「定職に就けば全てうまくいく」と思っていた。ところがどうだろう。就職したのにこの辛すぎる現実は。確かに月給をいただくようになり経済面では安定した。その一方で妻や家族の僕への評価が上がることはなく精神面では追い詰められている状況は変わっていない。なぜ8ヶ月間も失業状態にあったのか、働きたくなかっただけではないのか、家族への負担を考えなかったのか、今でも時々、詰問される。
おかしい。なぜ、このようなまがまがしい災厄が僕の身にふりかかってくるのか。各種募金活動。海岸清掃。保護犬イベントへの参加。善業を重ねている僕自身に粗相はないはず。僕に問題がないとするならば、住んでいるエリアに怨念が渦巻いていると考えるしかない。そう思った僕は鎮魂の旅に出ることにした。とはいえ。自宅近辺を鎮魂しているとコンプライアンスに反するというか、ご近所様から白い目で見られる可能性があるので、自宅からいい距離感にあるかつての古戦場に足を運ぶことにした。具体的にいうと小田原である。
「信長の野望・武将風雲録」で培った僕の歴史観によれば、小田原は北条氏の本拠であり、豊臣秀吉に攻められて落城している。400年ほど時が流れても武士たちの怨念は残っているだろう。鎮魂の旅にぴったりではないか。僕は小田原アッピールが凄まじい小田原駅改札口から南側に抜けて小田原城に向かった。
小田原城に本格的に入城したのは、約32~33年ぶりになるのではないか。本格的入城と記述したのは営業活動中に腹痛を覚え小田原城公園のトイレを拝借した黒歴史があるからである。
小田原城への緩い坂道を登りながら、僕はあの頃の僕に戻っていた。ゾウのいる動物園があった。かっこいいゴーカートが走り、コーヒーカップが回る遊園地があった。父と弟と3人でミニ鉄道に乗って、それを不慣れな手つきでカメラにおさめる母の姿。それから数年で父が亡くなり消えてしまった時間。セピア色の思い出。感傷的になりすぎて、鎮魂がおろそかになってしまいそうだったが、あの思い出の遊園地を見に行きたい、という気持ちには逆らえなかった。
知らない武士より家族を選ぶのが平均的な人間の選択だろう。片手間で鎮魂をするような軟弱センチメンタル中年男を嘲笑うように猫が睨んでいた。
平日の午後。遊園地はまだそこにあった。記憶では東京ドームくらいの敷地面積であったけれども、少子高齢化の影響だろうか、随分とダウンサイジングされていた。寒空の下、ジャンパー姿でゴーカート場に涙ぐむ中年、つまり僕を係員のおじさんが見つめていた。
コーヒーカップは老朽化で停止していた。ミニ鉄道に乗ろうとする幼い女の子とその母親らしき女性がいた。ああ、あの人たちが搭乗すればミニ鉄道は運行を開始するのだろう、30数年ぶりにあの汽笛と踏切音が聞けるのだ…とまたまたおセンチな気持ちになった。ふきすさぶ風のなか、幼女を真剣なまなざしで見つめるジャンパー姿の中年男、つまり僕のことを係員のおじさんが監視していた。
僕は、あッ、と何かを思い出したような演技をしてからその場を離れ、正義の一市民の視線を避けながら、お城に向かう坂に上がる途中からミニ鉄道が走る様子を眺めた。
動物園はあったが、ゾウはいなくなっていた。売店のおばちゃんに聞くと数年前に亡くなったらしい。猿を眺めながら、なんだか悲しいゾウと呟いた。真冬。平日の午後。お城の公園。という好条件だからだろうか、観光客、趣味ランニングの人、老夫婦、犬の散歩マンといろいろな人がいた。誰もが片手缶ビールで所在なく「ああ…」とか「なくなったんだ…」と溜息をつく、ジャンパー姿の中年、つまり僕のことを不審の眼差しで見つめていた。僕はリニューアルされた小田原城に向かって鎮魂の祈りを捧げてから公園を後にしたのだった。
お堀に沿って小田原駅方面へ歩く。歩こうとした。現実は非情で、運動不足ゆえに少々散歩をしただけで腹が減って動けなくなってしまった。目的のお店までの数百メートルが苦行だった。鎮魂の祈りは届かなったのか。それとも鎮魂の効力が出てくるまでに少々の時間がかかるものなのか、鎮魂ビギナーの僕にはわからなかった。ヘロヘロになってお店に辿り着いた。主張のある外観であった。海鮮丼専門店。
こちらの「海鮮丼屋 小田原 海舟」で僕は絶品の海鮮ランチを食して鎮魂の疲れをいやすのである。「地魚3種・ゴマ和え・なめろう丼」をオーダー。通常、僕はその店のもっともポピュラーなメニューをオーダーするようにしている。海舟さんではおそらく「地魚3種盛り丼」がそれに該当するのだろう。しかし僕がオーダーしたのは「地魚3種・ゴマ和え・なめろう丼」。その理由は、様々な食材を食すことが当地の経済および鎮魂につながるのではないか、という熱い思いが僕にあったこと、そして、僕の近くに座っていた関西弁の観光客6人組が全員「地魚3種盛り丼」をオーダーしており、その直後に同じものを頼んだら、いかにもミーハーな感じ、豊臣勢に屈した感じが体内に充満したからである。
このような相当の理由により地魚3種・ゴマ和え・なめろう丼をセレクトしたのだ。ついでにあおさ味噌汁も。自分の信念が揺らいだわけではない。店内のポップによれば、3種のお魚はその日の仕入により変わるそうである。当日は、メジロ、ヒラソウダカツオ、シイラであった。いろいろ海鮮丼を食べてきたけれどゴマ和えとなめろうがセットになった丼は希少なのではないだろうか。
食材は相模湾であげたものにこだわっているそうで、お魚はどれもプリプリで美味しく、ゴマ和えとなめろうが、それぞれ単体でも美味しい。さらにお魚とゴマ和え、なめろうとローテーションすることによっていろいろな味が楽しめる。そんな絶品の丼でありました。もちろんあおさの味噌汁も最高でございました。大磯であがった生しらすもあるそうなので、次回は挑戦してみたい。
夕方遅くに帰宅して、妻に鎮魂の小旅行について話した。「海鮮丼が美味しかった」「ミニ鉄道乗ろうとしたけれどコンプライアンス的にアウトな気がしてヤメておいた」「小田原城リニューアルしてた」等々。妻は終始無言で特別なリアクションはなかった。きっとまだ鎮魂が足りていないのだろう。ではまた。
今回紹介したお店
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書いてるサラリーマン
フミコフミオ
海辺の町でロックンロールを叫ぶ不惑の会社員です(再就職しました)。90年代末からWeb日記で恥を綴り続けて15年、現在の主戦場ははてなブログ。最近は諸行無常を嘆く日々。更新はおっさんの不整脈並みに不定期。でも、それがロックってもんだろう?ピース!
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