東京・中目黒にある「FORRESTER」。
“Spice of music” “Spice of Life”をコンセプトに掲げるこのお店では、伝説のカレー屋と呼ばれる原宿「GHEE」の系譜を継ぐカレーを食べることができます。
カレーだけではなく、スパイスをテーマに集められた世界中の料理はどれも魅力的。ジャマイカのジャークチキンや、コブサラダなど、どの料理にも豊富なスパイスが散りばめられており、スパイス文化の一端を垣間見ることができるんです。
料理だけでも楽しめるのですが、忘れてはいけないのが100種類以上の品揃えを誇る「クラフトジン」。
クラフトジンとは、ハーブやスパイスなどを用いて、作り手が様々なアレンジを加えた蒸留酒「ジン」のこと。
素材に細かな規定がないため、生産者の個性が強く出るのが特徴です。ベーシックな辛口のジンから、果実の風味がメインの甘口のもの、そして草原のような香りのするものまで。それぞれのこだわりが生み出すクラフトジンは味のバリエーションが驚くほど豊かなんです。
店主の小山匡志(こやま・きょうし)さん自らセレクトしてくれるクラフトジンを数種類飲めば、味覚の領域を広げられていくような感覚に。
「店全体がひとつの作品」になるように日々心がけているという小山さん。
彼はこのお店で得ることができる経験が人生のスパイスになればということを心がけていると言います。
そんな小山さんにスパイスやクラフトジンの魅力、自身のお店「FORRESTER」の魅力について語っていただきました。
クラフトジンは「飲む香水」
──クラフトジンを飲んだのは今回が初めてだったのですが、その感覚は衝撃的なものでした。
美味しい・不味いとかではなくて、オシャレな味って感じですよね。僕は「飲む香水」みたいだなと思っています。
ジンはボトルもかわいいし、味もすごくバラエティに富んだものがどんどん作られているんです。
──確かにそのような印象を受けました。クラフトジンの持つ奥行きの広さには何か理由があるのでしょうか?
ジンというお酒にはルールがほとんどないんです。ジュニパーベリー(ネズの実)が入っていて、アルコール度数が37.5%以上であればいい。だから作り手が好きなように遊べるんですよ。
基本的にはボタニカル(ハーブや果物の皮、スパイスなど草根木皮)と呼ばれる植物性のもので香りをつけるのですが、フレーバーとして牡蠣の殻を使用したものもありますね。ジンはオランダ発祥のものなのですが、日本のメーカーが作っているものも結構たくさんあるんですよ。
──日本産のジンというのは意外です。
もともとお酒を作るノウハウのあるメーカーが頑張っているんですよね。山椒、ヒノキ、桜など日本固有のボタニカルを使っているから面白いですよ。木の皮や花、木の実を入れたりして、様々な香りの中でバランスを取るんですよ。そのうちの一つがスパイスです。懐の深さという意味では、ジンは作品として、すごく面白みのある題材だと思います。
──作品、ですか。
だと思うんですよね。最初にレシピを考案したり、季節ごとにバリエーションを考えたりするのは作品づくりとすごく似てるんじゃないかと思います。そこは料理も同じですね。
──その辺りがジンに惹かれた理由なのでしょうか?
そうですね。初めはお店で使うために揃えていたのですが、どんどんとハマってしまって。今では100種類以上あります。いろんな味があって面白いんですよ。もうある種、趣味の領域ですよね。そのせいか、お客さまも「面白いジン見つけてきたよ!」と持ってきてくれたりもします。
──仕入れが大変そうですね。
お店を始めたばかりの頃は海外で仕入れていたのですが、今はネットで仕入れているので。
──ネットでわかるんですか...!
材料を見れば味は想像できるんですよ。だんだん慣れてくる。あとはジャケットと金額と勘ですよね。でも見た目は重要。お店に飾りたくなるものしか買わないようにしてますね。
──想像を裏切られることもあるのでは?
1〜2割くらいはあります。味のイメージは合っているし、美味しいのだけど、ちょっとパンチが弱いもの。はじめてジンを飲んだ人が、驚いてしまうような個性的な味のものを仕入れたいと思ってるんですよね。
受け継がれる”GHEE”の系譜
──お店を始められたきっかけというのは?
