サラームアリクム。ワールドミュージックの評論家にして、日本初の中東料理研究家、サラーム海上(うながみ)と申します。中東音楽好きが高じて、毎年中東諸国に音楽取材に行くうちに、音楽だけでなく中東の料理を覚え、2013年にはトルコ、レバノン、モロッコ、エジプト、イエメン、イスラエル料理のフォトエッセー&レシピを載せた書籍『おいしい中東 オリエントグルメ旅』(双葉文庫)を刊行しました。そして、雑誌やウェブサイト、TwitterやFacebookを通じて日頃から、自分で作ったり、お店で食べたり、現地で習ったりしたエスニック料理の写真をアップし続けてきたところ、ぐるなび編集部から「エスニックな肉料理の連載やりましょうよ!」と話が来ました。もちろん喜んで!
僕は肉料理に目がない。特に牛肉と羊肉! インドに行ったらマサラで漬け込んだラムチョップの炭火焼きを一人で10本くらい食べちゃうし、トルコではドネル・ケバブはパンに挟まず、お皿に盛ってもらい最低二人前は頼む。東京で今流行りの立ち食いステーキ屋に行ったら500gが基本。そんなに食べて太らないかって? そのために週三回はジムに通ってるし、自宅ではベジタリアン料理中心にして、肉料理は極力食べないんだよ。肉食中年は努力が必要なの!
それだけに、いったん外食となれば肉! しかもエスニック料理なら最高! というわけで、これまでにありそうでなかった、肉料理に特化したエスニック料理食べ歩き企画「東京“エス肉”めぐり」が始まります!
記念すべき第一回は三軒茶屋・遊楽通りにある人気のシュラスコ専門店、ブラジリアン食堂BANCHO一号店だ!
普通、シュラスコ・レストランと言えば、青山や渋谷の一等地にあり、サンバ・ダンサーが踊れるほど広い店内が売り。そして当然、お肉は食べ放題。値段は高級なフランス料理やイタリア料理とまでは言わないけれど、少々高めの設定。
現在47歳の僕の世代にとってシュラスコは約20余年前、1990年代初頭のバブルがハジける直前の東京の思い出と重なるんだなあ……ガールフレンドと二人で、数日前までにはお店の予約を入れて、気張ったデザイナーズブランドのスーツを着て、当時まだ日本に入ってきたばかりのカイピリーニャやモヒートをガブ飲みして、お店のブラジル人サンバ・ダンサーと踊って、前後不覚になって終電を逃す……そんなイメージ(どんなイメージだよ、おい!)。
シュラスコを一串から頼める!しかも完全炭火焼。コスパも抜群
それに対してBANCHOは「シュラスコを一串からでも頼める飲み屋」をコンセプトにしたシュラスコ食堂、いや、21世紀の東京だからこそ生まれたシュラスコ居酒屋なのだ。しかも、日本のどの大手シュラスコ・レストランもやっていない、完全炭火焼きのシュラスコにこだわっている。その上、シュラスコ2時間食べ放題の値段は3,200円。前日までに予約すれば3,000円とコスパも良すぎる! その値段設定では国産牛肉はもちろん望めないし、使える肉も限られてくる。そうした一見不利な条件を、丁寧な仕込みと塩振り、炭火のテクニック、そして、「肉を焼く」ということへの愛情で見事にクリアしている。
『牛』の文字はネックレスではなく、Tシャツにプリント!
僕はワールドミュージック専門の音楽評論家ではあるが、ブラジルには一度も足を踏み入れたことがない。それでも四年ほど前からBANCHO一号店には通い続けている。というのも、僕が毎年訪れる中東諸国にはケバブがあり、僕はケバブのことを心の底から愛している。なので、BANCHOのシュラスコ、および肉へののっぴきならぬ愛情は「同じ経典の民」ならぬ、「同じ肉を愛する者」として深く共感出来るのだ。
そう感じているのは僕だけではないらしく、BANCHOには熱烈なファンが付き、現在では三軒茶屋に3店舗(うち一店舗はメキシカンタコス専門店だが、2/28に焼き鳥店として再オープン予定)、渋谷道玄坂上に一店舗の4店で展開している。お店ごとの焼きの違いを食べ較べて歩く人までいるらしい!
