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「行きつけの店」を持つ、ということ【中川淳一郎の「今も飲んでいます」連載第二回】

『ウェブはバカと暇人のもの』などの著作や、「NEWSポストセブン」などのネットニュースサイトの編集者として知られている中川淳一郎さんがみんなのごはんに二度目の寄稿です。前回の高い関心を呼んだ「炭水化物問題」に続いて今回は、「行きつけのお店を持つこと」についてです。(渋谷のグルメ居酒屋

「行きつけの店」を持つ、ということ【中川淳一郎の「今も飲んでいます」連載第二回】

渋谷 中川淳一郎 グルメレポ

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「行きつけの店」――なんだかイヤ~な言葉ですね。おずおずと店に入ると、それまでざわざわしていた店が一瞬で静かになり、カウンターの客が一斉にキッとこちらを見る。「あっあっ、ひ、一人なんですけど……」なんて必要以上に卑屈になると、店主は「そこ詰めてあげて」と常連客にお願い。

 

もはやペコペコすることがワシのアイデンティティじゃ! とばかりに男Aは頭を下げ続け、一つ確保できた椅子にようやく座るのです。しょっぱなの「常連カウンター一斉キッと見攻撃」により意気消沈した男Aはメニューも見ずに「あ、ビールと冷奴とお新香」と言い、「私はちゃんと頼む気持ちを持っています! 冷やかしではありません!」アピールをするのでした。

 

しかし、地獄はそこからも続きます。「最近ヒロのヤツ来ないな」「ヒロ、肝硬変になったらしいよ」「マジかよ、大変だな」「ヤマさんの方が肝硬変、ヤバいよ。アンタ、ヒロの5倍は飲むじゃん」「まっ、そうだな、人のこと言えんわな」とやり取りがあり、「ドッ」と場が湧き、一切の会話に入れない新参者の男Aはますます疎外感を覚える。挙句の果てには「常連死ね。お前らうざい。なーにが『行きつけの店』だ!」と社会を呪うのでありました。

 

行きつけの店というのは、新参者に対しては若干の排他的な空気はあるものの、実際のところ、客は新参者を排除したいとはあんまり思っていないんですよ。新参者が勝手に被害者意識でオズオズとしているだけであり、常連は「おっ、こいつどんなヤツだろう」と新参者に対しては興味を持っていたりもするのです。

 

 

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さて、こうして「行きつけの店」のイメージを書いてきましたが、こうした店を持つことってのは案外おトクなことありますよ。とにかく人生において大切な娯楽であり、生きる手段でもある「食」。自炊するよりは多くカネを払うのですから、極力快適でいたいじゃないですか。そんな時に「行きつけの店」があると快適になります。ここからは私の「行きつけの店」(正直この言葉、エラソーで好きじゃないし、自分に「行きつけ」があることを言うのは恥ずかしいけどね……)を紹介し、そこでの具体的な扱われ方を報告します。これをウザいと見るか、快適と見るかは人次第ではありますが、私にとっては快適であります。

 

そもそも「行きつけの店」とは一体何回通えばいいのでしょうか。恐らく回数はそこまで重要ではなく、店員にどんな印象を残すかが重要だと考えます。その印象が良ければ「行きつけ」になり、店から良い扱いを受けるのです。だって時々いるでしょ? 毎日同じ席を占拠しては、料理人やホールの人達にクダまいてウザがられているオッサンが。こうした人は「よく行く客」であり、決して「行きつけ」ではないと私は考えます。「行きつけ」は、店と客がお互いに快適な空気感を共有している感覚のことではないでしょうか。何度行っても打ち解けられない店ってのはあるワケでして、それは「行きつけ」にはならない。

 

チェーン店なんかに顕著なのですが、接客マニュアルって決まってますよね。だからマニュアル外のサービスなんてできないし、イレギュラーな対応をすると「あのね、客に無駄口叩かないで」なんてマネジャーから怒られたりもする。「私の行きつけの吉野家」――確かにあるとは思いますが、なかなか「店と客による快適空気の共有」にはなりづらいことでしょう。もちろん、チェーン店の画一されたサービスは、どの店に行っても安心できるというメリットもあります。

 

ですから、「10回行ったから行きつけだ!」みたいなことではなく、3回でも「行きつけ」的雰囲気を作れちゃう「行きつけ道五段」みたいな人もいるわけです。私はまだ「行きつけ道初段」程度ではありますが、そんな「初段」の心得・作法・得られる利点をここでは具体的なお店(店名は伏字)とともに紹介します。中には「ワガママ言ってるだけじゃないか! 非常識です! お店に迷惑です! モンスターお客様です!」と思う方もいるかもしれませんが、それを許容してくれている店ですし、そもそも今回のこの文章の狙いは「行きつけの利点は快適さがあること」を伝えることですので、ご容赦いただけませんでしょうか……。

 

■Y(居酒屋・渋谷

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店に入るだけで、ビールの大瓶が出てくる。店員は4人の中国人女性のうち、2人がローテーションで入っている。人数が揃っていない時なども、「いいよいいよ」と6人がけの席を用意してくれるなど融通が利きます。チクワの磯辺揚げにはマヨネーズをつけてくれるなど、私の好みに合わせてくれ、色々と追加を勝手にしてくれるのが心地良いですね。

