東東京のほのかな思い出に浸り、アメヤ横丁の韓国料理屋で いろいろな記憶をたどっていく夜の小さな宴【久住昌之の「途中めし」第19回「上野ソルロンタン」】

「孤独のグルメ」原作者、久住昌之さんの連載「途中メシ」、今回は「上野ソルロンタン」(東京都台東区上野2-4-2)にお邪魔しました。 今年1月の入院生活の思い出や音楽や美術の話などなど…。コリアンタウンとしても知られる上野で韓国料理と共に様々なことを語っていただきました。(上野のグルメ焼肉)

東東京のほのかな思い出に浸り、アメヤ横丁の韓国料理屋で いろいろな記憶をたどっていく夜の小さな宴【久住昌之の「途中めし」第19回「上野ソルロンタン」】

f:id:g-gourmedia:20190618102911j:plain3週間の入院から、もう半年が過ぎようとしている。

あと半年で今年も終わるのか。

恐ろしい速さで時がたつ。

生き続けている限り、この速度は増していくのだな。

人生は淡々と加速し続けて、ひょいと終わるものだと、ようやく気づいた。

人は、やっぱり、いつも途中なのだ。

その始まりと終わりは、本人のものではない。覚えてないし、知らない。

誰も見てないとこで終わるかもしれないけど。

  

1月の入院は、思い出しても3週間、本当に楽しかった。

「何をしていたんですか?」

とよく言われるが、ほぼ、なんにもしてなかった。

本もほとんど読まなかったし、音楽はまるっきり聞かなかった。

 

テレビがあったから、見たけど、それだってそんなに長い時間見ていられない。

あ、でもテニスの錦織選手の試合を最初から最後まで、全部見た。長かった。3時間ぐらい?

でも勝ったし、いい試合だったから、ずっと手に汗を握って、つまり楽しんだ。

でも、正直、もうよく覚えていない。

 

ボクは普段、ほとんどテレビを見ない。仕事場にはテレビは無い。

しかし、こういう機会だったので、最初、わりと見た。

わかったのは、今のテレビは、1日に何度も何度も同じ映像を流すということだ。それで、よけい嫌気がさした。

ニュース映像、スポーツ映像、番組予告。朝の番組で流れたものが、夜中まで何度となく流れるんですね。ものすごい水増し。呆れた。若者がテレビ離れするのも、当たり前だ。

だから、やっぱりテレビはあまり見なくなった。

 

朝6時に廊下の電気がつく。ドアにはすりガラスがはまっているから、わかる。

なんとなくそれで目がさめる。起きて、部屋を出て、自分で血圧と体重を測ってくる。1月なんでまだ薄暗かった。

特別室ではないけど、個室で、トイレも洗面台も部屋にある。十分広い。3階で、明るい。

朝食は8時と、遅めなので、顔を洗ったり歯を磨いたりしてから、もう一度寝たりした。

 

病院食を味わいながら、生きていることの“波”に思いを馳せた

ご飯がおいしい病院だった。

おいしいというか、よかった。

おいしい、ということをあらためて考えさせられた。

よく、病院食はまずい、味がない、薄い、と聞く。とくに味噌汁とか。

ボクと同時期に入院していた知り合いは、SNSで、病院食の悪口ばかりつぶやいていた。

 

でもボクの入院先では、味噌汁は、毎食は出ない。

というか、ごはんと汁と主菜と副菜、というような定型がない。

ある朝は、ごはんとふりかけと、あとおひたし。それとヨーグルトだった。

「ほぼ、ふりかけ、だけ?」と、正直、思った。

超、地味めし。

でもお腹が空いてるし、ふりかけなんて久しぶりだったので、おいしく食べた。

 

そしたらその日の昼は、なんと、天ぷらうどんだった。

びっくりした。

病院で、天ぷらうどんを食べるとは思わなかった。

ベッドに座って、やわらかい麺の温かいうどん食べた。

なんだか嬉しくて、ゆっくり丁寧においしく食べた。

 

その夜は、ごく小さな焼き魚とごはんと味噌汁で、民宿の朝ごはんみたいだった。

でも味噌汁は、ちゃんとおいしい。

 

翌日の朝は二種類のパンで、学校に行く前のような質素な朝ごはんだった。

昼も地味だったけど、夜はハヤシライスとサラダで驚いた。

翌朝は、おかゆと野菜ふりかけ。

その晩は、ごはんと、八宝菜と、シュウマイと、ブロッコリーのサラダに、じゃがいも中華スープ、デザートもライチふた粒。どれも少なめだけど、品数が多い!

