審判が持つ「ゲームの流れ」を読みきる力……W杯開幕戦で主審を務めた西村雄一は試合中に何を考えどこを見ているのか

有名サッカー関係者にさまざまなエピソードを伺うこのインタビューシリーズ。今回は2014年ブラジルW杯の開幕戦主審を務め、レフェリーの西村雄一さんに2回めの登場をしていただきました。ブラジルW杯開幕戦ではPKのジャッジが誤審との批判を呼び世界中を巻き込んでの議論となりましたが、哲学を貫き通した西村氏の判定基準はブレることはありませんでした。Jリーグを裁くトップレベルのレフェリーは何を考えどこを見ているのか、そしてどうやって試合の流れを読んでいるのか。サッカーの見方が変わるかもしれない「審判から見たサッカーの世界」とともに、知られざる審判員の世界のエピソードも語っていただきました。 (駒澤大学のグルメランチ

審判が持つ「ゲームの流れ」を読みきる力……W杯開幕戦で主審を務めた西村雄一は試合中に何を考えどこを見ているのか

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前回、西村雄一氏の記事が掲載された際

大きな反響とともに疑問が寄せられた。

レフェリーの日常の活動についてだった。

 

選手たちのトレーニングは見ることもできる。

監督たちが練りに錬った戦術もうかがい知れる。

だが審判員たちはどんな努力をしてその場にいるのか

 

審判員たちはどんなトレーニングを積み

何をどこから見極めようと考え

どんな気持ちで判定しているのか。

 

そこで西村雄一氏に再度登場してもらって

審判員のあまり知られていない日々の過ごし方を教えてもらった。

これでもう1つサッカー観戦を楽しむ要素が増えてほしいと思う。

 

 

審判員に必要とされる運動能力とは

日頃努力していてもミスは起きます。その努力はあまり知られてないですし、もちろんミスへの批判は当然のことです。でも、たとえどんなに批判を受けたとしても、サッカーを支えたいという気持ちで審判をやっている人たちが多いですね。

 

主審(レフェリー)の練習内容は多岐にわたっています。一番目につきやすいのはフィジカルトレーニングでしょうね。競技時間は90分、前半45分やって少し休んでまた後半45分です。その試合時間において、常にいいフィジカルパフォーマンスが出せるようにトレーニングします。どれくらい走るのか、どれくらい体力的なトレーニングをするのか、というのにはいくつかの考え方があると思います。

 

サッカーでは、だいたい何分ごとにゴールへのアプローチがあると思いますか?

 

審判員が試合中に着用している時計は心拍計とスピードセンサーに連動していて、どれくらいの運動量やスプリントがあったのかが記録されます。レフェリーの時計データによると、前半で20回から25回のスプリントがあります。後半もだいたい同じですね。

 

仮に、45分間でレフェリーがスプリントする回数を22回だとすると、2分に1回は攻守が入れ替わっていることになります。つまり、ペナルティエリアから逆のペナルティエリアまで2分毎に走れなければいけません。そして、その距離を走るためには最大15秒ぐらい必要です。CKをディフェンスがクリアーしてカウンターで一気に逆襲、というのでだいたい15秒ぐらいなんですね。

 

ということは、レフェリーにとって45分間というのは、15秒間のスプリントと、1分45秒間の、アジリティステップをしたり歩いたり、ときには立ち止まったりするリカバリーの組み合わせの継続です。これがレフェリーの運動能力として求められていることです。

 

ちなみに、走行距離は試合のレベルによって変わります。レベルが高い試合ほど簡単にボールを奪われないのでイメージ通りに最短の距離で走れますが、攻守の入れ替わりが多いレベルの試合になると、当然走行距離は伸びるんです。カウンター攻撃をはね返されて逆にカウンターを受けるという流れになって、15秒×2回走るなんてこともありますね(笑)。

 

