変わりゆく極寒の下北沢に懐かしい思い出がよぎった【久住昌之の「途中めし」第17回「両花」】

「孤独のグルメ」原作者、久住昌之さんの連載「途中メシ」、今回は下北沢の「両花」(世田谷区北沢2-34-8 北沢KMビル 2F)にお邪魔しました。下北沢は、久住さんにとって、「一番古くからの読者のひとり」である竹中直人さんと会うことが多い街とのこと。また、劇団やライブハウスが数多くあることで知られる下北沢にまつわる久住さんの思い出をたっぷり語ってくれました。(下北沢のグルメ居酒屋)

変わりゆく極寒の下北沢に懐かしい思い出がよぎった【久住昌之の「途中めし」第17回「両花」】

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下北沢

昨日、竹中直人さんと下北沢の書店B&Bでトークをして来た。

二人が共通のファンである、谷口ジローさんについて語る、という会だった。

竹中さんとは、年に1度くらいしか会うことはないし、普段からメールなどをしあう仲でもない。でも会うと、前に会った続きのように楽しい。

今回も何を話すか、二人ともまったく準備をしていなくて、当日の打ち合わせも5分ほどだった。

でも、本番は派手に脱線しつつ、1時間半、淀むことなく会話と笑いが続いた。ボクもすごく楽しい夜だった。

竹中直人さんとなんとなくの密会の町だったシモキタが変わってしまう

竹中さんと会うのは、なぜか下北沢が多い。

最近の駅前再開発で無くなってしまった居酒屋の二階。中華料理店の地下。コーヒーがおいしい喫茶店。駅から少し離れた蕎麦屋。

飲み屋から、大勢で深夜のカラオケボックスに行ったこともあった。

酔っ払って、ボクと竹中さんで尾崎紀世彦の「また会う日まで」をデュエットした。

 

ボクが竹中さんと初めて会ったのは、1984年だった。できたばかりの有楽町マリオンの糸井重里さんのイベントで会った。

ボクにも竹中さんにも髪の毛があった。

当時竹中さんは、すでに松田優作やブルース・リーの真似で、一部で熱狂的にウケはじめていた。

でも、会うなり、ボクのデビュー単行本「かっこいいスキヤキ」(泉昌之名義・現在扶桑社文庫)を「あのマンガ、最高です」と真顔で言ってくれた。「かっこいいスキヤキ」が青林堂という零細出版社から出版されたのが'83年だから、出て間もない頃で、それこそまだごくごく一部でしか知られていなかった。