 

また、よくいることがバレているのか、ある日、いつもこの店で酔っ払ってるジイサンが突然私たちの席に。突然「おい、ここに生ビール5つだ!」と言ったかと思ったら、「ワシはこの店の社長じゃ、ガハハハハ!」なんていって生ビールを全員におごってくれ、さらには他のジイサンも合流し、年長者から有難い訓辞をいただいたのでした。

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■S(焼きトン・下北沢

いつも美味しい生ビールを入れてくれる家族経営の店。初めて行ったのは1998年で、2005年あたりは月に6回ほど行っていました。ここ数年は2~3カ月に1回ほどしか行かなくなりましたが、長年の蓄積で行くといつも素晴らしいにこやかな対応。たまたま誕生日であることがバレたら、突然長女が外に出て、私が日々好きだと公言しているカエルのグッズを買ってきてくれたりもします。メニューにない「焼酎の三ツ矢サイダー割」なんてものも作ってくれます。「今から5分後、大丈夫ですか?」なんて電話してもなんとか席を用意してくれるのですね。

 

 

■D(スナック・渋谷

初めて行ったのは2001年。若い頃は他人のボトルを飲ませてもらっていましたが、最近は私も年を取ったため、自分のボトルを知人には「勝手に飲んで構わないよ」と伝えています。だから、私のボトルは消費量が激しく、頻繁に入れることに。一時期客数が少なかったのですが、その頃に徹底的に通ううちに、ママが妙に感謝してくれるようになりました。

 

お通しやツマミは毎度袋に入れて持ち帰らせてくれます。人生が辛くて辛くてたまらない時は、酔っぱらいながら朝までママが相手してくれたことも。ベロンベロンになって渋谷から帰れない時は、ソファーでグースカ寝てしまうこともありました。この9年間ほど、酸いも甘いもすべてここのママに見せてきたので、渋谷で二次会、渋谷で一人の時はここに行くようにしています。時々ママには鰻を御馳走したりし、日頃の良い扱いへの御礼をしています。

 

■S(居酒屋・代々木公園)

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よく取材の時に使う店。私は酒を飲みながら取材をしていただくことが多いのですが、撮影も許可してくれるし、「あぁ、またそういうことね」と融通を利かせてくれる。一時期金曜日と土曜日に毎週行っていた時期があり、「そろそろ来ると思ってましたよ」なんて言ってもらえるとこりゃ嬉しいのですよ。

 

ある日、厨房のニイチャンから巨人戦のチケットが手に入らないかなんて言われたので私もツテをたどって入手しましたら、喜んでくれたので良かったです。この店のカウンターで書籍のゲラを読むのが至福の時間です。写真のように時々PCで仕事もしています。

 

 

■S(ラーメン・池尻大橋

あまりのウマさに感動し、毎週土曜日朝11時に行くようにしていたのですが、ある日、おずおずと言ってみました。「あのぉ……。私のチャーシュー、客には出さない端っこの部分にしていただけませんでしょうか?」と。私は通常のチャーシューよりも、ゴツゴツとした不格好な、味が染み込んだ部分が好きなのですね。

 

すると「あっ、だったら……」と通常のチャーシューがあったうえで、端っこ部分を別皿にして出してくれるのです。200~300円ぐらい払おうとしたら、「いや、お金はいいっすよ!」なんて言ってくれる。以後、毎度こうしてくれたので申し訳なく、時々ビールを差し入れていたのでした。いや、チャーシュー、ウマかったです。そして、ここの店主は、私がいつも一緒に行っていた人が亡くなった時は、わざわざ墓まで来て、ラーメンのスープを捧げてくれたのですね。

 

■S(バー・神保町

初めて行ったのは1997年、新入社員の時でした。私が勤めていた会社はその前年まで神保町にあったため、先輩社員がよく行っていたのです。「今日は新入社員連れてきましたよ」と先輩が言ってくれ、料理人兼店長みたいな女性に紹介してくれました。

 

それから13年後、ひょんなことから週に2回神保町で働くことになった私は毎週のようにSへ行くようになったのですが、その時のことを覚えていてくれて、親切にしてくれます。この店は各席にお通しのナッツがあります。私が座る席は入口近くの4人がけの席なのですが、大好きなジャイアントコーンの容器は奥の席にある。私の席は塩豆か揚げたグリーンピース。いつも、「ジャイアントコーンいいっすか?」と聞き、奥の席まで取りに行くのですが、それも「どうぞー」となります。ピザも「辛くしてください」なんて言うとその通りにしてくれるのでした。

 

■T(アイリッシュパブ・場所非明記)

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この店ではギネス2~3杯、フィッシュアンドチップス、以上! を貫いているのですが、まぁ、とにかく味が良い。店長含め、上手に注いでくれるので、ついつい通ってしまいます。いや、なんといいますか、この店は店に入った瞬間の店員・店長の笑顔が好きでして……。「あっ! 来てくれたのね!」なんて雰囲気が出て、もうメロメロでございます。