審判員は何を見てゲームの流れを読んでいるのか

では、運動面をしっかり準備しているから大丈夫かというと、それだけではないんです。レフェリーはゲームの流れを読む能力が必要です。体力的には走れるかもしれませんが、いつスタートするかということは、試合中に誰も教えてくれません。そして、どこに向かって走ればいいのかということも同様です。もちろん方向が決まらないと誰も走り出せませんよね。「いつ」「どこに向かって」という2つの要素は、サッカーをよく知っているレフェリーじゃないと、なかなかわからないかもしれません。

 

どこに動くかということについては「対角線式審判法」というのがあります。副審(アシスタントレフェリー)はゴールに向かって右側のタッチラインに沿って、ゴールラインからハーフウェーラインまで走ります。主審は副審がいないほうのコーナー付近から対角線上の逆のコーナー付近までという動き方が推奨されているんです。

 

ですが、主審はその対角線だけを動いていればいいのではないんです。大切なことは、主審と副審でプレーを挟んで見て、協力して正しく判定することです。そのために、うまく対角線のイメージを使って全体をカバーしようという理論上の話なんですね。

 

副審の位置はオフサイドラインとなる選手の動きによって完全に決まってしまいます。しかし、主審には自由に動けるという特権があるので、プレーを挟みつつ副審の視線の延長線上に位置しないようにするということが、対角線式審判法を有効に活用するための基本なんですね。ところが、日本人はきっちりしているので、「副審と挟んでプレーを見ましょう」と言うときっちり、副審、プレー(ボール)、主審、と一直線になるような位置をキープしてしまうんです(笑)。

 

主審はボールの位置、選手の位置、副審の位置、を予測してポジションを取らなければいけません。副審からはこの角度で見えているだろうと考えながら、自分の角度を副審の視線からずらしてプレーを見ることで、どちらかが見えづらくてもお互いにサポートできると考えながら動いています。

 

基本的に最終決定者は主審なので、自分自身がちゃんと見えているというのが大事ですね。ただ、自分が見えなかった、あるいは見えにくかった場面では仲間の助言が必要ですから、常に副審がこう見えていたのではないかというイメージは頭の片隅に入っています。

 

対角線を意識しつつ、見えやすいところに位置を取りながら、次のプレーも予測します。ボールの行く先でファウルが起きる可能性があれば、まだそこにボールがないときからよく見ておかないと、ファウルの判断ができません。当たり前ですが視野外で起きたことの判断はできませんので、プレーを予測してすべてを視野の中に入れられるように、どこに動くべきかを考えなければいけないんですね。

 

それから、選手が自分の視界を横切ることがあるので、いつ「横切らせる」かも考えています。

 

たとえ一瞬でも一番大切なときに視界を横切られると、全体の流れが見えていないので判断が鈍る原因になります。頭のなかで見ている映像をつなぐのですが、起きた事実と違うように感じて、正しい判定にならないケースがあります。

 

だからこそ、誰にも邪魔されない視界をキープする。もし選手が横切りそうだったら、コンタクトが起きそうなタイミングの前に横切らせて、本当に大切な場面でちゃんと視界が開けていることを予測しなければならないんですね。

 

対角線を活用しながら、他にもいろんなことを見ています。たとえば、いつ効果的なパスが出るのかということは、攻撃側のチームの一員となっていないとわかりません。ゲームを予測するときの気持ちは、攻撃側の12人目になったつもりで、どの様にして攻めようかと考えながら見ています。

 

ところが、実際のフォーカスはディフェンスの選手に合わせています。ほとんどのファウルはボールを保持していないほうのプレーヤーによって起きることが多いからなんです。だから、気持ちは攻撃側と連動していて、フォーカスはディフェンスの選手の行動にピタッと合っているという感じです。

 

ボールとレフェリーの距離関係は、レフェリーがボールに近ければ近いほど判定の説得力が増します。でも、近くなればなるほど見えないものも増えるんです。近寄れば近寄るほどフォーカスが一点に集中し、はっきりと見えやすくなります。けれど周りは一切見えなくなってしまうんですね。すると、気づいたときにはプレーの邪魔になっていることがあります。

