一人前まで10年間。目黒の老舗「とんかつ とんき」はなぜ下積み修行の伝統を守るのか

創業は昭和14年の老舗「とんかつ とんき 目黒本店」(東京都目黒区下目黒1-1-2)。今でも行列ができるというこの名店には様々なこだわりがあります。カウンターから見渡すことのできる「さらし」の厨房に、完全分業制で働く職人たち。とんかつとともに歩み続けた約80年の歴史の中で、代々受け継がれてきた職人技や創業者の想いを聞きました。 (目黒のグルメランチ

一人前まで10年間。目黒の老舗「とんかつ とんき」はなぜ下積み修行の伝統を守るのか

 

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とんかつ好きの間にその名をとどろかす、「とんかつ とんき 目黒本店」。開店時間の16時前から、店の前には客がずらりと列をなします。

このお店は職人さんの完全分業制と、今では珍しい10年の下積み修行の伝統を守り続けているということでも有名なんです。

 

大きなのれんをくぐって店内に入ると、目に飛び込んでくるのは、まぶしいほどに磨かれた白木のカウンター。その内側にはかなりの広さを持つ厨房があり、8人の職人が入れ替わり立ち替わりしながら、テキパキと動き回っています。

 

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目が合った職人がニコリとして注文を聞いてくれたので、ロースカツ定食を頼んで席につきました。目の前の厨房はまるでステージで、客席は観客席のよう。 

厨房の左側に立つ職人は、分厚い肉に小麦粉と卵を三度漬けし、ラードで満たされた5つの釜へ次々と投入していきます。160度の油でじっくり揚げること約20分。「頃合い」を測るのはタイマーではなく、音や匂いとのこと。黄金色になったカツを引き上げると、すばやく包丁でタテヨコに切り分けていきます。

 

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 その後キャベツやトマトの乗った皿に盛り付け、ご飯や豚汁と共に客席へ。数々の職人の手を経た定食がようやく自分の前に置かれた瞬間は、喜びもひとしおです。

きめ細かなパン粉が、分厚い肉をみっしりと包み込んだロースカツ。一口サイズに切られたカツを口に入れると、衣はサクッと軽やか。肉質は弾力があって柔らかく、脂が全体的に回って、しっとりしています。

 

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 「全然油っぽくない。ロースなのに」と呟くと、「うちのカツは夜中に食べても胃もたれしないんですよ」と、微笑むのは、三代目店主の吉原出日(よしはら・いずひ)さん。確かにいくらでも食べられそうな気がします。客席を見渡すと、80歳に手が届きそうなおじいちゃんも、幸せそうにカツを頬張っていました。

皿の上にキャベツがなくなったり、ご飯や豚汁の残りが少なくなったりすると、たちまち駆け寄って「おかわりはいかがですか?」と声をかけてくれる職人さん。

好きなだけ食べることのできるキャベツとご飯はもちろんのこと、一度だけおかわりできるという脂の溶け込んだ豚汁がまた罪作りな味。角切りサイズの大きな豚肉が入ったそれは豚汁とご飯だけでエンドレスで楽しめるほど。カロリーという野暮な概念は吹き飛び、おかわりせずにはいられなくなってしまいます。

 

池波正太郎さんも愛した風景が今もここに

 

『とんき』が目黒で創業したのは昭和14年。目黒駅西口にあった旧店舗には、文豪の池波正太郎さんもよく通ったそうです。彼の著書『食卓の情景』では、とんきについて「以前と少しも変わらぬ味と気分を損なわぬ」と前置きして、こう語っています。

「とんきの主人は人間と人間社会というものに、何か一つ、動かすべからず信念を持っているにちがいない。店員たちも、そしていつも大入り満員の客たちも。主人の思うままにうごき、たのしく、みちたりたおもいになるのである。実にふしぎな……。いや、私にとっては、ふしぎでならない店なのである」

昭和40年代によく訪れていたという彼の描写したそのままの情景が、今もこの店で目にすることができます。今回は、創業者のお孫さんにあたる吉原さんに、「とんき」で長年受け継がれてきたこだわりや、職人技についてインタビューしました。

 

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厨房は完全分業制! 最高峰のポジションは?