だから、竹中さんはボクの作品の、一番古くからの読者のひとりということになる。

そう考えるとすごくありがたく、頼もしい存在だ。そんなふうに思ったことは一度もなかった。今気づいた。すいません竹中さんありがとう。

竹中さんは「孤独のグルメ」も、テレビでドラマ化される以前から、自ら監督をして映画化したい、言っていてくれた。ボクの他のマンガ作品も。

去年(’17年)、ボクが原作の「野武士のグルメ」(作画・土山しげる)が、NETFLIXでドラマ化された。その主人公を竹中さんが演じてくれた。

長年の夢が叶った一緒の仕事だ。そのことはドラマの完成発表イベントで会った時、二人で喜び合った。

竹中さんもボクも下北ではないが、二人の住まいの中間ぐらいに位置するから、集まる場所になるんだろうか。下北沢は竹中さんとボクの途中街なのだ。

“嫌いじゃない町“というより、けっこういろいろと通ったもんだ

下北沢はけっして、よく行く街ではない。好きな街かと言われると「そうですね、嫌いではないです」という感じだろうか。

でも、考えてみると若い頃から、定期的に行っている。

学生時代は、小田急線沿線に住んでいる友達と、よく飲みに行った。

「陣太鼓(ずんでこ)」という焼き鳥屋でよく飲んだ。

「NOIZE」っていう店もあったな。いい音楽がかかってるカフェ的な店。そこで「明太子のパスタ」を生まれて初めて食べた。

二十代からは、いろんなバンドでライヴもやってきた。

屋根裏。下北沢ロフト。シェルター。404。ろくでもない夜(すごい名前だ)。モナレコード。レテ。他にもいろいろやったけど、忘れたとこや潰れたとこもあるだろう。

屋根裏でライヴした時、3バンド出て、最初にリハで、最後の出番だった。

リハと本番の間が3時間近くあって、メンバーと中華料理の珉亭の二階で餃子で飲み始めた。

気がついたら紹興酒のボトルも空いていて、全員べろんべろんに酔っ払って、そのままステージに出た。何を演奏したかあとで憶えていない。思い出しても恐ろしい。そんなことはその時一度きりだ。若かった。

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松重豊、甲本ヒロト…みんな、バイトでビンボーでした…

話はズレるけど、珉亭では、若き日の松重豊がバイトをしていた。そして同時期にブルーハーツの甲本ヒロトも同店でバイトをしていたんだそうだ。

かたや劇団員、かたやパンクバンド。両者とも明日の見えない貧乏な若者だ。

「孤独のグルメ」が始まってから、松重さんは、甲本さんにどこかで偶然会ったそうだ。そしたら「松重、(「孤独のグルメ」を)観てるよ。珉亭のまかない食ってる姿と、おんなじな!」と笑われたという。なんだかすごくいい話だ。

珉亭の江戸っ子ラーメン。なぜか赤いチャーハン。辣白菜。今でも時々食べたくなる。いや、実際食べる。

二階の座敷の壁には、演劇のポスターと、有名な役者の色紙がいっぱい貼ってある。ここに行くたび「海の家みたいでいいなぁ」と思う。気がつけばこういう店が東京には、無くなった。

 

下北沢は本多劇場に代表されるが、小劇団の街でもある。

スズナリ、駅前劇場での公演のチラシも、数点デザインした。

小劇団との関わりは、早稲田を拠点に活動していた「十月劇場」という劇団に、音楽を頼まれたことから始まった。二十歳ぐらいの時だ。

最初はバンドで演奏だけ。安くてボロボロのスタジオで録音して、本番ではオープンリールのデッキから流された。

いくつかの公演をやるうちに、演奏だけでなく劇中音楽の作曲も頼まれるようになった。

「孤独のグルメ」の音楽作りの原点は、ここにある。

でも下北沢では自分の音楽が芝居で流れた記憶はない。池袋新宿が多かった。

音楽をするようになってから2~3年後に、ポスターやチラシのデザインも頼まれるようになった。小さな印刷所で、版下の作り方を少しづつ覚えた。

WAHAHA本舗がまだできて間もない頃、下北沢の駅前劇場でやった芝居のチラシ(今でいうフライヤー)のデザインもした。

久本雅美が、満員の桟敷席の観客を、無理やり詰めて座らせていた。舞台からのその言い方、やり方が、すごくおかしかった、すでに芝居なのだった。ノリは今と全然変わらない。

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ワハハ本舗1986年下北沢駅前劇場公演チラシ。久住はデザイン、書き文字、彩色を担当。イラスト/なんきん

下北沢には、昔、マンガ家のとり・みきさんが住んでいて、彼の下北沢仲間のSF作家、編集者、書店員などとも、時々下北で飲んだ。どこで飲んだんだったかなぁ。とりさんとボクは、年代が一緒だけど、仕事をしている媒体もマンガの作風も全然違う。でも話すとなぜかいつも楽しかった。