 

確かに、近さから説得力は得られますが、それ以外はほとんど失ってしまいます。距離が近いことで選手は説得できても、あとで映像を見直すと、「近いけど全然違うじゃん」ってこともありますね。

 

ということは、何を一番大切にすべきかというと、まずは「角度」なんです。次に、適切な「距離」ですね。

 

昔は「走れ」と指導されて、とにかく近くに走っていた時期がありました。今は「もっと考えて走れ」という指導に変わり、正しい角度にポジショニングすることが大切であると進化しています。また、昔は「距離が遠いから正しく判定ができないんだ」という考えの時期もありました。今は「角度が悪いから正しく判定ができなかったのでは」と変わってきました。

 

 

レフェリーが重視する「正しい角度」

レフェリーにとって一番大切なことは、正しく見える角度を取れるかどうかなんです。角度が正しくて、遮るものがなければ、どれだけ離れていても見間違えることは少ないですね。とりあえず走って近寄ればいいということではありません。

 

現在は、角度がとても大切であるということが浸透してきたので、レフェリーがペナルティエリアにある半円、ペナルティアークの中に位置するという場面は減ったと思います。ペナルティアークにいるとプレーはよく見えるのですが、プレーヤーも使いたいエリアなので邪魔になってしまいます。様々な経験から、プレーヤーが使いたいプレイングエリアを意識したポジショニングを心がけるようになってきていると思います。

 

審判員たちには様々なトレーニングの場の設定があります。色々なカテゴリーで、研修会形式とか、トレーニングセンター形式で開催されています。

 

研修会は、だいたい2カ月ごとに設定されています。国際試合担当レフェリー、Jリーグ担当レフェリー、JFL担当レフェリーなどのカテゴリーごとに組まれていて、映像の確認や、考え方の確認をします。うまく判定できなかったシーンの映像から分析して、同じミスを繰り返さないように研修しています。

 

その研修会と併せて、「プラクティカル・トレーニング」という、選手の協力を得て、実際の状況に似た場面を作って実践的な反復練習をしています。これは、シーズン前からシーズン中も継続して行っています。

 

2017年のプラクティカル・トレーニングでは、ゴールの横に配置される追加副審(アディショナル・アシスタントレフェリー:AAR)と、どのように視野分担をするのかというテーマで取り組みました。この場面では主審がここを見る、副審はこう見て、追加副審はこう見る。お互いを理解しながら、正しい判定につなげようという研修内容でした。

 

他には、2017年シーズンの前半戦では、集団的対立が散見されたので、集団的対立をどうマネジメントするのかという方法を、映像を通して議論しました。もめそうになっている2人のうち、どちらを抑えれば対立を素早く収束できるのか。CKやFKなどのセットプレーで事前にもめ事を防ぐにはどうすればいいのか、という議論です。そして、プラクティカル・トレーニングでも同じ状況をピッチ上で作り、選手との距離間や選手へのアプローチを考えたりしました。

 

CKやFKなどのセットプレーで対立が減ってきたのは、インプレーになる前にレフェリーから選手への効果的な言葉を投げかけていることがうまく機能しているからだと思います。お互いにつかまれそうになっている場面では、事前に反則が起きないように、予防措置としてのコミュニケーションがうまくいっているケースが増えてきました。

 

心がけるポイントは、攻撃チームのセットプレーの核となる選手に対して、守備側がどうやって守ろうとしているかに注目することです。ゲームを分析しているレフェリーはそういう情報を持ってその場面に臨んでいます。ただ、「先入観」にならないようにすることも重要です。あくまでも情報として活用します。

 

セットプレーの核となる選手はあまり変わることはないので、その選手に関係するところでの、ブロッキングや攻撃側のスクリーンなどにも気を配りながら選手たちに声をかけることで、選手がフェアな心を取り戻し反則が起きないように予防することができます。もちろん、そこには選手とレフェリーとの信頼感ということがすごく影響してきますね。