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──とんきと言えばカウンターから見渡すことのできる「さらし」の厨房が特長ですが、今の場所に移転する前も同じようなレイアウトだったんですか。

 

目黒駅前の旧店舗のときから、木のカウンターを使って、厨房が見えるようにしていました。公正明大で、お客様に何も隠すところがないという心の表れですし、作る工程も見て楽しんでもらいたいという初代の意向です。

 

──それぞれ調理場での役割が決まっているようですが、職人の中にも序列があるんですか?

 

勤務年数によって、任されるポジションがある程度決まっています。

まずは裏方からスタートです。

 

──最初から表舞台に立てるわけではないんですね。

 

そうです。最初は裏方で洗い物をしたり、ガス火釜で炊いたご飯をおひつに入れて表に持っていったりする係ですね。厨房に出るまでに、ひと通りの作業ができるようになっているので、だいたい10年くらいかかりますね。

 

──10年もかかるんですね…。

 

もちろん人によって違いますけどね。そして、厨房に出られるようになったら、最初はお運びを任されます。カツや豚汁、ごはん等をセットして客席に運ぶホール係ですね。

その後は衣を3回つけて油に入れるポジションです。

 

──あれにもコツがいるんですか?

 

そうですよ。衣付けは、適当にやっていたら20分後には穴だらけになってしまいます。3層の衣が壊れないよう、細かく砕いたパン粉をフワッとまとわせるのがコツです。衣をうっかり2層にして揚げるとバリッと固い歯ごたえになるし、逆につけすぎるとモサモサと野暮ったい感じになってしまうんですよ。

 

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──何気なくやっているように見えて奥が深いんですね。

 

そのあとはカツ切りです。中央でカツを切るポジションが最高峰で、厨房では一番の花形です。今まで社長(2代目)が担当していましたが、今は実質引退して、僕や他の職人が日替わりで担当しています。

 

──ちなみにアレ……熱くないんですか?

 

熱いですよ(笑)。数秒触るとたちまち水ぶくれが出来るので、火傷する前にサッと切り分けるのにコツが必要なんです。「とんき」では昔からカツを縦横に切っています。

理由はハッキリしないけど、たぶん小さなお子様からご年配の方まで食べやすくするためだと思いますね。だからお客さんによって、切るサイズは微妙に変えています。

 

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──盛り付けるときに、カツにソースを少しつけるのもとんき流でしょうか。

 

そうなんです。揚げたてのカツにソースをチョンとつけると、香りがフワッと立って、食欲がそそられるんですよ。ソースには秘伝のレシピがあり、社長の家で手作りしています。「のれん分け」をした人しか教えてもらえないので、従業員のほとんどが作り方を知りません。

 

──「とんき」の中でも秘中の秘なんですね。

 

そうなんです。ぼくも知りません(笑)。今厨房にいる人は誰も知らないんじゃないかな。ちなみに、2階席のお客様の皿にはソースをつけないので、醤油や塩で食べたいという方は2階を選ぶ方が多いんですよ。うちはソースも売りなのですが、好きな味で食べてもらうのが一番だと思うので。

 

「とんき」から正式にのれん分けした店はどこ?

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──花形のポジションである「カツ切り」にたどり着くまでに何年くらいかかるんですか?

 

最短で7~8年です。うちでは、『10年やったらのれん分けしてもいい』という決まりがあるので、10年やれば一通りのことはできるという認識です。表に出る人間は一通りの作業ができるようになっている人だけです。誰かが忙しい時に手伝えるようにはしていますね。

 

──そういえば、「とんき」って日本全国にありますよね。あれは全部系列店なんですか?

ありふれた名前なので、たまたま店名が被っている店もあるんです。

うちから正式にのれんわけしているのは、東京だと高円寺店」「駒込店」「国分寺店」「三軒茶屋店」の4店舗。東京都以外だと、新潟店」「新発田店」「牛久店」の3店舗ですね。

 

──その総本山がこの目黒本店ですけど、吉原さんは幼い頃から「とんきを継ぐ」と決めていたのですか?

 

いえ、僕はもともと消防士になりたかったんです。結局は全然違う企業に入ったのですが、あるとき2代目から「いい年なんだから、店をやらないか?」と声をかけられて、しぶしぶ店に入ったんです(笑)。「食べるのが本当に好きだったので、自分がお腹空かせているときに、人に食べ物を提供する仕事なんてできるかな」と思っていたんですけど。

 

──目の前においしいものがあるのに、食べられないというのはつらいですよね。

 

そうなんです。当時肥満体で90㎏くらいあったのですが、働き始めてすぐに15、16㎏落ちたんです。本当にきつくて。「とんきダイエット」と呼んでいます(笑)。

 

──そんなにきつかったのに、何が働くモチベーションになったんですか。

 

厨房の裏からトンカツを食べるお客様の顔をのぞき見たり、常連さんと言葉を交わしたりするうちに楽しくなってきたんです。初めて『おいしかったよ』と言われたときのことは本当にうれしくて。今でもはっきり覚えています。もちろん今でもうれしいですけどね。

 

あえて「職人的な働き方」をすることで得られるものとは?

