読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

移籍をしないと心が壊れそうだった 二度、柏を離れ熊本の男になった北嶋秀朗

高校時代から全国へと名を馳せ、1997年の柏レイソル入団後、2013年まで現役で活躍した北嶋秀朗氏。今回は、いままで明かされることのなかった柏レイソルから移籍した時の心情と、熊本へ移籍してからの食生活、さらにプロサッカーコーチとしての現在の仕事について、語っていただきました。 (熊本市内のグルメランチ

移籍をしないと心が壊れそうだった 二度、柏を離れ熊本の男になった北嶋秀朗

熊本市内 ランチ グルメレポ

f:id:g-gourmedia:20151126115326j:plain

「僕がこれまでで一番辛かったのは、柏を2度目に離れることになったときですね」

2012年05月25日、北嶋秀朗はJ1柏レイソルからJ2ロアッソ熊本への移籍を発表した。ところが登録期間外の移籍だったため、実際に試合に出られるようになったのは7月22日から。その間、北嶋は黙々と練習に励むだけの日々を続けた。

「1度目」は2003年、清水エスパルスへの移籍だった。そのときは「何かを変えなければいけない」という思いでの移籍だったと北嶋は語る。2006年、J2に降格した柏レイソルに復帰し、その後、昇格と2011年のリーグ優勝を経験した。

だが2012年、シーズン半ばにしてロアッソ熊本に電撃移籍――。

2013年、熊本への完全移籍をはたしてその年に引退。今は熊本のトップチームのコーチとして後進の指導に当たっている。練習後、すべての選手がピッチを去るまで北嶋は残り、その後監督とミーティングして、インタビュールームに現れた。北嶋の笑顔は昔と変わらなかった。

 

辛い決断…柏を離れる前は壊れかけていた心

柏から移籍することに決めた理由については、上手く話せないんです。というのも、当時のチームの状況や自分自身の考え、いろいろあったと思いますが、何故そうなったのか実際のところ僕もまだ整理できていないから。

言えるのは、自分の中で柏から移籍しなければならないという気持になっていたということです。

思い入れの強いチームからの移籍だったので辛い決断でしたが、前に進もうとは思っていました。新しい環境に移ることへの不安もありましたし、柏の町を離れなければいけないということはすごく悲しかった。でも、柏を離れないと心が壊れてしまいそうだったし、実際に壊れかけていたと思います。

ただ、そんな苦しいときに、昔、柏の監督だった熊本の池谷友良社長に手をさしのべてもらいました。池谷社長と会ってじっくり話を聞いて、「熊本で頑張ろう」と思えるようになりました。「ここでもう一回違う北嶋を表現できるようになろう」と。ここで何かを起こしたいし、存在価値を示したいという気持ちが生まれてポジティブな気持ちになれた。

ただ、バタバタと移籍が決まってから試合に出られるまで、2カ月ぐらいの空白期間があったんです。登録期間の問題で試合に出られなかった。

傍から見るとすぐに試合に出られなくて大変だと思われたかもしれません。でも逆にそれがよかったんです。そこで気持ちを整理できました。2カ月、熊本の空気を感じながら、少しずつ順応していきましたね。

もしいきなり試合に出られていたら、気持ちの切り替えができないまま出場して、難しかったかもしれません。大きく環境も変わったし、ここで吸った空気もよかった。僕自身は「いい移籍だった」と思っています。

 

 

2012年は期限付移籍だった北嶋は、2013年、熊本へと完全移籍。そしてその年を最後にユニフォームを脱いだ。

北嶋は自身のブログで「魂を削りながら闘ってきた。もう、身体のどこにも残ってない」と自身の現役生活を振り返った。だが、同時に、「次の自分の進む道 はっきりしたのは指導者になるということです」とピッチの上に留まることを発表した。

そして熊本の地で「これからもサッカーと生きたい」と戦っている。

 

コーチとしては100点満点で10点…でも将来は監督になりたい

九州はいろいろ違いますね。暑さが違うし、湿度が違う。夏は湿気が多くて冬は寒いから、結構難しい気候だと最初は思いました。

あとは食べ物が違う。食べ物はなんでもおいしいですよ。そのおいしさが全国に伝わっていない気がしますね。北海道と聞くと「海の幸がおいしい」と思うでしょう? でも熊本も海の幸がすごくおいしい。

もちろん有名な馬刺しはおいしいし、果物もお米もおいしい。何でも食材がおいしいんです。ほぼすべての食材がカバーできるし、クオリティが高いのに、あんまり全国に知られていないですね。馬刺しは知られているけれど、他の食べ物が知られていないのは残念です。

こちらの醤油は少し甘くて、僕は好きです。ラーメンは豚骨が普通ですが、僕はもともと豚骨が好きだったから、食の部分は自分にとても合っていました。

家も広かったですね。最初に引っ越してきた家が120平米のきれいな一軒家でした。熊本は生活しやすいですよ。

今は小野剛監督のサッカーの勉強と、自分の感覚でやってきたところを言葉にする勉強と、それができる人たちを見て勉強する日々です。いろいろなことを選手に話すのですが、本当は言葉というよりも伝わっているかどうかが大事で、そのためにもっと伝わる方法は何なんだろうと試行錯誤しています。

今の自分のコーチとしての点数は、100点満点で言うと10点ぐらい。10点というのは、コーチングの10点と言うより、練習の準備ができるようになったとか、そういう10点です(笑)。まだやらなければいけないことに全然追いついていません。

でも、将来は監督になりたいと思っています。

「こんな感じの時にこうなるじゃん」という感覚を選手と共有できる監督になりたいですね。「一緒の感覚でやっていこうぜ」って。常に話をして、減らず口をたたきながらやりたいと思っています。

そういうタイプの監督はなかなかいないと思います。いないということは難しいということなんでしょうね。でも僕は「それちょっとわかんないので、もう一度いいですか?」と選手と言い合える関係でいたいんです。日本人はそこでわかったふりをしますからね。

これからもいろんな人の話を聞きたいし、いろんな勉強をしたいですね。そしていつか優勝したら――そのときは独占インタビュー、やりましょうね!

 

北嶋秀朗 プロフィール

f:id:g-gourmedia:20151126113026j:plain

市立船橋高校時代に全国高等学校サッカー選手権大会で優勝。3年生時の大会では得点王となる。

高校卒業後は柏レイソルに入団。2000年には日本代表にも選ばれる。2003年に清水エスパルスへ移籍。2006年に柏復帰後、2012年にロアッソ熊本へ移籍。2013年に現役引退。2014年からは熊本でコーチを務める。

千葉県出身、1978年生まれ。

 

 

 

取材・文:森雅史(もり・まさふみ)

f:id:g-gourmedia:20150729190216j:plain

佐賀県有田町生まれ、久留米大学附設高校、上智大学出身。多くのサッカー誌編集に関わり、2009年本格的に独立。日本代表の取材で海外に毎年飛んでおり、2011年にはフリーランスのジャーナリストとしては1人だけ朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の日本戦取材を許された。Jリーグ公認の登録フリーランス記者、日本サッカー協会公認C級コーチライセンス保有、日本蹴球合同会社代表。

ブログ:http://morimasafumi.blog.jp/

                             
ページ上部へ戻る