かなり嬉しくて、思わず写メを撮った。

 

そんな風に、すごく波があるのだ。

でも「あ、家のごはんて、こうだよな」と、ふと気づいた。

母親のご飯は、手抜きがあったり、同じものが続いたり、でも時々「ごちそう」的な日がある。

波があるのが、自然だ。

生きているということは、波があるということだ。

心電図にもそれは現れているじゃないか。

あの波がなくなって、ピーとまっすぐになったら、すなわち死亡だ。

波はつまり、途中ということだ。波は、今生きている、というサインだ。

波が消えると、生物時間は停止する。

 

テレビなどのグルメ番組は、ご馳走に次ぐご馳走、おいしいに次ぐおいしい、だ。

あそこにこんなうまいものがあった、あそこには知られざるおいしいものがある、あの人が食べている秘密のご馳走、旅先で出会った絶品。 

全部おいしくないと許されないような考え方だ。

ピークに次ぐピークをしようとしている。つまり、波をなくそうとしている。

でも、結局できるはずもなく、同じ動画を1日に何度も繰り返し流して、その場しのぎをしている。時間稼ぎをしている。おいしい、おいしい、おいしい、という退屈。

 

地味なごはん、しかたない一食、貧しい夕食、最低限の朝飯、大急ぎでかっこむ昼飯。

そういうものがあってこそ、「ご馳走」は輝く。

いただきます」「おいしい」「ごちそうさま」が、命への感謝、生産者、運搬者、販売者、調理人への感謝の言葉となって、深い意味を持つ。

この病院のご飯には、ずっと忘れていた大事なことを、思い出させてくれた。

 

あれから半年か。

少ーしだけ、前より自分の健康状態のことを考えるようになった。

血圧とか、体重とか、多少気になる。中性脂肪とか。

肝臓のγ-GTPは正常だったが、それと脂肪肝は、関係ないらしい。

 

3年ぶりに、仕事場を大きく片付けた。いろんなものを捨てた。

引越しでもないのに、大量の本とCDを売った。

60歳になって、心臓の手術をして、3週間休んで、旅やライヴは退院後一ヶ月目から少しづつ始めた。もともと自覚症状がないので「よくなった」という実感は全然ないのだが。

なんとなく、少しだけ転機の気もする。

いつも出足の遅いボクだ。1月の休暇の効果が、やっと出てきた。

 

さて、上野に行った。

上野、来る機会がなくなった。

高校生の時初めて「アメ横」に来て、ビックリした。

見たことのないタイプの商店街だった。

その物量。衣服から貴金属から靴から乾物、なま物、鮮魚、果物……。

混沌とした活気。なんだか気持ちがふわふわした。

ボクは友人から聞いた、米軍の放出品の店に行って、鉄製の弾薬ケースを買った。それを普段のカバンがわりに持ち歩いていた。19歳ぐらいまで。

今、ちょっと調べたら出てきた。まさに、これだ。

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上野。西東京育ちにはちょっと遠いけれど、なぜか懐かしさの雰囲気に浸る

 あの頃は、作業服専門店に行って、帽子やジジくさいジャンパーを買って、着たりしていた。

若いなぁ。かわいいもんだ。目立つのが嫌いなのに、人と違う格好がしたかった。矛盾。

 

上野は東東京だった。西東京の者にはちょっと遠かった。

今は変わったけど、当時はまだ、東北の玄関口の雰囲気が残っていて、なんとなく重くて暗い空気が漂っているように感じた。「出稼ぎ」という言葉が、まだわずかに残存していた。

 

そうだ、小学校の1年生くらいの時、祖父に連れられて上野動物園に行った。

動物のことで覚えているのは、コビトカバがこちらにお尻を向け、フンをしながら、そのフンを短い尻尾でバチバチバチとあたりに撒き散らしたこと。衝撃的だった。

動物園に行ったのに、動物のことはコビトカバのフン撒きしか覚えていない。

 