とりさんのマンガ単行本のブックデザインも何冊かしている。パソコンのない時代だ。

ボクはもう基本的に、もうデザインの仕事は、やめた。

そういうことをしていた時代もあったなぁ、という感じで、もはや懐かしい。

仕事歴の途中のデザイン時代。

その後、とりさんは三軒茶屋に越してしまい、なかなか一緒に飲む機会がなくなった。

違う線路に引っ越すと、交友関係や仕事仲間が変わる。

あぁやっぱりボクはゴチャゴチャした町が好きなんだナ

ああ、下北沢の思い出を、ダラダラ行き当たりばったりに書いてしまった。

今月も編集者男女と3人で下北沢を歩いた。

駅前で待ち合わせたが、一番メインの感じだった駅の南口は、最近閉鎖された。

本多劇場やスズナリやロフトのある方に行くには、南西口という新しくできた改札口を利用しなければならない。これが前に比べたらえらい回り道で、ちょっとストレスだ。

小田急線が地下に潜り、地上線路跡が平らになり、隣接したゴチャゴチャした闇市的な飲食店街も、再開発で根こそぎ取り払われた。

竹中直人さんと初めてワインを飲んだ店も、そのゴチャゴチャ街にあった。安くておいしい店だった。竹中さんは、もう有名人だったのに、自ら細い路地を走って駅前に迎えに来てくれた。

 

街には、ゴチャゴチャ街があったほうが絶対楽しい。

吉祥寺のハモニカ横丁、新宿の思い出横丁、渋谷の飲兵衛横丁。

飲み屋だけじゃなく、ペットショップや、雑貨屋、タバコ屋、鮮魚店、模型店、占いの館などいろいろ入ってるとますます楽しい。

地方に行っても、海外に行っても、ボクはひとりでついそういう場所を探してしまう。

 

 あまり下北沢に来たことのない編集者男は、駅から歩いていても終始ぽかんとして、無口だった。ここがどこだか全然わからない、という顔だ。つまりアホヅラである。

演劇をよく見る編集者女は、さすがに何がなくなって、どこがどう変わったのか、見当がつくようだった。それでも、今回、行こうとしている店に行くのに迷った。

下北沢は、小田急線と井の頭線の交差駅で、しかも二本の線は十字形でなく、潰したX形なので、駅を取り巻く道は実に複雑に弧を描いていて、とにかく迷いやすい。

そこが下北沢の魅力なのだが。

 

下北沢も、思えばここ10年ぐらい、ずーっと工事してる気がする駅だ。

いつ行っても工事中。途中。それで、まだまだ途中のようだ。

目指す店「両花」は、ボクもずいぶん前から知っている店だ。うまいものと酒に目がない編集者女も時々利用しているようだった。

でも二人して南西口からたどり着くのに、迷った。

ちょっとだけ大人の店。若い頃は入れなかった。

今回は、暮れだし、忘年会でもないが、ちょっとそういう落ち着いた店で、おいしいものを食べながら静かに飲んで話そうということになった。大人だ。60だもの。

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扉をあけると正面にU字カウンター。左に座敷。どちらも大人っぽく駘蕩とした気分で

予約していったので、席はちゃんとあった。

まずはビールを頼んだ。

編集者女がいつも食べるという「豚肉と白菜のスープ煮」を頼んだ。料理の名前だけですでにうまそうだ。いや、まずいわけがない。でも出てきたものは想像以上においしかった。

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豚肉と白菜のスープ煮。暖まる!これを乾杯前に胃におさめると快調に宴がススムよ!

ボクはスープ煮に弱いようだ。別の店では「鶏とジャガイモのスープ煮」を必ず頼む。

 

ボクのセレクトは「鴨の治部煮」。名前だけで、大人な一品でしょう。これもおいしい。金沢の料理だ。とろみがついていて、わさびを添えるのがおもしろい。ビールもいいが、日本酒にもいいぞ。

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とろ味と山葵でひきたつ鴨の甘さ。治部煮って金沢の名物なんだよネ

編集者男は「ホタテの焼さんが」という一手を打ってきた。いいねいいね。焼きさんがは、さんが焼きとも言う。魚を細かく叩いて味噌などと和えるのが「なめろう」だが、それを焼いたものと言ってもいいだろうか。ホタテのは初めて食べる。「両花」のは三つ葉がのっていて、ナイスだ。

