いまだ消えない心の傷……W杯決勝、前半33分でベンチへ下がった岩清水梓には何が起こっていたのか

有名サッカー関係者にさまざまなエピソードを伺うこのインタビューシリーズ。今回は日テレ・ベレーザの岩清水梓選手に登場をしていただきました。ディフェンダーとしてベレーザの守備を長年支え、日本代表でも大舞台を経験してきた名選手です。なでしこJAPANでは2011年にはW杯優勝、2015年には準優勝を経験するなど、女子サッカー界を牽引してきた岩清水さんがW杯決勝の舞台で経験したものとは何だったのか。貴重なエピソードをお聞きすることができました。 (新百合ヶ丘のグルメ寿司

いまだ消えない心の傷……W杯決勝、前半33分でベンチへ下がった岩清水梓には何が起こっていたのか

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2011年ドイツ女子ワールドカップ決勝の後半アディショナルタイム

ドリブルで仕掛けるアメリカの選手をひとりの小柄な選手が阻んだ

ペナルティエリア直前のファウルで日本は決定機を免れ

ピンチを防いだ岩清水梓は退場となった。

 

2015年カナダ女子ワールドカップ決勝開始早々の3分

アメリカの意表をついたグラウンダーのコーナーキックに

遠くから選手が走り込んできて合わせた

ただ一人ブロックに行った岩清水は弾き飛ばされてしまう

 

結局日本は2-5と敗れる

清水は4点を奪われ日本が1点を返した後

澤穂希と交代しベンチに下がった。

またしてもタイムアップの笛をピッチの上で聞くことはなかった

 

優勝と準優勝という成績は恥じるべきものではない

だがカナダでボロボロにされてしまったなでしこは

まだ心に大きな傷を負っている

守備の要は今何を思うのか

 

人生初のレッドカードが2011年W杯決勝だった

自分のサッカー人生を振り返ると、それなりにたぶん大体うまく、日本代表にも早い時期から入って、そこからまた試合にも使ってもらってというふうに、順風満帆というか、わりと階段を上がらせてもらってたんです。けれど、やっぱりこの前の2015年カナダ女子ワールドカップの決勝で結構ズタズタにやられたときは、「こんな試合もあるんだ」っていうか。

 

失点シーンに大体全部絡んだんですよ、こんなになる試合もあるんだというか……それなりに自分はそのときのベストを尽くしていたんですけど……ことごとくやられたんで……あれはキツかったですね。

 

2011年ドイツ女子ワールドカップでも2-2で迎えた延長後半のアディショナルタイムに退場になってますしね。あのときはファウルしてまで止めようという気持ちじゃなかったんですよ。練習でも普通にやっているプレーだったので、自分としてはいつもどおりのプレーだったんで。

 

ただ、ペナルティエリアに入ったら止める自信はなかったですね。あのアレックス・モーガンって、右足も左足もめっちゃシュートうまいし。だから止めるならあそこだなと思いました。その自分の出した足をモーガンがかわしてきて、それで背中から止めるような感じになってしまって。

 

そのFKが入らなかったからよかったけど、入ったら自分が戦犯ですから。突破されたらゴールされてたでしょうけど、それでも。ホントだったらクリアなディフェンスをするべきかもしれないけど、あの時間ですからね。モーガンが裏に走った時点で絶対にパスを出されてしまうとは思ってました。パスの出し手へのプレッシャーも弱かったし、味方も疲れてたから。「絶対出てくる」「戻んなきゃダメだ」って。ラインで守ろうとかじゃなくて。

 

あれが人生初めてのレッドカードでした。けれども、あのタックルをやらなかったら後悔してるかもしれないし、そのときの自分のベストの判断でした。結局シュートが入らなくて何事もなく終わったから言えるのかもしれないけど、あれは自分がこうしなければいけないと思ったことをやっただけです。

 

それまで退場したことがなかったから、ベンチとか客席で試合が見られると思ってたんですよ。ところが「見ちゃだめ」って言われて。ベンチから下がるときに、「お願いだからFKだけは見せてください」って下がる階段のところで見させてもらって。それで「ああよかった」って、廊下に降りていったんです。そこにはテレビのカメラマンさんが映像を確認するような小さなモニターが置いてあって、その前はみなさんが気を使って自分用に空けてくれていましたね。そのあとは、自分もみなさんと同じ映像を見てたんです。モニター見ながら「みんな、お願い!」って。

 

自分の周りには関係者もみんないて。音だけはリアルな客席の声がブワーッと入ってきて。あれはすごかったです。祈るしかなかったし、何かわからなかったけど、めっちゃ泣いてました。ずっとずっと「お願い、みんな!」って。それしかできなかったから。

