忘れられない痛恨の誤審……W杯を経験した副審・相樂亨が試合後に意を決してとった行動とは

有名サッカー関係者にさまざまなエピソードを伺うこのインタビューシリーズ。今回は副審として3回のW杯出場経験を持つ相樂亨さんにご登場いただきました。主審ではなく副審を目指した経緯、副審という仕事の難しさ、国際審判員としての経験、忘れられない誤審のエピソードなど、選手や監督とはまた違った角度から、貴重なエピソードを一気に語っていただきました。。 (天神のグルメランチ

忘れられない痛恨の誤審……W杯を経験した副審・相樂亨が試合後に意を決してとった行動とは

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2018年、1人の名審判が国際審判員を退いた

2010年南アフリカ、2014年ブラジル、2018年ロシア

3回のワールドカップに参加したが一度も笛は吹かなかった

なぜなら、相樂亨は副審だから

 

ピッチの中を自由に動き回れる主審と違い

ハーフコートのタッチライン沿いを何往復もする副審は

どんな選手とも違う風景を見ている

主審にすら理解されていないこともある

 

副審が旗を上げないとき何を考えているか

忘れられない判定は何か

今後副審はどのような役を担っていくのか

独特の世界をゆっくりと語ってもらった

 

副審という職業の難しさとは

今、Jリーグで副審が旗を上げたときは、96パーセントの正確さなんですよ。2年ぐらい前から副審担当のインストラクターの方が、フラッグアップしたものについては全部数えてるんです。「コミュニケーション・システム」で審判はみんなマイクを付けて確認し合ってますから、精度は上がったと思いますね。

 

ただその間違えた残り4パーセントで試合が決まるのが怖いんです。審判というのは96点で合格という仕事じゃないんで。勝ったとか負けたとかになると、その4パーセントが重要なんです。

 

だから副審の役割も非常に重要だと思います。ただ副審って、主審と違って試合中にいなければいけない場所が決まってるんです。それが難しい。

 

まず最終ラインをキープしなければいけません。基本的には、そこで主審と違う見方をしなければならないんです。

 

オフサイドだと蹴る人と受ける人を同時に見なければいけない。それは主審も同じなんですけど、主審は好きなところにいていいんです。ところが副審はいる場所が決まっているので、そこで見なければいけないと、1つ制限が入るんです。そのぶん見にくいんですね。最終ラインをキープしなきゃいけないので、見やすいところに移動はできないんです。

 

オフサイドだと、自分から見て「ナロウ」、パスの出し手と、自分と、パスの受け手が狭い角度にいるときは、目を振らなくてもいいから両方見えます。ですが出し手と受け手が「ワイド」になると、これが見にくいんですね。

 

たとえば右サイドの自陣の深いところから、同じ右サイドでディフェンスラインの裏に抜け出そうとしているFWにパスが出ると、出し手と自分と受け手の角度が最大90度になるんです。この出し手と受け手が「ワイド」な関係になっているときが一番難しいですね。

 

そんなときは、ボールの受け手を見れば出し手が見えないし、出し手を見れば受け手は見えない。どちらかをしっかり見るともう1人は見えません。もちろん目だけは動かします。

 

でも蹴った瞬間は、ハッキリ言うと、どっちもしっかりとは見ないんです。どちらの選手も、なんとなく、という感じで見るんですよ。どっちもハッキリ見ないと、両方とも何となく見えます。

 

もちろん蹴る前はチラチラ見ながら両方に焦点を合わせてます。ですが、蹴った瞬間は顔を動かせないんです。カメラと一緒で、パッと顔を振ると映像が見えないんですよ。

 

だから蹴る瞬間は顔を固定して、フワッと全体を見るんですね。見るともなく全体を入れる。で、感覚的に自分より右に攻撃側の選手がいなかったと思えば、ゴーサインを出します。

 

両方の選手の体が重なっていても、攻撃側の選手の手以外が守備側の選手よりもゴールに近いほうに出ているとオフサイドです。ただ、DFがオフサイドを取ろうとして全力で駆け上がり、アタッカーが裏に抜け出そうと全力で飛び出していくと、両方前傾になります。