 

それから、副審は、最も重要なオフサイドの反復練習をしています。実際にボールを蹴ってもらって選手の入れ替わりを判断し、その蹴った瞬間の自分の位置取りをビデオで確認し、オフサイドを正しく見極めるための基本をしっかり練習しています。

 

その他にも、主審と副審の協力の練習では、ゲーム展開で主審サイドから副審サイドのほうにサイドチェンジしたとき、どこまでボールの近くに寄っていこうとか、どの角度で寄ったほうがいいのか、また逆に、副審サイドからボールが主審に向かって近づいてきたとき、主審はどこに位置すれば視野が確保できるのか、というトレーニングをしています。

 

ゲームの展開を予測するときは、ボールを受ける準備ができている選手のところにボールは進んでいくので、準備ができている受け手の選手をどのようにして注目するのかということを練習します。選手のしぐさから準備ができている選手を確認することによって、ボールの行く方向が事前に予測でき、ボールが蹴られる前にスタートを切ることができます。

 

この様なカテゴリーごとの研修以外にも、審判員はそれぞれの都道府県協会に所属していますので、その所属協会が開催するレフェリートレーニングセンターに参加して、審判資格の枠組みを超えてみんなで一緒にトレーニングをしています。

 

フィジカルトレーニングの日もありますし、プラクティカル・トレーニングの日もあります。競技規則の理解を深める座学の日もあります。都道府県協会の活動には、1級から4級までの審判員が集まりますので、上級レフェリーの考え方を共有することで、レフェリー界全体のレベルアップができるように取り組んでいます。

 

たとえば、東京FA審判委員会では月2回から3回のペースでトレーニングセンターを開催しています。2級トレセン、3級トレセン、女子トレセン、フィジカルトレセンなど様々なカテゴリーで研修を行っています。東京所属の1級審判員もその研修会に参加していますので、トップカテゴリーを担当する審判員と一緒にトレーニングできる機会に、平日の夜にもかかわらず多くの審判員たちが積極的に参加しています。

 

それぞれの審判員が目指している、よい審判になりたいという向上心が、トレーニングセンターへの参加意欲になっています。

 

ゲームの中でどれだけ選手のためにがんばっているのか、それを見れば日々どれくらい努力をしているのかがわかります。審判の評価基準は、そのゲームを上手にコントロールできたかどうかです。もしよい判定ができないことがあったとしても、めげずにタイムアップまで努力を続けることが大切です。

 

自ら審判をやってみたいと志した人たちが集まって、そして、経験を積んだ人たちからの継承と伝承によって、審判界は成長し続けてきたんですね。

 

審判員が間違える原因はいくつかあります。その中でも、人間の能力の限界を超える判断を求められた場合は本当に難しいですね。

 

レフェリーにとって、誰も予想しなかったプレーが起きたり、予期せぬ場所での不測の事態が起きたりした場合も難しいです。判断材料が少なくてどうすることもできないこともあります。いずれにせよ、何が原因で間違えたのか、レフェリーが正しく見極めるための改善策はあるのかという、解決策を見いだせるかどうかがとても大切ですね。

 

その時のレフェリーの角度から見ると、どうしても違うように見えることもあります。様々な角度のスローリプレイ映像でやっとわかることでも、結果的に間違っているのであれば、誤審という扱いになってしまいます。「この角度から見るべきだった」という解決策をみつけるのですが、同じ様な場面で研究したとおりの角度に移動したとしても正しく見極められないこともあります。

 

もっとも、この2点についてはレフェリーの正直な対応による間違いなので、何かしらの改善できる可能性があると思います。ただし、見えたことを見なかったことにしたり、見えていないことを見えたように装ったりして起きた間違いは、とても大きな問題です。

 