 

PK戦になったときに「これが終わったらピッチに戻っていいですか?」って聞いたら許可が出たから、紗希(熊谷紗希選手)が決めて、勝ったのを見届けて戻りました。ダッシュですよ。

 

でもね、みんなはPKで勝ったあとってGKの海堀(あゆみ選手)のところに走っていたんです。海堀がPK止めまくったから。だから自分がピッチに戻ったら、みんなはすっごい遠いところにいて(笑)。で、一番最初にハグしちゃったのがノリさん(佐々木則夫監督)で。それからみんなのところに行ったんですよね。

 

まぁ2011年で良くも悪くも岩清水って名前は覚えられましたね。ロンドン五輪ではベスト11にも選ばれたし、世界中から覚えられたかも、ですね。

 

 

2015年W杯決勝、感じていたけど止められなかった失点

今だから言えますけど2015年決勝の1失点目って、自分は感じてたんですよ……。カーリー・ロイドがすごく遠くにポジション取ってたけど、そこから絶対狙ってるなって。……思ってたんですけど、そのパワーに勝てなかった。

 

ロイドの存在はわかっていたけど、まさかコーナーキックがグラウンダーのボールで来るとは思ってなかったですね。どういうボールが来るかを予測できてたら、ロイドが狙ってるのをみんなに伝えて、違う対応できたかなって……。絶対トリックプレーだろうとは思ってたんですけど……。

 

アメリカはニアサイドに2人選手がいて、そのマークが曖昧になってたんです。それで私と忍ちゃん(大野忍選手)がマークに行くことになったんですけど、私はロイドが見えていたんで、「オッケー」ってニアサイドに行く振りして、指示を無視して忍ちゃんだけを行かせてその場に残ったんです。それで案の定ロイドが来たんだけど、それにやられちゃって。

 

最初ロイドはだいぶ遠くにいたから、みんなの中ではロイドは上がってこないだろうってことになったけど、でも自分は絶対ロイドが来ると思ってて……。

 

もしかして、みんなに「ロイドが来る」って言えてたら、いろんな対応が出来たかもしれない。でも、みんなに伝えるほどの確信じゃなかったというか。ほかの選手はやっぱりニアサイドの選手を気にしてたから、「そっちでオッケー」と言って、自分の考えは共有できなかった。それを共有してたら……。読んでたから防ぐために自分の中でもやったんだけど……。それを超えるパワーでやられて……。それが悔しかったですね……。

 

その失点のあとは、よくわかんなかったです。何度か前でボールを取りに行ったり、高い位置で取り返したというのもやったし、高い位置で奪ってシュートまでというのもあったから、「ここから取り返して」、なんて考えていたんですけど、その矢先に交代だったんで……。

 

33分に交代になってね。そのあと監督からの説明もありませんでしたね。誰か記者の人から教えてもらったんです。監督が「岩清水にはショックがあったし、気の毒というか見ていられない」と漏らしてたって。だから交代は人情だったって。戦術的というより、メンタルというか、心配されてというか。

 

もし佐々木監督からフォローがあっても、その当時は冷静に聞けてないと思いますけどね。冷静に聞けるようになったのは、ホントに今とかじゃないですかね。まだ決勝の映像は見てないですけど。ここまでいろいろ経験して時も流れたんで、やっと話せるようになったというか……。

 

 

2015年W杯決勝でアメリカに大敗した要因とは

あのときは久々の本気のアメリカでしたね。2011年に日本に負けた経験があるアメリカでした。2011年まではそこそこ舐めていたというか、「あー日本ね、オッケー」みたいな感じだったのが、自分たちが優勝したから目の色が変わってるっていう感じがしたし。

 

それに、もうひとつ要因もあったと思うんですよ。自分たちも優勝したから、自分たちのプレーをしなきゃ、みたいな。それなりにプライドも持っていたというか。

 

2011年も確かにキックオフ早々すごく攻められたんです。でも、そのときって自分たちってチャレンジャーだったから。だからアメリカの猛攻を受けて、受けて続けて、そこから何とか勝つっていう勝ち方でした。それなりに経験もしたし、優勝もしたし、日本のサッカーを表現しようとなると、ずっと守備をするというのがすごい辛いというか。

 

優勝するまでは耐える試合に慣れてたかもしれないけど、自分たちの表現ができないことへの辛さというか、ストレスというか。それはたぶん、2011年のときよりストレスに感じてたかもしれないです。

 