さらに彼は「さつまいも味噌バター」と攻めてきた。しかしその手はどうかな、と思った。が、おいしかった。ボクの負けだ。

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う~ん。ホタテのほんのりとした香り。サツマ芋のバターと合わさった甘みに唸りました

いつしか日本酒に変えて、鯛の刺身と、生うに。贅沢な夜だ。

いろんな話をして、楽しく飲んだんだけど、よく覚えていない。

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見て、このウニの輝き! これはもう、日本酒でいくっきゃないでショ

下北沢のことを、話そう書こうとすると、どうにもまとまらない。

ボクにとって、あまり腰を落ち着ける街ではないのかもしれない。

長いこと、いろんな人と歩いて、飲んで、食べて、話して、演奏した。

両花の心地よい薄暗さに、いろんな下北沢がダイジェスト版のように巡る。

もつ焼きで、さんざん生ビールを飲んだ。

寒い晩に、鯛の骨酒も飲んだ。

妙にうまいレモンサワーも飲んだ。

とびきりおいしく感じる水割りも飲んだ。

それしかない新潟の地酒を飲んだ。

酔っぱらって店にギターを忘れ、後日取りに行ったついでに飲んで、また忘れそうになった。

そう言えば、いろんなカレーを食べた。

カニクイザルのいるジャズ喫茶があった。

ランプシェードから埃の垂れさがるロックバーにも行った。

見覚えのあるミュージシャンのそばで、バーボンソーダを飲んだブルースの店。

何度かDJの真似事もして、夜中に大騒ぎした。

平凡な明るい喫茶店で、2時間も3時間もマンガの原作を書いていたこともあった。

二階の喫茶店で、雨の日にコーヒーをすすって、本を読んでいた。

「蜂屋」という定食屋があり、ラーメンが150円、親子丼が200円というすさまじい安さで、貧乏学生に有名だった。

 

生まれて初めて、四谷のホテルにカンズメになって原稿を書いた時、遊びに来た友達とホテルを抜け出して、タクシーで下北沢に飲みに行った。


そして夜中に、その友達がバイトしていた京風ラーメンの店に忍び込み、冷蔵庫の食べ物を肴に酒を飲んだ。

 

書いていると、たくさんの思い出が出てくるのに、どうもボクの中で、ひとつの下北沢が像を結ばない。

思い出すほどに、下北沢の風景はチラチラして、よく見ようとすると、するすると逃げていく。

そうやって、店はなくなり、線路はなくなり、ゴチャゴチャ街もなくなり、駅の南口もなくなった。

あの店はまだあるのか。あの踏切はあるのか。あの公衆トイレはあるのか。

現実と記憶の境目がどんどん曖昧になっていく。

いつまでも愛着のような親しみが育たない。

 

これからボクは、どういう風に下北沢と付き合っていくのだろう。

茶沢通りでタクシーを拾って帰る時、いつもどこを走っているのか、わからなくなる。

いつもそうやって下北を離れる。

それが下北沢とボクの繋がりの不可解さに、似ている。

 

紹介したお店

両花
〒155-0031 東京都世田谷区北沢2-34-8 北沢KMビル 2F

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※掲載された情報は、取材時点のものであり、変更されている可能性があります。 

 

著者プロフィール

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文・写真・イラスト:久住昌之

漫画家・音楽家。

1958年東京三鷹市出身。'81年、泉晴紀とのコンビ「泉昌之」として漫画誌『ガロ』デビュー。以後、旺盛な漫画執筆・原作、デザイナー、ミュージシャンとしての活動を続ける。主な作品に「かっこいいスキヤキ」(泉昌之名義)、「タキモトの世界」、「孤独のグルメ」(原作/画・谷口ジロー)「花のズボラ飯」他、著書多数。最新刊は『ニッポン線路つたい歩き』。

 

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