1月下旬の寒い夜、僕は「東京エス肉兄弟団」(連載開始を機に勝手に結成しました。団員随時募集中。入団希望者は英文の職務経歴書を僕にメール [salamuna@chez-salam.com] して下さい)のK氏ともに、BANCHO一号店にオーナー/シュラスケーロ(シュラスコを焼く職人)の佐藤拓さんを訪ねた。
佐藤拓さん、ペットボトルの中はSHOCHU!?
一号店のキッチンの棚には物騒な熊の頭蓋骨が幾つも並べられている。それらは全て、岩手県で現役のマタギを生業にしている拓さんのお父様が最近仕留めた熊の骨だという。
店員の川上さんと骨
「僕は骨フェチなんですよ(笑)。骨の上に付いてるのが肉。その肉を剥がして、裸にしたら動物はどんな形をしているのか。子どもの頃から興味があったんです」
成功しているレストランのオーナーシェフはたいがい話が面白いが、拓さんもその例外ではない。肉について一旦話し出すと、もう止まらない! 一発目に運ばれてきた羨ましい太さのリングイッサ(ブラジルのソーセージ)をぱくつきながら話を伺おう。炭火焼きのリングイッサは注意してナイフを入れないと肉汁が飛び散るぞ!
「牛肉はオーストラリア産、鶏はブラジル産、ハツは国産を使ってます。熟成肉なんかには太刀打ち出来ませんが、それだけに今ここにあるもの、自分たちで勝負出来るもので、肉をどれだけ感じてもらえるか、工夫をしてきました。最近では和牛よりもオーストラリア牛の肉のほうが好きだと言う日本人もいるんですよ」
リングイッサの次に、若いシュラスケーロ、川上君が目の前に巨大な焼き串と肉切りナイフをかかえて運んできたのが、シュラスコで一番美味い部分と言われるピッカーニャだ。牛のイチボ、いわゆる「お尻のえくぼ」の部分だ。焼き串で半円形にまとめて炙り、そぎ切りにしていただく。脂とレア状態の赤身のバランスが最高だ。通常は、ある程度肉が行き渡った後に運ばれてくるのだが、川上君は僕が大のピッカーニャ好きで、最初からピッカーニャを食べたいと知っているのだ。それにシュラスケーロが目の前で削ぎ落とすピッカーニャを「もっと多く切ってよ!」「いや、そんなには食えません……」などと注文を付けながら、トングで受け止めることこそシュラスコの醍醐味だ。
「こんなデカい包丁を持ってお客さんの周りを歩いて回るのはシュラスコくらいですよ(笑)。(はじめ人間)ギャートルズのような肉を目の前で切るなんて、豪快ですけど、危険じゃないですか! そのワイルドさがシュラスコの醍醐味なんです。C・W・ニコルや、「大きくなれよ」(丸大ハムのTVCMナレーション。昭和40年代育ちのオヤジにとって肉食の原体験となった)の世界です。炎と刃物の似合う男はカッコ良い! どちらも危険だから!」
危険な男が集うBANCHOはもちろんお酒も美味い。ビール、ワイン、もちろんカイピリーニャやブラジル版のサングリアであるサンギ・ヂ・ボイ、ブラジル版焼酎のピンガなどもあるが、僕のお勧めはシナモンスティックを漬け込んだBANCHO特製の金宮焼酎を使った「金宮モヒート」。ライム、ミントにシナモンが加わった金宮焼酎、これは他のシュラスコ・レストランでは飲めない。同じく特製シナモン金宮をナカに使った「裏ホッピー」も美味いぞ!
次に運ばれてきたのは酢やオイル、玉ねぎなどでしっかりとマリネした鶏もも肉のフランゴ。外側には軽く焦げ色が付き、口当たりはホロホロで、中は程良く火が通り、プリプリしている。その後は岩塩を振っただけの牛の赤身アルカトラステーキ、同じく赤身を赤唐辛子などで漬け込んだホットステーキ、赤身にガーリックソースをかけてガーリックステーキ、牛のサガリ(横隔膜)であるフラウヂーニャが一つの皿の上に並んだ。一切れ約50~60gほどの肉が四切れ、肉を愛する者には至福の瞬間だ!