それが進歩でもあるとは思うんですよ。けれど、そういう転換がうまくいけばいいんですけど、いかないと結局結果に繋がらないじゃないですか。進歩があったから決勝まではいけたんですけどね。もちろん、準決勝のイングランド戦のように、相手が後半のアディショナルタイムにオウンゴールしたから勝ったという試合もあって、運もあったとは思うんですけどね。ただ私はあんまり、ワールドカップの決勝に運がないから(苦笑)。

 

ベレーザではみんな代表の話はしないんです

長いことやってると、やられることもある……って、2015年の決勝が終わった後って、なかなかそういうふうに考えられなかったですね。長いことプレーしているからこそ経験できたことだって、そう思うようになったのは最近になってからですね。それまでは目を背けてきたから。

 

ワールドカップから帰ってきたときは、気持ちの整理の付け方もわかんないし。でもリーグ戦がよくも悪くもすぐ始まって、日テレ・ベレーザは自分がキャプテンになって初めて優勝がちょうどかかってたぐらいだったから、もうリーグ優勝に向けて気持ちを切り替えたというか。

 

ベレーザに帰って来たらみんな代表の話、しないんです。「おかえりー」ぐらいで。普通に接してくれて、友だちは「仕方がないよ」って軽く話してくれたりとか、あんまりそんな思い出すことがなかったかな。

 

みんなとサッカーしたりベレーザに来たら、代表の話はしなかったし。思い出さなくていい状態ではあったから、それが自然と……。自分で無理矢理切り替えようとか、というより……何も考えずに……いたら……かな。サッカー辞めたらそれで終わっちゃうけど。何となくでも続けてたから。練習に出て続けて……で、代表の話もしない。ベレーザの話はするし、練習でのコミュニケーションとか取りながら……やってたら……いつのまにか。これっていうのはないんですけど……。

 

もちろん、ふと1人になったときには思い出すことはありましたし……思い出す……。……あんまりみんな何も言ってこなかったから、それに助けられたかもしれないですね。だいたいベレーザの人たちって、代表だからってチヤホヤもしないし、代表から帰ってきたら、「代表で下手になってたらポジションないよ」って、そんな感じのところですから(笑)。いい意味で代表の話をしないクラブなんで。

 

このクラブは自分たちのサッカーに自信があるから。自分もベレーザを長くやってきてそう思いますし、ヴェルディの黄金時代もそうだったんでしょうね。代表のことを気にしてもらえないんです。

 

だからベレーザでよかったと思います。もし他のクラブだったら、帰ってきて報告会があったりしたかもしれない。そういうのもなかったのが、自分にとってはよかったと思います。いろんなところに行くにしても、自分だけは帰してもらったりしてました。いい仲間がいてよかったし、ずっと助けられてます。

 

 

 INACが優勝しているのが悔しかった

ベレーザって自分が若手のころは何連覇もしてて、優勝することが当たり前でしたね。だから表彰式に行くことも当然で、いつも優勝チームとして全員で出かけてました。でも2010年ぐらいからINAC(アイナック)神戸レオネッサに選手が集まるようになって、自分がキャプテンになってから5年ぐらい優勝できなかったんですよ。

 

2011年からはINACが優勝して、自分たちがずっと2位で。2位はキャプテンだけが表彰式に出るんですけど、INACはみんなで来てて、それが悔しくて。自分たちの当たり前の行事だったのに。その気持ちがあったから、2017年はやっと3連覇できて、またチーム全員で行く行事になったことがすごくうれしいですね。2015年までは辛かったです。自分がキャプテンになってもどかしさというか、優勝しなければいけないチームなのにって。

 

でも、キャプテンになっても男子と違ってみんなを誘ってどこかに行くとかないんですよ。練習が夜なんで練習が終わったらみんなすぐ帰ってご飯食べて、とかですから。キャプテンって、試合のときの号令係ぐらいな感じです(笑)。

 

今は自分の下に阪口夢穂とか有吉佐織とかがいて、そこがうまく後輩たちと話しているんで、自分はあまりやらないです。自分はあんまりしゃべるほうじゃないから、戦う姿だったり必死にプレーする姿を見てもらうほうが自分は表現しやすいかなって。

 

2016年の2連覇は、それはそれでうれしかったですけど、やっぱり「3連覇」って、なにかこう、一時代築けたかなって(笑)。自分が若い頃に観てた先輩像って、大竹七未さんとか澤穂希さんとか(大野)忍ちゃんで、みんなすごかったから、そういう立ち位置になりたいと思ってたし、今の若い選手から見たら自分はどう見えてるんだろうと思うことはありますね。