 

そんなときは極論でいうと、DFとアタッカーが「X」になるんですよ。そんなときどこを見るかというと、DFの「かかと」とアタッカーの「頭」を比べます。この場合は、「ワイド」なときとは違って、「ナロウ」だったとしてもスピード感で難しくなるんです。パッと蹴った瞬間、DFの動き、アタッカーの動き、全部見えてても難しいですね。

 

ワールドカップの前に「メディアオープンデー」があって、メディアの方に旗を持ってもらって選手役がプレーし、オフサイドかどうか判定してもらうということをやったんです。そうしたらみなさん10回やって、正解が1回もありませんでした。3級審判員の免許を取ったばかりの大学生でもやってみたのですが、10回やって1回正しいかどうかでしたね。

 

それぐらい出てる、つまりオフサイドのように見えるんですよ。だから旗を上げちゃうんです。なぜなら、蹴った瞬間はよくわからなかったと思いながらも、そのあとに目から入ってくるのは、どんどんオフサイドに見える情報ばかりですから。

 

時間が経つとオフサイドに見えるんですよ。すると目から入った情報が脳に行く間に、脳が間違った方向に判断を変えちゃうんです。「オフサイドだったはずだ」って。だから目から入る情報は信用できないんですよ。

 

ですから何となく「セーフだ」と思った後は、目から入ってくる情報を気にしないように、心のシャッターを閉めるんです。どれだけ会場が騒ごうが、これで試合が決まってしまうという情報だとか、FWやDFからのアピールや、そういうのに全部シャッターを下ろす。

 

そして「さっき俺は、なんとなくセーフだと思った」というところだけを頼りに、目から入ってくる情報をシャットアウトするんです。じゃないと脳が変えちゃうんです。そして変えちゃうと旗を上げちゃうんです。

 

副審にとって旗を上げるほうが簡単なんです。上げたほうが文句も出にくいんです。上げないほうが難しいし、勇気がいります。

 

「わからなかった」と言える副審が「上手な副審」

私は試合の後、旗を上げた分と上げていない分の両方で、迷った判定をピックアップして、ずっと数えてます。この数字って「自分の中で迷った」ということがベースなんで、他人とは比較できないんですよ。比較できるとして、前年と比べてどうだったかということぐらいで。それで迷った部分の、ここ5年間の正解率が約91パーセントぐらいです。

 

自分の場合は、国内の試合と海外の試合あわせて年間約35試合から40試合ぐらい旗を握っていて、迷うのはいつも100判定前後ですね。だから1試合に3回ぐらいは迷っている感じになります。ただ、2018年からの横浜F・マリノスは1試合で10回ぐらい迷いますね。DFのラインが高いし、相手FWはいつもその裏を狙ってますからね。

 

その迷った年間の100判定のうち、オフサイドじゃないのにフラッグを上げてしまったというミスは1回か2回です。あとは「やっぱり頭出てたのかな」という、オフサイドを見逃したというミスですね。

 

ただ私としては、旗を上げてしまったミスのほうが極めて重いと思ってるんですよ。試合を止めてしまうから。迷ったら、私は旗を上げずに得点を認めたいと思います。そのほうがサッカーのためになると思ってますから。簡単に上げてしまうとそこで得点は消えますので、そのほうが罪は大きいと思いますから。

 

それから副審は「主審が今どこを見てないか」を見るのが難しいんです。主審は角度的にどこが見えていて、どこが見えていないかをわかっているのがいい副審です。守備の最後のラインにずっとついていき、オフサイドや他のことを見ながら、今、主審が何をどう見ているかを考えるんです。

 

そのためにはどうしても経験が必要になってきますね。そして、主審の視線をわかってる副審はいい副審で、おそらく主審も「やりやすかった」と言うはずです。主審が見てなかったとき、「今どうだった?」って聞かれて、「見てませんでした」というのと「見てました」というのは全然違ってきます。

 