※アルカトラとホットステーキ、ガーリックステーキは牛ランプ肉の部位です
「要は塩と胡椒だけでイイんです。胡椒は肉の匂いを、塩は味を引き出すために、それさえあれば、化学調味料なんて要らない。端役は出てくるな! あとは炭火があれば問題ないんです」
はじめはブラジル人に焼き方を教えてもらえなかった
拓さんは日本人で最初にシュラスケーロとなった二人のうちの一人。シュラスコに出会ったのは1994年に外苑前に開店したシュラスコ・レストラン、サバス東京だった。当時はシュラスケーロはブラジル人だけの仕事とされていた。
「日本人は掘り下げるのが上手いから、焼き方を教えたら自分たちブラジル人の仕事が無くなってしまうと言われ、教えてもらえなかったんです。それでも粘って、最後には教えてもらいました」
その後、都内や仙台でのバー経営を経て、7年半前に現在の一号店の場所に焼き鳥屋「番鶏」をオープンした。焼き鳥屋に行き着いたのは小学校の文集に書かされた将来の夢を読み直したためだった。
「僕は文集に焼き鳥屋かプロレスラーになりたい!と書いていたんです。いろんな仕事をしてきて、誰のために生きているかわからなくなって、鬱になったことがあるんです。そんな時に文集を思い出して、読み直した。そして、肉を焼くことを掘り下げる!と決めたんです」
どうしたってガスより炭焼きが美味い
焼き鳥屋で炭火の魅力を発見し、それがシュラスコ+炭火という現在のBANCHOのコンセプトに発展していった。
「炭火は垂直に熱が上がるんです。それで肉を回転させたら、どうだろうか?と思って。日本のシュラスコ・レストランはガス焼きですが、どうしたってガスより炭焼きが美味い。焼き鳥で培ったことが生きたんです。
BANCHOはブラジルのシュラスコとは味が違うと言われたことがあります。シュラスコはブラジルの文化ですが、僕はブラジル料理はこうだ!ではなく、その中にある自分の思っている部分を引き出して、日本の自分の料理と引き合わせた。トラディションに対するイノベーションです。
僕は日本でシュラスコを食べる人間を増やしたいんです。お洒落なシュラスコ・レストランにめかし込んで行くのではなく、今日、安くシュラスコを食べてみよう! シュラスコを1切れ、2切れだけつまんで、日本酒を一杯とかイイじゃないですか!」
ポルコ(=豚ばら肉)
コラサォン(=鶏のハツ)
ガーリックソースに漬け込んだ豚のバラ肉ポルコと、スパイスで漬け込んだ鶏のハツ、コラサォンをいただくとシュラスコはこれで一通り全て食べたことになる。ポルコは表面がカリカリ、コラサォンもほろ苦く美味い。最後にもう一枚ピッカーニャを焼いてもらってから、焼きパイナップルのアバカシで今夜は締めよう。いい夜になった。肉とお酒と拓さんの話が肉を愛する者ことオレ47歳ジェラス・ガイを酔わせてくれた。川上君、お勘定!
拓さんは話を終えると、一人ふら~っと夜の遊楽通りに消えていった。
ぐるなび - ブラジリアン食堂 BANCHO 1号店(三軒茶屋/ブラジル料理)
プロフィール
サラーム海上 Salam Unagami
音楽評論家/DJ/中東料理研究家。肉食。中東やインドを定期的に旅し、現地の音楽と料理シーンをフィールドワークし続けている。活動は原稿執筆のほか、ラジオやクラブのDJ、オープンカレッジや大学での講義、中東料理ワークショップ等、多岐にわたる。著書に『おいしい中東 オリエントグルメ旅』(双葉文庫)、『21世紀中東音楽ジャーナル』(アルテスパブリッシング)ほか。朝日カルチャーセンター新宿にて「ワールド音楽入門」講座講師、NHK-FM『音楽遊覧飛行エキゾチッククルーズ』のDJを担当。中東や東欧の最新音楽をノンストップDJ MixしたCD「Cafe Bohemia~Shisha Mix」(LD&K)も発売中。www.chez-salam.com