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30年ぶりに食べた醤油ラーメンはあの夏へのタイムマシンだった 【フミコフミオの夫婦前菜第12回】

月イチ連載「フミコフミオの夫婦前菜」です。鎌倉駅前小町通りにある創業45年の老舗ラーメン屋に足を運んだのはなんと30年ぶり。思い出よりもずっと狭かった店内で久しぶりに食べるラーメンの味は果たして……というフミコフミオさんによる食レポです。(鎌倉のグルメランチ

30年ぶりに食べた醤油ラーメンはあの夏へのタイムマシンだった 【フミコフミオの夫婦前菜第12回】

フミコフミオ グルメレポ 鎌倉 ランチ

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鎌倉駅前小町通りにある老舗ラーメン屋「ひら乃」を訪れるのは小学6年生以来、実に30年ぶりのことだ。懐かしいはずだが流れてしまった時間の長さのせいだろうか、どうしても味が思い出せない。あの頃、鎌倉駅前にはまだ映画館があって、祖父に連れられて映画を観てはラーメン屋に寄って将棋の感想戦めいたことをしていた。「あれは面白い」「ここがダメだった」というふうに。小生意気なガキだ。

 

昨今のラーメンブームの到来するずっと昔、まだ個人経営の飲食店の多かった時だ。鎌倉駅前のラーメン屋といえばきまって御成通りにあった「まりも」か、小町通りにあった「ひら乃」。そこが僕らの映画感想戦の会場だった。

 

子供の頃観た映画のほとんどは忘れてしまったけれど、一本だけ強く印象に残っている映画がある。『ウルトラマン』だ。トラウマというわけではないがとにかく暗くて楽しめなかった映画だったと記憶している(最近調べたら昭和54年の名匠実相寺昭雄監督作品で驚いた)。

 

名匠だかなんだか知らないが、子供の僕にはその「ウルトラマン」がとにかくつまらなくてラーメンを啜りながら祖父に文句を言い続けた記憶がある。そのラーメン屋が「ひら乃」だ。「ひら乃」は「まりも」に比べると長居しづらい雰囲気に満ち満ちていて、面倒くさがりの祖父は面倒くさそうなときには決まって「ひら乃」を選んでいたように思える。そして祖父は「ひら乃」を訪れるたびに、出入りするのがやっとの狭い店内と自宅の風呂場とどちらが広いか本気で比べては会計のときに「ありがとう。美味しかった」と言っていた。

 

そんな「ひら乃」を訪れるのは30年ぶり。油断していると素通りしてしまう控え目で洒落っ気のない店先は30年前となんら変わらない。英語表記と番組に紹介されました的な貼り紙だけが時の流れを感じさせる。ヒラノイズスモールストラーメンジョイントインジャパン。超かっけえ。英語で「マスターは英語が得意ではないけれども日本語は得意だよ」とも書いてある。安易にグローバルとか言ってしまう意識が高い人に言ってみたい言葉ナンバーワンだ。

 

ただ、店内は僕の記憶していたよりもずっと狭かった。僕が大人になったからだろう。狭すぎて写真におさめるのに難儀してしまう。その狭いカウンター席だけの店内は平日の夕方というのに満席。僕の記憶と異なるのは観光で訪れたと思しき若い女性グループがいた。そしてなぜ平日の昼間に取材をしているのかといえば僕は今仕事を休んでいるから。ちなみに僕のかわりに妻が働いている。これではまるで夫婦善哉ではないか、織田作之助ではないか、と軽く絶望する。

 

一番に入り口に近い席に座る。右側にあるドアが開くだけでスリリング。僕の左隣にのはラーメン(大盛)を常態的に食しておられると推定出来る体躯をした青年で夏らしくお互いに半袖、素肌の肘どおしが時折くっついてしまうのが気になって仕方なかった。「すんません」「(会釈)」。

 