もともとはバーテンダーをしていたのですが、今の若い人がバーにあまり行かなくなっている印象があったんですね。
僕ら、40歳前後はいわゆる「背伸びの世代」。バーのような緊張を強いられるような場所にあえて行くのが一人前の男というところがありました。ただ今の若い人はあんまり無理しない気がするんですよ。
だからバーではない店を考えたときに、カレーだなと。
──カレー。
はい。もともと原宿にあった「GHEE」というカレー屋によく通っていて、お店を作るときにふと思い出したんです。そこから数ヶ月お手伝いさせていただいて。
「GHEE」の面白いところは、カレー屋としてもすごいのですが、それ以上にいろんな人が集まることなんですよね。作家やミュージシャンが集うサロンのようなお店。背景にカルチャーがあるんです。だから「FORRESTER」もそこを継承したお店にしたいなとは思っています。
──ではスパイスというテーマはカレーから始まったんですね。
そうですね。お店に統一性を持たせるためにスパイスというキーワードに決めました。スパイスというくくりであれば、ひとつの国に縛られなくていい。
ジャークチキンならジャマイカだし、麻婆豆腐だったら中国。日本でも七味や山椒、と大体の国でスパイスは使うので、飽きなくていいなと。だからお酒はジンにしようと決めました。
──クラフトジンはメニューに細かい記載がありませんね。
うちではお客さまがどういう味を飲みたいか、を聞いて、こちらでセレクトする形をとっています。初めてクラフトジンを飲まれるお客さまもいらっしゃると思うのですが、最初は味の微妙な違いがわからないと思うんです。
飲み慣れていくうちに、その感覚はだんだん身についていくもの。だから違いがわかりやすいものを、いくつか出した方が味の違いを楽しめるし、ジンが好きになるきっかけにつながるのかなと。
──提供されるジンに関する説明をしてもらえるのも、また面白い経験でした。
背景を知ることでイメージが広がるので、お客さまの体験として豊かなものになると思うんですよ。一番最高なのは、料理を作っているのを目の前で見て、その場で説明されながら、食べてもらうこと。
オペレーション的に難しいことも多いですが、できる限りそこに近づけられるようなパフォーマンスを目指しています。
──背景を知る?
食べるという行為をそれだけで完結させてしまうのは、もったいないと思うんですよね。場所もそうだし、提供の仕方、またストーリーを知ることでとても豊かになると思うんです。
例えば服を買うときに、綺麗に製品をディスプレイしてある店で丁寧な接客を受けると、値段が高くても満足して帰ることができる。逆にどんなに安くても、その辺りが雑だとげんなりしてしまうような気がするんです。そこは飲食店も同じだと思っています。
求めるのはお店という「作品」
──お客さんに対するホスピタリティがすごいですね。
そうかもしれないですね。ただ僕は、ホスピタリティという言葉があまり好きではなくて。一言でまとめると簡単なんですけど、人間の数だけストーリーがあるじゃないですか。すべて同じようにサービスしてたら、それは「ホスピタリティ」ではなく「マニュアル」になっちゃうんですよ。
本当のもてなしや気遣いというのは、相手に対する自分の知っている限りの情報を駆使して、察して提案していくかということだと思うんです。
──なるほど。
「最高のもてなし」って、こちらの気遣いをお客さまに意識させることなく、「良かったな」と思わせることだと思うんです。
最初から最後まで何事もなく物事を進めるのはとても大変なこと。ただ、そこに気づかせないのが本当は一番クールなんですよね。
──気づかせないことが最大のもてなし。
はい。「なんとなくいい」が一番いいと思うんですよね。お茶の世界とかもそうだと思うんですよ。飾ってる花にはこだわるけど、意味に気づかなくても美しい。
気づいたらそれはそれで楽しいという。だから、お酒のビンの並びや店内の音楽もそんな形で遊んでいます。
──遊ぶというのは?
そうですね。音楽は好きなんですけど、そこにこだわるつもりはなくて。
少し年配の人が来たら、その年代の曲をかけてみる。リズムをとってる人に音を合わせてみる。忙しい時は難しいですけど、ちょっとした仕掛けをして遊ぶというところはあります。
──あらゆるところに気を使われているのですね。
お店自体が全体で一つの作品になるように心がけてる部分はありますね。味だけでなく、空間、音楽、接客そして店にある小物。全てを自分ができる限りいいレベルで提供したいなと強く思っています。でも何十年やってても、完璧にできることなんてほとんどないです。そういう意味では、日々の営業はライブに近いなと思っています。
──ライブですか。
はい。毎日来るお客さまも違うし、自分の体調も変わる。料理だって、全く同じ味になることなんてないと思うんです。
そうした中で、いかにその日の最高のパフォーマンスを出せるかという点では演劇や音楽と似ているんじゃないかなと思っています。
──なるほど。すべてのものがスパイスになると。
はい。お店のコンセプトである「Spice of Life」というのは、人生のスパイスという意味です。
堅苦しいことは考えずに、食べにきてもいいですし、飲みにきてもいい。
みなが日々を生活をしていく中で、このお店で体験したものがちょっとしたスパイスになれればいいなと思っていますし、訪れたお客さまひとりひとりがこの店のスパイスになっていると思うんです。
photo:藤原 慶
書いた人
しんたく
編集者・ライター。Huuuu所属。現在は東京と長野を行ったり来たり。気がつくと青い服ばかり買っているけど、広島東洋カープがすき。
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