見えたにもかかわらず見えなかったことにするということは、レフェリーの本質に関わることです。事実を見て知っているにもかかわらず、何らかの勇気が足りなかったり、何らかのストレスがプレッシャーに変わったりして、正しく判定できなかった。これこそ誤審だと言われるべきものでしょう。判断を委ねられている存在として、その信頼を損なわないように、正直に対応することは、とても大切なことだと思います。

 

それから、見えてないにもかかわらず、見たように振る舞う。これは判定が当たっていても間違っていても、選手からの信頼は一瞬にしてなくなります。やはり、正直に対応するということは、レフェリーであろうとなかろうと、人としてどんなときも大切にすべきことなのかもしれません。

 

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判定を間違えた審判はどうなるのか

よく、「判定を間違えた審判員は処分されないのか?」という声を耳にします。なかなか知られてないことかもしれないので説明すると、まず、J1を担当している審判はJ2も担当することがありますので、J2を担当したら「降格」ということではないのです。第4の審判を担当しても降格ではないですし、追加副審を担当しても降格ではありません。

 

もし、審判員がルールの適応を間違えた場合は、審判委員会の決定でこの先に割り当てられる予定の試合をお休みになることがあります。また、判定が原因で勝敗に大きく影響した場合なども同様の処置が取られることがあります。審判員は、予定どおりに試合を担当したいと思っていますし、そのために体調を整え、よい準備に努め、何よりも試合を楽しみにしています。その機会をいただけないということが、審判員にとって最も重い処分となります。

 

何試合担当できないのか、どのくらいの研修期間になるのかは、オフィシャルの場で発表していません。ですから、試合が立て込んでいるときには、「あれ、処分されないのかな?」ということになりますし、試合の間隔が長いときは、ずっと外されているように見えます。みなさまにはわかりづらいのですが、当該審判員は研修を課されています。

 

世間を騒がせるような判定ミスは、アクシデント的に起きるものなので、経験に関係なく誰が担当していたとしても、同様にミスになる可能性が高いです。その他の難しい状況では、ベテランレフェリーは上手に試合を進めていきます。1年目のレフェリーと10年目のレフェリーとの差は、失敗から得た経験値と選手との信頼の深さです。特に選手との信頼関係はよいゲームコントロールには欠かせないものと言えますね。

日本でも2018年から準備を始めるビデオアシスタントレフェリー(VAR)は、新たなサッカースタイルのきっかけになるのではないかと思っています。

 

まず、2017年で難しかったことは、放送環境の変化により、試合中の難しい場面で、すぐにリプレイ映像で真実を確認できないのは、スタジアムの中でレフェリーチームだけだったことでした。試合終了後にマッチコミッショナーとレフェリーアセッサーの方々と話をするのですが、両名は映像確認をして話をしますが、レフェリーチームは90分間の記憶を元に戻しながら話をしなければなりませんでした。観客のみなさんも試合中からリプレイ映像を確認できる時代になったので、妙にザワザワしたり、シラーッとしたりですから、それはとてもやりにくい状況でしたね。

 

私が考えるVARの本来の目的は、プレーヤーを守るためのツールだと思っています。たとえば、片方のプレーヤーは正々堂々と戦っているのに対し、もう片方はアンフェアなプレーを選択してしまった。そんなとき、正々堂々とプレーしている選手に対し間違った判定が下されないよう、選手を守るためのツールです。審判を守るのではなく、フェアプレーでがんばっている選手を守るツールだと思っています。

 

VTRを確認する際に、スローリプレイ映像を見るとファウルっぽく見えやすくなるという傾向があります。スローではスピード感と距離感が失われてしまって、ボールの勢いや選手の走る方向がわからなくなってしまうんですね。そのため、ほとんどのプレーがファウルに見えやすくなります。それから、角度が違うリプレイ映像の切り替わる順番によって、プレーの印象が変わってしまうことがあります。

 

