡単に切れるものだと思っていたのだが、実際にやってみるとこれが意外と難しい。
使っているノコギリが悪いのか、私の腕前がひどいのか、ただ竹筒をまっすぐ切るだけなのに何十分も時間がかかるし、1周してつながるはずの切り始めと切り終わりの断面がつながらずに螺旋を描いてしまうのだ。自分の不器用さにびっくりした。
▲なんで曲がってしまうかな。
何回かの失敗を経て、汗だくになってようやく納得のいく竹筒を手に入れることができた。竹を多めにもらってきておいて本当に良かった。
振り返ってみれば、今回の羊羹作りで一番大変だった工程はこれである。今後はこんな苦労をしなくてもいいように、次回は竹林から竹を切ってもらう段階で、ちゃんと切る位置をぼんどさんに指定しようと思った。
▲あー、疲れた。
水羊羹の材料を買いそろえるにあたって、この竹筒に水を入れて量ってみると、ほぼ1.5リットル。大型ペットボトルと同じ容量であることがわかった。普通の水羊羹が100グラム程度とすれば、ざっと15人前である。
よく洗って、出番が来るその日まで干しておこう。
▲竹筒に水を入れて、その水の重さを量ると容積がわかります。
水羊羹の材料はこしあんと天草と水だけ
そういえば水羊羹というものを作ったことが一度もないなと思いながら、その製造方法を調べてみると、こしあんと寒天を固めるだけという、なんとも簡単なものだった。
もちろん小豆からあんこを作ることでハードルを上げることも可能だが、私がやりたいのは大きな竹筒で水羊羹を作るという行為だけなので、市販の砂糖入りのこしあんを使用。甘さはこのこしあん次第という他人任せ。
ただ寒天については、前に旅行先の売店で買った天草がいつまでも使われず台所に放置されていたので、これを使ってみることにした。天草の成分を固めたものが寒天だ。
▲水羊羹の材料は、こしあんと天草と水だけ。
▲天草は磯に生える海藻の一種。もともとは褐色だが、干すとこのように白くなる。
作りたい羊羹は1.5リットル。こしあんの袋に書かれたレシピによると、こしあんを水で倍に薄めて固めればいいらしい。こしあんの量は800グラム。念のためにこしあんは2袋買ってきたのだが、1袋ちょうどでよかったようだ。
天草の成分を煮出す
さて天草を使ってこしあんを薄めて固める液体を作るわけだが、その濃度がよくわからない。レシピを検索してみても、水と天草の比率に倍くらいの開きがあって、なにが正解なのかわからないのだ。
やはりブレの少ない市販の寒天で作るべきだったかと思いつつ、こういう不安要素こそが実験料理の醍醐味だったりする。今回は巨大水羊羹ということなので、仕上がりは固めの安全設計としたいところ。薄いよりは濃い方が正解だろう。そこで水で軽く洗った天草15グラムに対して1リットルの水、お酢大さじ1杯で30分煮込み、煮詰まった分の水を足して、仕上がりをこしあんと同じ800グラムとした。
▲お酢を入れる理由は、エキスを抽出させやすくするためとか、海藻の匂いを消すためとか、色が濁らないようにとか、保存期間を延ばすためとか、いろいろな説があるらしい。
洗った段階での天草は、刺身と一緒に出てくる派手な海藻のような匂いがした。干してあるためか、干し椎茸のような乾物臭もちょっとする。
それを鍋で煮て、酢を少々加えることで、一気にトコロテンのあの匂いが立ち込めてきた。これこれ、外房のトコロテン専門店で嗅いだ覚えがある匂いだ。
トコロテンはこの煮汁をそのまま固めたものである。トコロテンと水羊羹という夏の和菓子二大巨頭は、このようにして根底でつながっていたのだ。
▲じっくりと煮込んで天草のエキスを抽出する。
▲ザルで濾して587グラム。水を足して800グラムにした。
こしあんを煮溶かす
こうして出来上がった天草の水溶液をまた鍋に戻し、火にかけてこしあんを加える。
今更だが、私は今、すごい量の水羊羹を作っているんだなと思った。
▲このまま固めればトコロテンになる天草水溶液。
▲こしあんをちょっと味見をしてみたところ、しっかりと甘かった。でも寒天はゼロカロリーだからセーフ。