でも副審は立つ位置が決まっているので見えないことのほうが多いかもしれません。選手たちが重なることが多いんですよ。スローインの判定のときなんかは意外と見にくいんです。選手がみんな一直線になるから。縦一直線に並ばれると、最後に誰が触ったかなんてわからないです。

 

それを「わからなかった」と言える副審が「上手な副審」だと思います。わかってないのにわかったふりをして方向を指すから間違うんです。副審はスローインが見にくいという前提で見てもらったほうがいいんです。

 

今は「副審なのに、なんでどっちのボールかわからないんだ」って思われてるじゃないですか。理論上、出たか出ないかだけは100パーセントわかります。ただ、ラストタッチはわかりにくいんです。

 

それなのに、若いときから「自信を持った判定をしろ」という指導を受けているので、自信がないときも自信を持って指す。だから、自信を持って間違うんですよ。「わかんない」って言うべきなんです。

 

それに副審が見えないときは、逆に主審からはだいたい見えやすい角度のはずですから。実はどっちも見えないってことはほとんどないんですよ。主審が見えないときは副審から見えるんです。だから見えない場合は相手に預けたほうがいいんですよ。主審が見えてなさそうだったら「こっちは見えていた」と旗を上げてます。

 

どういうときに主審と副審のどちらに優先権があるのかというのをお互いにわかっていれば、副審は指さないんです。「いや、こっちはわからない」って言って。ところが主審の中には「それ見えないの?」って言ってくる人もいるんですよ。

 

それってどれだけ今までの副審の人が「わからない」って言えなかったかということです。私は積極的に「わかんない」って言うから、主審から「わかんねぇの?」って言われたりします。

 

でもそうすると主審も副審には何が見えないのか、だんだんわかってくれるんですよ。チームワークの前提として、「基本的に副審は見えにくい」と思ってもらうことは必要でしょうね。何でも見えると思ったら大間違い(笑)。

 

たとえば選手たちがすごく近づいてきて、目の前でガシャンと接触したとき、ファウルなのかどうか、まず判断しなければなりません。そしてファウルじゃないなら、ラストタッチはどっちのチームだったか判定しなければいけないのですが、それはわかりにくいんですよ。近すぎて。

 

そんなときって結構間違うんですよ。まずファウルかどうかを見ます。でも近すぎるし飛び込んでくるし、全体の映像が見えないからわからない。ファウルじゃないな、というのはわかっても、ラストタッチがどちらか見えなくなるんです。逆にラストタッチに集中しちゃうと、明らかにファウルなのにスローインを指したりするんですよ。

 

ラストタッチを気にして足下を見てると、相手を押してる上半身が見えない。そうすると「なんでそのファウルがわからないの?」っていうことになります。「その近さでなんで見えないの?」って観客のみなさんも思うんですよ。

 

副審は「近すぎて見えないんだよ」って思ってますね。「見えなくなるから主審は近づいてないでしょ?」って。ところが主審と違って副審は選手との距離を自分で決められないんですよ。

 

私は西村雄一さんや佐藤隆治さんと組むとき、「ファウルを見るから、ファウルじゃなかったときにラストタッチはわからない」という宣言をしてます。

 

顔にヒジが入ったりユニフォームをつかんだり、引きずったりするという、誰が見てもファウルだというものは外さない。その代わり、ノーファウルと判定したときは、「ごめん、ラストタッチがわからない」と言うことにしてます。事前に言ってるから主審の人は驚かないないんですよ。

 

コーナー付近で時間稼ぎのときに何人もの選手がごちゃごちゃしてたら、ファウルが起きるかどうか見ているので、目線は高くしてるんです。そんな場面で問題になるのはヒジが相手の顔に入ったということなので、足下は見えないんです。

 

だから外に出たとき、どっちのボールなのかわからない。でも、事前に打ち合わせしてるので、そんなときは主審が見てくれてます。その代わり主審はファウルになりそうな部分はこちらに任せてくれるんです。スローインがどちらになるかということより、ファウルのほうがよくないですからね。そこをしっかり見てるんですよ。