 

この日は珍しく「ソフトシェルクラブの唐揚」があったので、フィッシュアンドチップスの代わりに食べました。

 

■O(和食・京都)

1998年、京都出張の時にぶらりと入った和食の店。怪しげな関係に見えるオッサンとオバサンの2人で切り盛りするこの店、おでんと野菜の炊いたもの、魚を焼いたり蒸したりするものが美味しくて、以後京都に行く時は必ず寄るようになりました。

 

私は2005年までは京都をフラリと訪れることはよくあったのですが、2006年以降、ネットニュースの仕事を始めてからは年に1回程度になりました。しかし、その都度この店には行くようにしていたのですが、店主からはすっかり「年に1回だけ東京から来るニイチャン」といった扱いをされ、「よぅ今年も来はりましたね」なんて言ってくれ、「何かいい魚ありますか?」「鯛の頭がありますよ。野菜と炊きましょうか?」なんて言ってくれるのですね。ここは決して世間的には「行きつけ」とは言えませんが、「年に1回東京から来る」ということで「行きつけ」扱いになっているのであります。

 

 

■O(居酒屋・銀座

ここも年に1回ぐらいしか行きません。通常この店に来るのは40歳以上のオッサンばかりだったのですが、自腹で25歳ぐらいの時にたまたま入ったところ、顔を覚えてもらい、以後「小僧」扱いされて店のオヤジから良くしてもらっています。小上りとか2階の大広間とか色々場所指定なんかもさせてもらい、あぁ、快適。

 

 

 

【行きつけの店7か条】

【第1条】回数だけが重要なのではない、印象が重要 上記を見ても、別に「週4回行ってます!」みたいな店はないワケです。少ない回数でありながらも「あのニイちゃんか」と思ってもらえると「行きつけ」に昇華します。

 

【第2条】ちょっとしたわがままを聞いてもらえるかどうかの見極めはしよう ラーメン屋の「S」ですが、元々は「通常のチャーシューではなく、端っこを『代わりに』入れて」と言ったのです。「どうせ捨てるんだろうからそれを貰えませんか?」ではないのですね。渋谷の居酒屋「Y」でも「まぁ、マヨネーズぐらいだったらいいだろう」という判断です。要求の度合は高過ぎないように。高い場合は追加料金を提示しましょう。

 

【第3条】馴染みがあるからこそ、紳士・淑女的に振る舞え つい「ワシは常連じゃ! 好きなようにさせろ!」と思うかもしれませんが、「行きつけの店」は「自分にとって心地良い店」であることと「店にとっても心地良い客」が両立している店です。ゴーマンな振る舞いはダメです。

 

【第4条】「カネ払ってるんだからサービスしろ、オラ」はダメ 第3条と同じです。カネ払ってるからエラいのではありません。カネを払うのは、そのカネで得られるサービスに納得していることを意味するワケでして、両者は対等です。

 

【第5条】常連ヅラでエラソーにするのはカッコ悪い、低姿勢で 時々、「そこはオレの席だぞ」なんて言ってくるオッサンがいるんですよね。店の側も「今日はタナカさん来ないだろうな……」なんて思いながらその席を新参者にあてがったワケですが、タナカさんは来た。正直、店からしても「そこはオレの席」という客は迷惑です。「空いてるところでいいですよぉ~」というスタンスが重要です。

 

【第6条】混んできた時には早く切り上げるなど、店全体への配慮を どうせその店には何度も来ているワケですから、また来ればいいんですよ。混んできたらサービスの質を低下させぬためにも、ササッと切り上げるのが吉でしょう。

 

【第7条】いざという時、辛いことを語っても許される関係性を作る 店の人と客の関係というのは、「大体は分かってるけど、全部は分かっていない」という関係。全部が分かっている人に悩みを吐露するよりも、少し距離のある人に対しての方が色々言えることもあるのではないでしょうか。悩みを打ち明けて、それを親身に聞いてくれたらお礼を言い、さらには後日、返礼の品を出すぐらいしても良いかもしれません。

 

 

著者:中川淳一郎(なかがわ じゅんいちろう)

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ライター、編集者、PRプランナー

1973年生まれ。東京都立川市出身。
一橋大学商学部卒業後、博報堂CC局で企業のPR業務を担当。2001年に退社し、しばらく無職となったあとフリーライターになり、その後『テレビブロス』のフリー編集者に。企業のPR活動、ライター、雑誌編集などを経て『NEWSポストセブン』など様々な、ネットニュースサイトの編集者となる。主な著書に、『ウェブはバカと暇人のもの』(光文社新書)、『ネットのバカ』(新潮新書)、『夢、死ね!』(星海社新書)、『縁の切り方』(小学館新書)など。割と頻繁に物議を醸す、無遠慮で本質を突いた物言いに定評がある。ビール党で、水以上の頻度でサッポロ黒ラベルを飲む。

 

前回の「今も飲んでいます」はこちら。 

「幹事の味方」でも中川淳一郎さん、連載中です。

中川淳一郎さんは「幹事の味方」でも連載中です。こちらと合わせてぜひご覧ください。

                             
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