▲練るようにして溶かしていく。これ全部が水羊羹になるんだぜ。
氷水で冷やしてから竹筒へ
よく混ぜてこしあんが完全に溶けきったところで、氷水に浮かべたボールへと移す。そしてゆっくりと混ぜながら、人肌よりも冷たく、とろみがついてくるまで冷ましてから、竹筒へと流し込む。
なんだかチョコレートのテンパリングをしている気分だ。やったことないけど。
▲油断すると鍋の中に水がバシャーってなるやつだ。
▲人肌よりも冷めてくると、このように鍋肌から固まってくる。
このちょっと面倒くさい作業を怠ると、比重の重いこしあんが沈んで、竹筒の中で水分と分離してしまうらしい。つまり、ほぼところてんの上部と、ほぼこしあんの下部ができるということか。
それはそれでおもしろそうな断面になりそうだが、今回はお中元として持っていきたいのでちゃんと作った。
▲とろみがつくまで冷えたら、竹筒の中に流し込む。
▲水分が飛んでちょっとだけ足りなかったかな。中身は多めに用意して、余ったら別容器に作るのが正解のようだ。
この水羊羹をたっぷりと蓄えた竹筒を冷蔵庫に入れて、一晩冷やし固める。
竹筒の容量が1.5リットルとキリが良かった点、そして高さがちょうど冷蔵庫に入る大きさだった点、素晴らしくないですか。私は感動したんですけど。
▲ほら、あつらえたようにサイズぴったり!
水羊羹といえばお中元だ
そして翌日、クーラーバッグに保冷剤と竹筒を詰めて、やってきたのは当サイトの編集部。水羊羹といえばお中元、お中元といえばお世話になっている方へ贈るもの、お世話になっている方といえば「みんなのごはん」編集部だろう。それに私一人じゃ食べきれないしね。
ちなみに我が人生でお中元を贈るという行為が、もしかしたら初めてかもしれない。初めてが大人の竹筒入り水羊羹、なかなか愉快な人生だ。
▲ということで、「みんなのごはん」編集部へとやってきた。
竹筒の開放部は、ラップに輪ゴムの蓋では寂しいので、せめてものラッピングとして天婦羅用の敷き紙とタコ糸で精いっぱいの演出をしてみた。
麻紐とクマザサを何枚か用意して蓋をすれば、より涼し気でよかったかな。
▲「どうぞ、つまらないものですが……」
▲「思ったより大きいですね!」
編集部には大きな竹筒入りの水羊羹をお持ちしますとは伝えてあったのだが、それでも予想よりもずっと大きく、そのインパクトに驚いてくれたようだ。
わざわざ水出しの緑茶を用意しておいてくれたのがうれしかった。
▲「ちょっと匂いを嗅いでいいですか?……そんなに匂わないですね」
竹筒から取り出せるのか
さてこの水羊羹、どうやって竹筒から出すとお思いだろうか。
このような形状のものは、プッチンプリンと同じく、底に穴をあけて空気を送ってやることで取り出せるようになる。市販の竹筒入り水羊羹も、本物の竹でもプラスチック製でも、そのような仕組みのはずだ。
▲このままスプーンで食べてもいいけどね。
この大人の竹筒入り水羊羹も同様に、穴をあければ出てくれるはず。
慎重に竹筒の上下をひっくり返し、持参したアイスピックで節に穴をあける。
▲グイグイグイ
アイスピックを押し当ててグイグイやっていると、聞きなれてはいるけれど、ここで聞こえるはずのない音がした。
「……プシュー……」
なんと節に穴が開いた瞬間、バスのドアが閉まるような空気の抜ける音がしたのだ。
これぞ成功のファンファーレ。水羊羹が真空状態から解放されたということだろう。
編集部員(=クライアント様)が見守る中、そっと竹筒を持ち上げる。
▲竹筒を持ち上げると、つるんと水羊羹が出てきた。これはもしや大成功か?
よし、ここまでは順調だ。だがまだ油断はできない。全部がちゃんと固まってこそ水羊羹。
あくまでお中元として持ち込んだものなので、ドロドロドロと崩れたりしたら大変失礼に当たる。そしてこの記事が失敗となってしまうという問題も。この竹をくれたぼんどさんにも申し訳ない。
水羊羹を取り出すだけなのに、プレッシャーがすごい。
▲びにょーんと出てくる水羊羹。おおおお。
▲プルンと見事に出てきた。こしあんのムラもなく、均一な出来となっているようだ。完璧!