もし仮に、VARを導入した最初は、選手・審判・観客のみなさまに混乱が起きると予想できます。ですが、しばらくすると落ち着くのではないかと思います。選手がビデオで撮られていることに向き合い、正々堂々とファウルに頼らずプレーしなければダメだという気持ちになることで、ゲームはスムーズに進み、クリーンなゲームが増えるのではないかと思います。

 

VARは審判にとって新たなツールのひとつで、必ず必要ということではありません。選手自身がどうフェアプレーと向き合うのか。自分が努力して練習してきたことをどのようなプレーでみなさんに届けるのか。新たな挑戦のきっかけになるのではないかと思います。

 
ひとつの判定で、選手の未来や夢を変えてしまう可能性があるので審判員の責任は重大です。選手のためにずっと努力し続けなければなりません。ですが、そこには選手やサッカーを直接支えるという醍醐味があります。その面白さに気づくと、のめり込んでしまうというのがレフェリーの魅力なんですね。

 

レフェリーの力量でいい試合になるのではなく、選手ががんばるからいい試合になり、たくさんの感動が創られるんです。そのためにレフェリーチームは選手が輝けるように全力でサポートします。審判員のための試合は1試合もありません

 

それぞれのレフェリーが自信を持って、それぞれのレフェリングスタイルで真摯に試合に取り組むことが、選手に安心してプレーしてもらえることにつながっていくと思います。審判員は「正直である」こと、そして「自分が正しい判定を下せないことがある」ということを自覚して、なるべく選手の運命に影響を与えないように努めなければなりません。


レフェリーは選手のファウルを事前に止めさせることはできません。どんなプレーをするのかはすべて選手自身が選択できます。レフェリーは起きた事実を素直に見極めなければならないんですね。

 

サッカーのルールは誰かに「守らされている」ことはひとつもありません。自分でルールを守ってみんなで楽しむのか、ルールを破って相手を傷つけてでも勝利を手にするのか、それはすべて選手自身が決めなければなりません。

 

選手によっては、レフェリーを見てプレースタイルを変えるという選手もいるでしょう。レフェリーとのやりとりも駆け引きのひとつと思えばそういう考え方もありますね。ですが、最終的にサッカー選手に求められていることは、正々堂々と戦うことだと思います。あきらめない姿勢や挑戦し続ける姿に、応援している人たちは感動するのだと思います。

 

それはサッカーに限らずすべてのスポーツに当てはまることで、誰もが選手の清々しいプレーから得られる感動を味わいたいんだと思うんです。それを選手がしっかり受け止めて、覚悟をもってプレーしてくれることを信じています。

 

ときにはチームを救うためのファウルもあるでしょうし、それが退場になることを覚悟してファウルをするケースもあるでしょう。そういうときこそ、レフェリーはちゃんと判定しなければいけません。

 

覚悟してファウルした選手は、正しく判定したら何も文句を言いません。自分で理解しているのでカードを提示しても選手はちゃんと納得して受け入れてくれます。ところが、そこでカードを出せなかったり、正しい判定を下せなかったりした場合、後々その選手は恥ずかしい思いをすることになってしまいます。

 

例えば、選手が覚悟して退場になる反則をしたにもかかわらず、レフェリーチームが正しく判定できなかった。そして、リプレイ映像でファウルが確認されると、最初は「レフェリーどうなってるんだ」という批判になりますが、次は「この選手はずるい人」という、選手の人格を否定するようなことが起きてしまいます。

 

レフェリーチームの判定によって選手への人格否定を引き起こしてしまうことだけは、なんとしても避けなければなりません。だからこそ、レフェリーチームとしての正しい判定は選手を守るために必要なんです。レフェリーはルールを守らせることはできません。でも選手を守ることはできます。ファウルされた選手も守りますし、ファウルした選手も守ります。レフェリーチームはすべての選手を守り、選手に活躍してもらうために存在しているんです。

 