あとは、長い時間並んで、生まれて初めてモノレールに乗ったこと。

ようやく乗ったそれは、これまた驚くべき短い距離であっという間に終点に着いた。

おじいちゃんが、

「あーんだ、あんだけ並んで、へぇ到着か!」

と笑いながら、ちょっと怒ったように山梨弁で言ったのを覚えている。

 

上野の美術館は、ご婦人で大混雑するようになってから行ってない。

20代の後半、モネの大きな展覧会があって、見に行った。

それまでぼんやりした筆のタッチがあまり好きではなかったが、原画の美しさに驚き、全てのモネの絵の見え方が全く変わった。

「印象派」という絵のジャンルも、好きじゃなかった。でもモネを好きになり、そういうレッテルを貼るのは、見え方を不自由にしてよくない、とあらためて思った。

人は何かと、名前をつけて、ものをジャンル分けして安心したがる。

そうすると、なんとなくわかったような気になるのだ。

 

人の好みというのは、年齢によって変わる。

一番わかりやすいのが食べ物と酒で、年齢によって、好きなものは変わる。

子供は、豆腐だのゴボウだのコハダだの塩辛のうまさはわからない。

年取るとそういうものが好きになる。

最近は、長いこと興味が失せていた「かんぴょう巻き」のおいしさに目覚めた。

 

酒も、思い返してみると、20代から30代、実によく飲んでいたのがバーボン。今、ほとんど飲まない。そういえば、当時、好きなバーボンも移り変わっていった。

毎晩、麦焼酎のお湯割りを飲んでいた時期もあった。

安いグラスワインばかり飲んでた頃もある。でも、ワインの銘柄は、全然覚えないで終わりそうだ。

いつの間にか、飲む酒も変わっている。いや、なんでも飲むのだが、好みの順位が変わる。

 

話を絵に戻そう。絵の好みは、年齢で変わる。

若い頃は、モネもゴッホもあまり好きじゃなかった。

モネが好きになって、ゴッホも好きになった。

「モナリザ」の微笑も、子供の頃は見えなかった。モナリザの絵の魅力は、30歳ぐらいになってからじわじわと響いてきた。あれは、偶然と奇跡が生んだ、天才の描きかけだ。

と、僕は解釈している。モナリザは完成していない。まさに、途中で止まった(止めた)傑作だ。

マティスのかっこよさも、高校生まではわからなかった。

小学校の時「面白い」という理由で、マグリットが好きになった。中学くらいになると、その仕掛けがあざとい感じがして、遠のいた。

ところが大人になると、マグリットの色彩感覚、冷静なおとぼけが、また魅力的に見えてきた。

グレコは、ある時突然好きになって、ある時「でも全部同じだな」と、魅力が薄れた。

ピカソは、ニューヨークで見て「やっぱりこの人はオモシロイ!」と思い、スペインで見てその美しさ、しなやかさ、輝き度に「やっぱり人類史上、類例のない画家だ」と思った。

子供の頃どこがいいかさっぱりわからなかった、広重の東海道五十三次は、東海道をこの足で歩いた50歳の時、あらためて感動した。目で見た風景を切り取って、絵の上に再構築する卓越したセンスが、大好きになった。あの絵には「実感」が、軽々と凝縮されている。

面白さでは、やっぱりルソーが好きだ。ピカソが一目おく、というのも今はすごくわかる。あれは達者な絵描きには描こうとして描ける絵ではない。だけど、下手な絵描きには死んでも描けない絵画だ。

 

音楽にも、自分の中の流行り廃りはもちろんある。

ある時期、必死で集めて聴いていた音楽を、気がつくと全然聴いていない。頭では今も大好きで、またいつか聴く、と思って持っていたアルバムだが、もう10年以上聴いていない。耳があまり聴きたがっていない。そんなアルバムがたくさんあって、先日大量処分した。

音楽は「なんのために聴くか」というのでも、聴くものが変わるのだな。

歳とると「ため」が煩わしくなってくる。「ためになる」がしんどくなってくる。

音楽はリラックスできるもの、ウキウキできるもの、ジンワリ心地いいものなど、理屈でないものが聴きたくなる。「ためになる」というのは結局理屈っぽい。理屈は、廃れる。

 