すごい、完璧に思い描いた通りの水羊羹が出てきてくれた。
見守っていた編集部員達の人柄もあり、会議室はなんともいえない興奮に包まれている。やっていることは大きな水羊羹を作って取り出しただけなのだが、ここまでサイズが規格外だと、それだけで十分なエンタテインメントとなるのだ!
▲水羊羹が重くて(約1.5キロ)、薄い皿だとたわむので注意が必要。ありがとうございました!
▲水羊羹の側面に、竹の繊維跡がライン状に走っているのがかっこいい。そしてでかい。
▲逆側から見ると、節の部分がリアルに型どりされている。麩菓子だったら一番おいしい場所だが、水羊羹だと全部同じ味ですね。
味はびっくりするくらい普通だった
この15人前の質量を誇る巨大水羊羹、大きすぎて脳みそが水羊羹と認識できず、なんだかチョコレートムースに見えてきた。あるいはラーメン屋が仕込んだチャーシュー。
こいつをロールケーキの要領で輪切りにして、小皿に取り分けていく。
それにしても先ほどから全員の笑いが止まらない。この空気感はなかなか伝えにくいのだが、この巨大な水羊羹はなにをしても面白いのだ。誕生日のろうそくを立てたら大爆笑だろう。
▲こうして水羊羹を切っているだけでも面白い。
そして肝心の味だが、びっくりするくらい普通の水羊羹だった。甘さも硬さも口当たりも普通。ザ・水羊羹である。まさに「普通にうまい」というやつだ。売り物とまったく変わらない味。
わざわざ天草から作った意味も、正直よくわからない。でも初めて作った水羊羹が、ちゃんと美味しくてちょっと感動したのも事実である。自分好みの硬さや甘さを極めても楽しそうだ。
▲こんな見た目なのに、味が普通過ぎて爆笑。
竹筒の効果については、竹筒自体に鼻を近づけて嗅げば控えめながら爽やかに香るのだが、はっきりわかるほど水羊羹に移る強さではない。いわれてみれば香るかも、という感じ。竹筒を嗅ぎながら羊羹を食べるのが正解なのか。竹をもらってきてから水羊羹にするまで数日が経ってしまったので、切りたての竹ならもう少し強く香るかも。
なんにせよ、「特大の竹筒入り」というプレゼンテーション能力はすごかった。この輪切りにされた状態で水羊羹を出されたら、「ずいぶん平たい水羊羹だなあ」と思うだけだろう。こうして竹筒に入った状態で持ち込み、そこからプシューといわせつつ水羊羹を取り出して、ブッシュドノエルのように切り分けて食べることで、この笑顔となるのだ。
やっぱり大きな竹筒で作ってよかった。
▲水羊羹を薄切りにすると、なにか別の食べ物みたいで楽しい。クレープで巻いたらおいしそう。
▲あんなにがんばって作った容器だが、穴が開いたので使い捨てだ。
何とも言えない達成感に包まれながら帰宅すると、ありがたいことに編集部員から感想が届いたので、ここで紹介させていただこう。
「うっすらと竹の香りが漂う羊羹は夏休みのおばあちゃんの家みたいで、いままでで一番エモい羊羹でした」
「平均的な成人男性が1年間で消費する量の水羊羹を、一度に食べている実感がありました……!」
「かっこいい羊羹をどうもありがとうございます!切り分けてくださっているところがだいぶ面白かったのですが、食べてみたら普通に美味しくて脳がバグる感覚がありました。本当に甘さ、食感が絶妙で美味しかったです!使用後の竹は涼やかなインテリアとしてデスクに飾っております。存在感抜群です」
今回の中身は水羊羹だったが、プリン、杏仁豆腐、フルーツゼリー、ババロアなど、様々なデザートに応用できそうだ。竹筒という中の見えない容器からプルプルしたデザートが出てくるのだから、きっと大盛り上がりだろう。
さらに時間をかけるなら、竹筒の下にゼリーを入れて冷やし、その上からババロアを流して冷やしなおすことで、層を分けることも可能かもしれない。特大の竹筒スウィーツ、ホームパーティー的な集まりがあったときに、また何か作って持参してみようかな。