 

先輩たちはみんなすごく怖かったですからね。普段は何も言わないんですけど、ミスにはすごく。だから「負けたくない」と思ってやってました。怖かったけど、必死にそこに負けないように頑張ろうと思って。まぁ怖いと言っても、ラモス瑠偉さんほど怖くはないと思いますけど。あ、ラモスさんって私の中ではすごくいい人ですよ(笑)。

 

 

寿司屋さんではだいたい「おまかせ」なんですよ

私ね、わりと何でも好きなんですけど、やっぱりお寿司にはテンション上がりますね。いいところのお寿司はご褒美というか。以前も優勝おめでとうってご馳走していただいたりしたことがあるんですけど、そういうところに行くとね、「よかったな」って。

 

でも、だいたいお任せなんですよ。出てくるやつをそのまま食べます。好みは、そうですね……白身が好きです。白身の魚を握って下さいってお願いしますね。あ、赤いのも、もちろんいきますけど、それこそ回転寿司で赤いのは食べ過ぎたというか。だからいいところに行ったら、白いのが素敵に見える(笑)。

 

もしお寿司屋さんで3貫だけ注文できるとしたら……白身とか言ったけど何の魚があるっけ……え……?……なんだっけ? ヒラメとかかな。……えんがわも好きですね……あんまり出てこないな……カンパチとか。あ、でもそれ刺身だな。

 

……ちょっと改めましょう。ちょっと待って。白身は話が広がらない(笑)。名前とか考えずに食べてるんですよ。「どうぞ。はい」「あ、おいしい!」って。

 

じゃあ1貫だけ頼むとしたら……やっぱりね……大トロ(笑)。結局。だって食べられないじゃないですか。なかなか出会わないから。見た目から楽しむ。「あーこれが大トロですかー」みたいな(笑)。

 

寿司屋さんのお勧めは、百合ヶ丘に「寿し屋の楠本」さんっていう、ちょっとこじんまりしてて、板前さんが自分の前に置いてくれるような店があるんです。お上品な感じの。そこがすごくおいしいですよ。そこは自分が通っている接骨院の先生が連れてってくださって。自分じゃなかなかいけないですよ。でも、今度両親を連れて行こうかと思っています。自分も食べさせてもらって、いい思いをしたんで。

 

 

アメリカと日本でOG戦があったら・・・

今は代表から引いたので、外から冷静に見てますけど、そうじゃないと2015年のことはしゃべれないというか、自分がまだその代表に入っていたら、うまく話せてないかもしれないですね。

 

代表から外れた最初のころは、やっぱり「どうして」って思いましたけど、選ばれない理由もあると、なんか感じて。今は時間も経ったんで気持ち、整理してます。最初はね、もどかしさもありましたけどね。

 

今振り返ると2015年は天と地を見たという一年でした。ワールドカップがあって、リーグ優勝もして。しんどかったですけど良くも悪くも無理矢理切り替えられたというか。

 

2015年ワールドカップのあとのブログに「次はアメリカに勝つ」って書いてましたっけ? 見返してないから。自分がアメリカにもう一度勝つって、機会がないでしょうね、もう。……ないよ、もう。大丈夫。お腹いっぱいだから。

 

男子は日韓のOB戦ってやってるんですか? アメリカと日本でOG戦があったら超おもしろいですけどね。ただ、女性ってたぶん、サッカー離れたらもうプレーできないと思うんですけどね(笑)。でも、いつか。

 

寿し屋の楠本
〒215-0011 神奈川川崎市麻生区百合丘1-18-12
15,000円(平均)3,900円(ランチ平均)

 

 

清水梓 プロフィール

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NTVメニーナから2003年、NTVベレーザへ昇格し16歳でリーグ戦デビュー。年代別代表を経て2006年には日本代表に選出、2007年W杯、2008年北京五輪に出場。2011年W杯では優勝を経験した。
ロンドン五輪、2015年W杯では準優勝、日テレ・ベレーザでは2015年から3連覇を成し遂げた。
1986年生まれ、岩手県出身

 

 

 

 

 

取材・文:森雅史(もり・まさふみ)

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佐賀県有田町生まれ、久留米大学附設高校、上智大学出身。多くのサッカー誌編集に関わり、2009年本格的に独立。日本代表の取材で海外に毎年飛んでおり、2011年にはフリーランスのジャーナリストとしては1人だけ朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の日本戦取材を許された。Jリーグ公認の登録フリーランス記者、日本蹴球合同会社代表。

 

 

 

 

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