 

ただ今日は声を大にして言っておきます。近いから見えないんですよ。そのことは知っておいてほしいですね。

 

ごく稀に、スローインのとき副審が方向を指さなくて、主審が一瞬待ってから方向を指すことがありますよね。そういうときはたぶん、第4の審判がコミュニケーション・システムで主審に伝えてるんです。「ごめんなさい、主審から見えないとは思いませんでした」って言いながら。

 

それで私は試合前に第4審にお願いしてます。主審も副審も「わからない」って言うときは、「こっちです」って間髪入れずに伝えてくれって。そうすると主審が一瞬待っているその間がなくなるんですよ。

 

一瞬空いてしまったときって、たぶん副審はわからなくて、「わからない」という言葉を発せずに固まったんじゃないかなと思いますね。主審も急に聞かれて固まって、そこから第4審が入ってくれたんです。

 

第4審のおかげで間違った判定をせずに助かりましたけど、より準備してたらもっとスムーズになると思いますね。スムーズにやってると、審判たちの「わからなかった」というのが他の人からはわからないように、間違えないように見えるんですよ。

 

映像を見たら入っていた……忘れられない痛恨の誤審

困ったのは2017年にインドで開催されたU-17ワールドカップ、準決勝のスペインvsマリですね。マリの選手がロングシュートを打ったんですが、バーに当たりました。

 

35メートルシュートで、ボールはバーに当たって下に落ち、ピッチで弾むとゴールの高さの倍ぐらいまで跳ね上がったと思います。それほどマリの選手のシュートがすごかったんですよ。

 

私はスペインのオフサイドラインについていたので、ペナルティエリアのラインよりも5メートルほどセンターライン寄りにいました。最終ラインから瞬時にゴールラインに戻るのは不可能ですから、そのオフサイドラインの位置からシュートを見て「ゴールに入ってない」と試合を進めてたんです。

 

選手は誰一人入ってると思ってません。マリのベンチも騒ぐことなく試合は流れてました。そのシュートのあと2回CKになって、2回目のときにシュートの映像がオーロラビジョンで流れたんです。

 

FIFAはわざわざゴールに入ってるという映像を一時停止しました。そうしたら会場がドワーっとざわめいて、マリのベンチもそこから怒ったということがありましたね。

 

私はオーロラビジョンを見てなかったんですよ。でももう1人の山内宏志副審は見ていたようで「相樂さん、だいぶ厳しいよ。入ってるっぽい映像が流れました」ってコミュニケーション・システムを通じて教えてくれたんです。

 

私は「そうか」って言ったんですけど、実は試合が終わるまでずっと入ってないって思ってました。「入ってねぇだろう」って強気ですよ。入ったらあんなにボールが出てこないだろうって。

 

「誤審」と言われるやつです。入ってました。終わってから映像を見て落ち込みましたね。

 

その試合は佐藤主審が笛を吹いてたんです。佐藤主審にとっては、次のロシアワールドカップで笛を吹けるかどうか判定されるという重要なゲームでした。入っていたとわかって、佐藤主審には申し訳ないという気持になりました。痛恨ですよ。

 

本部に戻ったら、FIFAのインストラクターが全員「あれは無理」「あれは忘れろ。ロシアでは『ゴールライン・テクノロジー』があるから大丈夫」って言ってくれたのは救いでしたけど。でもあれは人生で一番痛恨の「入ったか、入ってないか」という場面でしたね。

 

U-17ワールドカップって、チームと審判団はホテルが一緒なんですよ。チェックアウトする朝、マリの選手や監督も帰国するタイミングで、全員ロビーにいたんです。こちらをチラチラ見ていたので、さすがに謝りに行きましたね。

 

本当はあまりやっちゃいけない手段なんですけど、でも勝負を賭けて行って謝ったんです。「申し訳なかった。映像を見たら入っていた」って。

 

そこで相手が怒ったら、「謝りに行く」という賭けは負けだったんです。けれど、マリの監督が「気にするな。あれは無理。厳しい」って。そう相手が言ってくれたからよかったんですよ。