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──吉原さんは、厨房の中央でカツを切っていますから、「とんき」ではベテランの領域ですよね?

 

いえいえ、僕は働きはじめて14、15年目ですから、この店では若輩者です。2代目社長は60年間やりつづけていますし、30、40年この店で働いている先輩もいますから、まだまだ修行中なんですよ。

 

──下積みの期間が長いんですね。時代とともに「職人」や「修行」に対して否定的な意見もありますが…

 

みなさんがそう言いたくなる気持ちはわかります。実際、うちも若手が続かないことも多いですし。ただ否定することばかりでもないと思うんです。

 

──というのは?

 

職人というのは基本的に毎日同じことを繰り返すわけですよね。それはいっけん非効率的に見えるのですが、その中で自分で工夫して、今よりうまくできるように繰り返していくと、新しいことが見えてくると思うんです。 

当然、ただ漫然と仕事をしていると、目の前の仕事を覚えるだけで終わってしまいます。ただ先輩のやりかたを見て「どうしてこうなんだろう?」と自分から主体的になることで、見えてくるものは変わるのかなと。

 そういう意味では職人的な作業は「気持ちの基礎」を作るのにとても大切なことだと思います。

 

──「気持ちの基礎」。

 

たとえば掃除にしたって、1日サボれば1日分汚れるでしょう? でもその遅れを翌日取り返すことは難しいんですよ。それって自分の店を持つ上で、基本的なことで。それは接客も料理もある意味では同じ。いっけん当たり前に見えることを愚直に繰り返した上で、新たなステージに行くわけです。

うちは10年働くと正式に暖簾分けということを認めています。ただそれは10年くらいうちで働いて欲しいという気持ちもあるので、必ずしも10年経たないと一人前ではないという考えではない。何事もコツをつかむことが大切で、そのためには主体的に学んでいく姿勢が大事なんだと思います。

「自分のところは終わったので、こっちもやらせてください!」という気概がある子にはどんどん新しいことをやってもらいますし、うちでも、3年くらいでコツを掴んで独立し、別の店名を掲げて成功している職人もいますよ。 

もちろんうちの店では全て教育をきちんと行いますけど多くの職人さんが口にする「目で盗め」「背中を見て覚えろ」という言葉には、与えられたことをこなすだけではなく、主体的に学んでいってほしいという意味もあるんだと思いますね。

 

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──そうした積み重ねが「とんかつ とんき」を作り上げているということですね。

 

はい。とんきが創業以来大切にしてきたのは、掃除と従業員とお客さんの3つ。もちろんとんかつも大事なんですけど(笑)。

 

掃除を徹底するのは初代の社長のときからの教えですし、平均年齢も高くなってきた中で、何十年も体力的につらいはずの仕事を続けてくれる従業員たちも大切にしたい。のれんを上げる時間や、とんかつを揚げ始める時間をきちんと決めているのは、イレギュラーの対応で彼らの負担を増やさないためです。

そして何より、店の歴史を一緒に歩んでくれるお客さん。

僕らとともに年を重ねて、お子さん、お孫さんを連れてきて、かれこれ5世代で来てくれる方もいます。昔からの常連さんから、「あんた、まだいるの?」とからかわれたりね。 

だから、もちろん常連さんは大事だし、「老舗だから、敷居が高いかも」と考える方もいるかもしれませんが、僕らはあくまで普通の定食屋。一度来てくれた方はできる限り覚えているようにしますし、新しいお客さまが常連さんになって、とんきをともに作り上げてくれたらいいなと思っています。

 

photo:横尾涼

 

 

書いた人

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三原 明日香

飲食店関係の取材を中心にしているライターです。

料理は食べるのも作るのも大好き。『みをつくし料理帖』や『アンと青春』など食べ物が出てくる小説も好きで、いつか自分でも書きたいと思っています。

 

 

 

 

 

                             
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