選手がカードを覚悟したファウルには、ルールが懲戒罰を与えています。レフェリーが罰を与えることは一切ありません。観客のみなさんはカードが出ると盛り上がることがありますが、レフェリーが喜んで出しているカードは一枚もありません。感動を創りだす選手をピッチでプレーさせないという判断は本当に辛いんです。審判員はたまに話題を提供することがありますが、直接感動を創ることはできません。一緒にピッチに立つ者として、選手のみなさんにはぜひ活き活きと輝いたプレーでたくさんの感動を創り出し、多くのみなさまに届けてくれることを願っています。

 

 

レフェリーが食事を摂るのは試合の2時間後

さて、本題の食事に関する話ですよね(笑)。私は食事でストレスを作らないようにしています。アレルギーになる食材以外に特別な制限は設けていません。制限をかけると食べられないストレスがゲームのストレスと重なって大変なことになります。苦手なものは香草ですね。あまり好んでは食べません。国際審判員を務めていたときは、中東で担当する試合が多かったので、イスラム教の戒律に従ったハラールフードをよく食べた思い出があります。私はお酒が飲めないので、中東でのお酒のストレスはありませんでした。

 

今は、Jリーグの試合でいろいろな地域に行きます。審判をしているといろんな地域に行けるので、様々な名産品を食べられていいねと思われたりもするんですけど、決してそうじゃないんですよ。あまり外は出歩けないので、空港や駅、ホテル、スタジアムの往復になってしまいますね。

 

ホテルではブッフェスタイルが多いのですが、地域によっていろいろとメニューに差がありますから、そこで感じる変化がうれしかったりしますね。私たちが泊まるホテルを明かせないので具体的な名前は出せませんが、北海道ではイクラが乗せ放題ですとか、名古屋では朝から味噌カツが出てきます。福岡では明太子乗せエッグベネディクトは絶品ですね(笑)。各ホテルこだわりのご当地食材から、その地域を味わっています。

 

試合中は、ハーフタイムにゼリー系の補食をして、判断力が鈍らないようにしています。試合後、レフェリーチームはすぐに帰ることができません。試合の記録を確認し、サインをして、両チームから判定に関する質問がある場合があるので、終わって30分ぐらいは待機しています。そして、シャワーを浴びてからこの試合のフィードバックを受けます。レフェリーアセッサーから、今日の試合のゲームコントロール、判定、マネジメント、審判員の協力などに関して総合的な評価の話をしていただきます。チームバスが出たあとにスタジアムを出ることが多いですね。

 

試合終了から2時間後くらいで、やっとレフェリー仲間と一緒に食事に出かけます。ナイトゲームだと、食べるところが居酒屋さんしか開いてなかったりするので、お店選びは苦労しますね。夕食のお店を選ぶ一番のポイントは、サポーターのみなさんが楽しまれているゲームの余韻を邪魔しないように、とっても気をつけています(笑)。

 

最近は、試合の勝敗に関係なくサポーターのみなさんから一緒に写真に写ろうと声をかけていただけることが多くなりました。審判員を応援してくださる方が増えたことも実感しています。審判が少しずつみなさんの身近になったのかなと思っています。サッカーファミリーの仲間として理解していただけることを、とてもうれしく思っています。

 

 

西村雄一 プロフィール

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1999年に1級審判員、2004年からはスペシャルレフェリーとして、Jリーグや国際試合で活躍。2014年をもって国際審判員からは退任し、現在は国内でプロフェッショナルレフェリーとして活動している。
2010年南アW杯では4試合、2014年ブラジルW杯では開幕戦で主審を務め、そのジャッジが世界で評価された。
1972年生まれ、東京都出身

 

 

 

 

 

取材・文:森雅史(もり・まさふみ)

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佐賀県有田町生まれ、久留米大学附設高校、上智大学出身。多くのサッカー誌編集に関わり、2009年本格的に独立。日本代表の取材で海外に毎年飛んでおり、2011年にはフリーランスのジャーナリストとしては1人だけ朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の日本戦取材を許された。Jリーグ公認の登録フリーランス記者、日本蹴球合同会社代表。

 

 

 

 

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