 

そこで謝っておいてよかったのはその後にもつながっていて、実は帰る飛行機もマリチームと一緒だったんです。どっちみち話さなきゃいけなかっただろうから、それだったら最初に会った瞬間に話に行ってよかったなって。もしホテルで無視してたら、飛行機では気まずかったでしょうね。

 

ワールドカップは3回出たんですけど、2010年南アフリカワールドカップのときはやっぱりまだ若かったですね。グループリーグ第2戦、スペインvsホンジュラスでスペインのフェルナンド・トーレスのオフサイドを取ったんですよ。ところが違ってたんです。結局スペインが2-0で勝ちましたから結果には影響なかったんですけど。

 

でも国内では迷った100判定のうち1回か2回しか間違わないのに、痛恨のオフサイドエラーをワールドカップでしてしまったというのは、今思えば固かったんです。あとで振り返ると、国内の試合だったら上げてないだろうという場面なんですよ。そういうミスでした。

 

それに、あのころの私はワールドカップ優勝チームのレベル、スペインの技術のレベルに達してなかったのかな、と思います。その場面では3人が守備ラインの裏に飛び出してましたからね。

 

2014年ブラジルワールドカップの開幕戦も担当したんですけど、そのときは自分の反対のサイドでばかりいろいろ起きてましたね。だから判定よりも覚えているのは、試合前の国歌斉唱のことですね。

 

国歌斉唱のとき、ブラジル人が、選手も観客のみなさんも全力で歌っていたのは感動しました。GKのジュリオ・セザルは国歌で泣いてましたしね。握手のときに泣いてたので、「これは大丈夫か?」と心配しましたよ。緊張したんでしょうね、ブラジル代表も。

 

私は試合ごとの緊張感はなかったんですよ。審判は緊張しないんです。いつもと一緒ですから。会場が何万人入ってても、そういう経験は何回もやってますから。いつものことですよ。

 

ワールドカップの独特の雰囲気って歌ぐらいです。FIFAのスタッフもいつも会う人ばかりだし、スパイク履いて準備して、ボール持って旗を持って、入場もいつもどおりだし。U-17ワールドカップ、U-20ワールドカップ、その他の大きなクラブの試合なんかでやらせてもらってるから、そういう段取りになれてるんですね。そこはFIFAの進め方がうまいってことです。

 

だから試合会場では、「いい雰囲気だな」「すごいな」と感じながらも、むしろ段取りどおり進めなきゃって思ってるくらいですね。「キュー!」とか「今!」とか言われてますからね。あそこで歌えって言われたら緊張するんでしょうけど(笑)。

 

ただ、終わって家に帰って試合をテレビで見ると、そのときは緊張します。家族とか親戚、友だちがピッチに立ってる私の姿を見て緊張したって言うのは、そのときにわかります。

 

スタジアムにいるときは、8万人の観客でももう何度もやってるから、いつもどおりなんですよ。ただテレビを見ている人の数がワールドカップは桁違いなので、テレビを見ると第3者として見て緊張しますね。

 

たくさんの人が見てますから、開幕戦のブラジルvsクロアチアでブラジルにPKを与えたらとてつもなく大きな話題になって、その熱は下がらなかったですね。いつまでも。

 

私たちも、開幕戦で何か起きたら、そのあとの試合の割り当てがなかなか来ないだろうとは想像してました。ただ、もし運良く開幕戦が何もなく終わったときは決勝の審判になる可能性があるんですよ。実際、2018年ロシアワールドカップでは、開幕戦と決勝のレフェリーが同じでしたから。

 

ブラジルvsクロアチアでは審判にスポットライトが当たり過ぎちゃったんですけど、まずその開幕戦に日本人が割り当てられたということにフォーカスしたほうがいいと思います。開幕戦を任せられるという信用を得らるのが難しいわけですから。

 