だが、5年後の自分が、どういうものを好んで飲み食いし、どんな絵をいいと思い、いかなる音楽を聴いているか、全然わからない。

瞬く間に来るであろう近い将来であっても、いったい自分がどんな自分になっているのか、わかる人はいない。

しかし時間はどんどん過ぎる。

「きっとちっとも変わってないよ」と他人には言えるが、体力が落ち、肉体が老化しているのは、自分が一番よく知っている。

でも焦ったところで、時間に抵抗することはできない。

今、好きなことをしようじゃないか。

これから何か始めたって、ちっとも遅くない。

自分勝手と言われることを怖がるなんて、馬鹿馬鹿しいことだ。

 

焼肉でない韓国料理に舌鼓。怪しい雰囲気が味を際立たせてくれる

 

そんなことを考えたりしながら歩いた上野で、いつもの二人と韓国料理店に入った。

韓国料理は好きだが、最近、焼肉屋にはずいぶん行ってない。

カルビ・ロースの牛肉を焼くより、豚肉のサムギョプサルが食べたくなってきた。

牛の心臓弁にしたから、本能的に共食いを避けているのだろうか。

そんなことはない。

 

この店を見つけてきたのは、編集者女だ。すでに友達と「下見」に来て、たらふく食べてきたようだ。あいかわらず、食べることと飲むことには、ぬかりない。

東京はあちこちに「韓国街」的に韓国料理店が固まっているところがあるが、上野の不忍池の南側、湯島のあたりにも韓国料理店がたくさんある。風俗店もあって、この辺はちょっと怪しいムードだ。

だが、そういう怪しいムードは、エスニックな料理をなぜか魅力的なものに感じさせる。秘密めいた隠し味が効いているように感じさせる。

前にこの辺りの韓国料理屋の2階で、めちゃくちゃおいしい鍋を食べたことがある。なんて言うんだろう、ジャガイモの入ったチゲ鍋。

 

夕方5時過ぎに行ったが、店はまだ営業してないのか、店名を書いた赤い入口マットが、脇の台の上に、ぞんざいにのせてある。

「やってるの?」

とボクがいうと、編集者女は「一応、24時間営業ってことになってるんですが」と言う。

編集者男が「24時間なの?」と目を丸くする。まったくだ。

編集者女が、「すいませーん」と、重い引き戸を開けると、すんなり中に入れてくれた。

「結構、こういうところ、いい加減みたいなんですよ」

と笑う。

 

ボクらの他には客は誰もいなかった。

板の間の座敷の卓に着く。掘りごたつ式になっているので助かる。座敷は苦手だ。

まずはビールと、キムチを頼む。

ビールと、たくさんのお通しが出てくる。これが韓国料理は嬉しい。

5皿。キュウリのキムチ、ニラのキムチ、ジャコの佃煮的なの、切り干し大根的なの、あと何か葉っぱを炒めたようなの。これだけで酒が飲める。

 

そしてキムチが出てくる。鮮やかな色。

「どれどれ、キムチはその店の試金石だから」

とボクはおきまりのセリフを言い、大きく切ったキムチを口に入れた。

うん。フレッシュタイプ。白くて厚い葉の部分が、歯ごたえシャクシャクとして、うまい。

去年「孤独のグルメ」のロケで行ったソウルの店は、古漬けタイプだったが、まさに絶品の古漬けで、微かな酸っぱさがボクにはたまらなかった。

今日のキムチには酸味がほとんどなく、でも白菜の甘みが、唐辛子の香りと味に実に馴染んでいる。これは市販のキムチでは味わえない。

いつから食べるようになったか覚えていないが、キムチは本当に好きだ。おいしいキムチがあったら、それだけでごはんが食べられる。オカズ殺し。

ビールがうまい。

 

そしてサムギョプサルを頼む。「とりあえず一人前」と言ったら、店のおばちゃんが

「一人前だと、こっちで焼いて出すんですけど、いいですか?」

と言った。はい、いいです。その方がめんどくさくなくていいや。

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まずは豚のバラ肉、サムギョプサルだ。いい具合に空腹の体に脂味が沁みるゼ

エゴマも別に頼んだ。エゴマの葉、大好き。

 

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このエゴマの葉に肉を巻いて辛子味噌をチョイとのせてパクッ!