定番のラーメン(醤油)を食す。定番を食べるのが通なのよ。ラーメン(醤油)は子供の頃食べたときそのままの味で、口に入れた瞬間に、まるで昭和の街が目の前に広がっていくような感慨を覚えました…と綺麗な嘘を言いたいところだが、30年という月日はあまりにも長すぎて昔の味など覚えているわけがなかった。

 

それでも「ひら乃」の醤油ラーメンは、たとえば映画『三丁目の夕日』に描かれた街並みが懐かしい昭和のそれと自然に受け入れてしまうような、これが昭和の醤油ラーメンなんだなと想わせる優しい味だった。隣席の汗ばんだ肘が当たる。「すんません」「(会釈)」。なぜ僕が謝らなければならないのかわからない。シンプルイズベストを体現するかのごとき醤油ラーメン。トッピングはもやし、ネギ、チャーシュー。酒飲みにも嬉しい味だ。

 

祖父が自宅の風呂場と比較した狭い店内を見回してみる。さすがに風呂場よりは広い。とはいえ出入りには日本的なおもてなしのココロが必要だ。それくらいの広さ。家系をはじめとした濃いとんこつ醤油ラーメンに慣れてしまうとかえってあっさりしている東京ラーメンな醤油味は、新鮮で美味だった。

 

帰り際「30年ぶりに食べに来ましたよ」と言うとマスターは「せめて2~3年ごとに来てくださいよ」と笑って返してきた。マスターの言葉からは30年に一回程度のラーメンじゃないぞという自負が垣間見えた。40年以上営業してきたというのは1日1日の積み重ねで、そういうのを安易に老舗や伝統という言葉であらわしてはいけないと僕は思う。

 

この30年でいろいろ変わってしまった。祖父も逝ったし、駅前の映画館も御成通りの「まりも」も無くなって久しい。「ひら乃」のラーメンはちょっとしたタイムマシンだ。食べるだけで今はもういないものたちを思い出せる。食べ物ってそういう機能が備わっている気がしてならない。そういえば「ひら乃」と自宅の風呂場を比較していた祖父はバリアフリー対応に改修した風呂に一度だけ入ってから逝った。

 

100歳まで元気に歩き回っていた祖父は倒れてから本人も驚くほどのスピードで弱ってしまった。新しくなった自宅の風呂と「ひら乃」がどちらが大きいか比べたかっただろう。そして「ありがとう。美味しかった」と祖父はひら乃でまだ何度も言いたかったにちがいない。古い町並みは、いつまでも当たり前のようにそこにあると勘違いしてしまいがちだ。そんなことはありえない。そんなことをマスターの言葉に感じた僕なのである。そして僕は祖父の分も含めて「ありがとう。美味しかった」と言って店を出た。鎌倉を訪れた際は「ひら乃」の狭さと懐かしい味を体感してもらいたい。

 

 

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小町通りの鳥居。神様への近道を書いてあるのが罰当たりな感じがする。

 

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人気者のあいつがなぜか鎌倉に。

 

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注意していないと見落としてしまう控えめな店舗。

 

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昭和テイストが溢れる店先。

 

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英語表記、ここだけは時代の流れを感じてしまう。マスターは英語が苦手だけど日本語はイケるよ!

 

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撮影するのに難儀するほどの狭い店内。

 

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狭いのも愛嬌。

 

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シンプルイズベストを体現する醤油ラーメン。ザ・昭和。

 

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あっさりと優しい味なのでつるつる食べられる。

 

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「おかげさまで四十五年」!

 

今回のお店

 

書いている人

フミコフミオ

海辺の町でロックンロールを叫ぶ不惑の会社員です。90年代末からWeb日記で恥を綴り続けて15年、現在の主戦場ははてなブログ。内容はナッシング、更新はおっさんの不整脈並みに不定期。でも、それがロックってもんだろう?ピース!

 ブログ「Everything you've ever Dreamed」:http://delete-all.hatenablog.com/

ツイッター:https://twitter.com/Delete_All

                             
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