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VAR導入で副審はやり方が大きく変わる

そんないろんな経験をしてきましたけど、間違えた場面だけは覚えてます。正しかったのは覚えてないですね。審判ってそういうものなんですよ。でも正しい判断ってビデオを見たって難しいんです。

 

VARが入ると、実は副審のほうが難しくなります。副審はやり方が大きく変わるんです。主審は大きくは変わりません。いつもどおりやって、気になったらVARから呼ばれるだけです。

 

ところが副審はオフサイドかどうかギリギリだったとき、旗を上げるのを待たなければならないんです。そしてボールがゴールに入ってから「実はオフサイドと思ってました」と旗を上げなきゃいけないんです。

 

オフサイドかどうかというだけの場面にVARは使わないんですけど、得点に絡むところでは使うんです。得点になってもその前にファウルがあったら得点が認められないじゃないですか。それと同じです。

 

オフサイドをいくら間違っても、得点にならなければVARからの連絡は来ません。だからチャンスになりそうにないときは、これまでどおり自分の判断で旗を上げていいんです。だけどVARが入ると、得点につながりそうなときは鼻を利かせて待たなければいけないんです。

 

これが難しい。判断もごちゃごちゃになります。オフサイドと思っても旗を上げないということは、オフサイドじゃないから旗を上げてないのか、オフサイドだけど旗を上げてないのか、感覚として混乱するんです。「なんで今、上げてないんだっけ?」って。

 

今までは自分で「オフサイドじゃない」と判断したから旗を上げてないと強い気持ちのまま走っているのが、今度は得点になりそうなときに「オフサイドじゃないから上げてない」「オフサイドだけど上げてない」という、どっちだったかを考えなければいけないんです。そして得点になったら旗を上げなきゃいけないんですよ。

 

そうすると、自分はどう判断したか混乱して、最後に旗が上げられなくなったり、そもそもの判定が雑になったりするんです。考え方を間違うと、迷ったらセーフにして、あとはビデオの判定に任せようと考えちゃうんですよ。

 

そういう「迷ったらセーフ」という考えは間違ってるんです。判定は今までどおりキチンとして、オフサイドと思ったらゴールになった後に旗を上げろというだけなんで、判定を雑にしちゃいけないんですよ。

 

ただロシアワールドカップでも副審が迷ってることってありましたね。ワールドカップ前のイタリアでのトレーニングのときや、ワールドカップのトレーニング中に私は騒ぎました。「これは難しい」って。

 

ワールドカップに3回行ってるので、インストラクターとも仲がいいんですよ。南アフリカ大会とかブラジル大会で笛を吹いてて顔なじみの人が今のインストラクターだから言いやすいんです。

 

ところがインストラクターは「大丈夫、お前だけだ、そんなことを言ってるのは。お前ならできる」って。それって他の副審は「難しい」って言えなかったんだと思うんです。ところが本番が始まると、やっぱりみんな苦しんでる。迷ってたと思いますね。VARが始まると副審はみんな大変だと思います。これは知ってほしいことですよ。

 

 

国際審判員になって仕事を辞め、その後3年間は無職のまま副審

26歳で1級審判員になったあと、本当は主審をやりたかったんです。一度副審になると主審には戻れないというのものありましたから。でも主審って人気があって混んでるんですよね。同期にもたくさんいましたし、私はその中に割って入るほどうまくない。だから私は早めに副審に切り替えたんです。

 

私の恩師が十河正博さん(故人)という元国際審判員の方で、その十河さんから「お前は副審になれ」「若い副審が足りない」「お前は副審に向いてる」って強く言われましたし。

 

十河さんは高校のときの監督だったので、「ポジションチェンジ!」と言われたらイヤと言えないじゃないですか。それで副審になったら日本サッカー協会が私にチャンスを与えてくれたんです。

 

副審になった途端、国際審判員への道が見えてきたんですね。主審のときは「下手だ」「どこ見てるんだ」「ちゃんとやれ」と言われてたのに、副審になったら「がんばれ」「お前、いいぞ」って。もし副審になってなかったら、ワールドカップに行ってないかもしれないですよね。

 