サムギョプサルが来た。豚のバラ肉が、四角く切って焼いてある。焦げ目もいい感じ。

これをエゴマにのせ、辛子味噌をちょいとのせ、くるりと巻いて、食べる。

うまい!一口で食べるのに、ちょうどよい。冷たい葉と熱い肉が、口の中でひとつになる。

次に、サンチュの上にエゴマを重ね、そこに肉を置いて、辛子味噌多めで、巻いて、頬張る。

うん、これもいい。顔がほころぶのを感じる。

「うまいですねぇ!」

編集者男も感激している。彼もボクと同じで、飲みだすとあまり食べない。

エゴマは、シソより厚みがあり、ちょっとワイルドな葉っぱ的青臭さが、焼いた肉に負けず、でも決して邪魔にならない。

一昨年の冬、ソウルでいろいろ肉を食べ、嬉しかったのは、どこでも生野菜がいっぱいついていたことだ。焼肉を肉以上にたくさんの野菜と一緒に食べる食べ方は、ボクにはすごく合っていた。

日本のいわゆる焼肉屋は、キムチやサンチュを頼んだにしても、基本、牛肉、牛肉、牛肉だ。

野菜と食べると、いくらでも食べられて、飽きない。

今度は、サンチュに焼肉を乗せ、キムチを重ねて丸めてかぶりつく。

これまた、バツグン!

サンチュ、エゴマ、キムチ、辛子味噌の自由な組み合わせで、バリエーションができる。

肉を食べきる前に、もう一皿サムギョプサルを注文。エゴマも追加。

ビールをマッコリに変える。

 

この店、メニューが実に多彩で、チヂミ、トッポギ、チャプチェ、サムゲタン、チゲ、冷麺など韓国料理の他に、冷奴、蒸し餃子、にんにくバター炒め、ギンダラ煮付け、サバ焼き、ナマコ刺し、野菜炒めなんてメニューもある。

これなら24時間、どんな客でも対応できそうだ。午前7時の朝ごはんから、お昼、おやつ?、夕飯、飲み会、午前4時の夜食まで。

 

店員さんはいかにも韓国のお母ちゃん、オモニが何人か。たくましいイメージがある。

だんだんお客さんが増えてきた。なんだかいい店に見えてくる。

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これはもう、ビールからマッコリに替えて喉を潤したいよね

この店の店名にもなってる「ソルロンタン」を頼む。

これは牛の肉や骨を、10時間以上煮出した乳白色のスープ。

味はついていなくて、食べる時に塩やコショウを入れ、刻みネギを加える。

見た目からして、もう絶対おいしそう。

ひと匙すくってすすると、やがてジワーンと広がるおいしさ。

「滋味滋養」という文字をゆっくり溶かして飲んでいるようだ。

見た目よりコッテリしていなくて、上品な口当たり。

自分で塩コショーするので、好みの薄味にしても、全然物足りなさはない。

刻み葱と、少し入ってる春雨もうれしい。

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ついこないだまで入院していた体にソルロンタンの「滋味滋養」が沁み渡る。

肉も少し入っているけど、ボクは食べなくてもいい。

いや、共食いになるから、という意味ではなくて。

この中にいる肉たちの役割は、すでに終わっていると思うんだ。彼らのすばらしい仕事は、全てスープに溶けている。スープを飲めば、皆さんの思いはひとつ残らずボクに伝わる。静かに休んでください。

 

しかし、これはいい。

いいものを知った。

明日は粗食にしよう。

  

紹介したお店

r.gnavi.co.jp

営業時間:月~日曜日 0:0024:00(無休・終日営業)

 

※掲載された情報は、取材時点のものであり、変更されている可能性があります。 

 

著者プロフィール

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文・写真・イラスト:久住昌之

漫画家・音楽家。

1958年東京三鷹市出身。'81年、泉晴紀とのコンビ「泉昌之」として漫画誌『ガロ』デビュー。以後、旺盛な漫画執筆・原作、デザイナー、ミュージシャンとしての活動を続ける。主な作品に「かっこいいスキヤキ」(泉昌之名義)、「タキモトの世界」、「孤独のグルメ」(原作/画・谷口ジロー)「花のズボラ飯」他、著書多数。最新刊は『ニッポン線路つたい歩き』。

 

前回までの途中めしはこちら

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