当時私は信用組合という金融機関の仕事をしてたんです。どうしてそんな職業を選んだかというと、審判を続けたかったから。土日が休みですからね。でも仕事も結構頑張ってたので、融資係もやってたんですよ。

 

ところが国際審判員になったら勤めは続けられない。2006年ドイツワールドカップで副審を務めた廣嶋禎数さんは学校の先生でしたから、非常に苦労しながら休みを取ってらっしゃったんです。

 

それでもう信用組合に勤めるのは無理だと思って、29歳のときに仕事を辞めたんです。それから3年間は無職のまま副審をやってました。その無職の間に融資係だった経験を生かして中小企業診断士の資格を取ったんです。これを持っておけば国際審判員を辞めた後に食べていけるだろうって。

 

そうしたらちょうど日本サッカー協会がプロの副審がほしいということで、2009年プロフェッショナルレフェリーになったんですね。そのおかげでFIFAの大会に全部行けるようになりました。今も日本サッカー協会には副審のプロフェッショナルレフェリーが3〜4人はいます。

 

2018年でプロ契約の審判員を辞めたから、今もまた無職です。今度は税理士の資格を取ろうとしてるんですよ。5つのテストのうち3つはもう合格してますからあと2つですね。ただ、ずっとサッカーをやってきたので、もう一度勉強を再開するのはなかなか難しいと苦労してます。

 

今は法人税の勉強をしてるんですけど、これが重い(笑)。合格したら3年間はどこかにお勤めして、そのあとは自分の事務所を持とうと思ってます。

 

プロの指導者もやりたいんですけど、私はせっかく中小企業診断士の資格や税理士の資格も3つまで取ったので、こちらも生かしたいと思ってます。だから税理士の仕事をやりつつ、指導していきたいと思ってます。そのほうが50歳になったときに楽しいかなって。そう思ってます。

 

レフェリーにとっては「一人で入れる店」が重要

世界中、いろいろ行ってきたのでいろんなものを食べてきました。国内でもいろんな場所に行きましたね。だいたい泊まるホテルが同じなので、行きつけの店もできました。博多に行ったらあっち、仙台に行けばあそことか。

 

福岡では、吉田寿光・元レフェリーから教わった屋台ですね。そこはラーメン、おでんがおいしいんですよ。「まみちゃん」っていう屋台です。吉田さんから教わったと書いておいてください。吉田さんが「おいしいから広めろ」っておっしゃってましたから。私、ちゃんとスマホに電話番号が入ってるんですよ。「今日、やってますか?」って聞いてから行ってます。

 

神戸にあるステーキ屋さんもいいんですよ。そこは神戸牛じゃなくて輸入牛肉を安くおいしく作ってる「Not's(ノッツ)」っていう店です。これは扇谷健司・元レフェリーと私で見つけました。「ステーキ」って言えばおいしいのが出てきます。私は200グラムで十分でした。

 

どちらも一人で行きやすい店なんですよ。レフェリーって、なかなかみんな揃って一緒に行くことができないので、一人で入れるって重要なんです。それくらい入りやすい店なので行ってみてくださいね。

 

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〒650-0012 兵庫神戸市中央区北長狭通1-20-9 館ビル1F
3,000円(平均)

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相樂亨 プロフィール

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大学卒業後、金融機関に勤務しながら審判として活動し、2002年には1級審判員、2003年よりJリーグの副審に。2009年には副審としては日本で初めてプロフェッショナルレフェリーとなった。W杯には2010年南アフリカ大会から3大会連続で出場した

1976年生まれ、栃木県出身

 

 

 

 

 

取材・文:森雅史(もり・まさふみ)

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佐賀県有田町生まれ、久留米大学附設高校、上智大学出身。多くのサッカー誌編集に関わり、2009年本格的に独立。日本代表の取材で海外に毎年飛んでおり、2011年にはフリーランスのジャーナリストとしては1人だけ朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の日本戦取材を許された。Jリーグ公認の登録フリーランス記者、日本蹴球合同会社代表。

 

 

 

 

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