フミコフミオの夫婦前菜 第4回「すごいや、ラピュタに生シラスは本当にあったんだゼーット!!」

結婚から3年。過労で病床に臥した夫。そんな夫を湘南名物「生しらす丼」で元気付けようとする妻。江の島へ向かった夫婦が見たものとは……。(藤沢のグルメ海鮮料理

フミコフミオの夫婦前菜 第4回「すごいや、ラピュタに生シラスは本当にあったんだゼーット!!」

「起きろー!」

 

風邪をこじらせ熱でうなされている僕の頭上から突然少女が叫びながら降ってきて心臓が止まりそうになる。世知辛い文章を飾りたてようと少女と記述したがもちろん虚飾。少女は妻だ。少女時代をすでに終えている妻だ。妻はせっかくの休日なのに外出しないのかと憤っていた。

 

《空から落ちてくる少女》というモチーフで真っ先に思いつくのは天空の城ラピュタ。「おっさんが作った少女ファンタジーなんてナンセンス」。そんな偏見からスタジオジブリ作品を毛嫌いしている妻が唯一認めているジブリ作品が天空の城ラピュタ。城郭マニアだからね。Blu-rayも所有していて昨晩も見ていた。見せられていた。

 

体調不良で外出なんてとてもとても、情に訴えた僕を「言葉を慎みたまえ」とムスカ様風に一喝したあとで妻は「生、嫌い?」と意味深なことを言う。昨夜のラピュタをひきずっている。生ものは好きだ。百パーセント。しかし、何の生だ?そんなクエスチョンに対し「シラスも古い秘密の名前を持っていのだよ。マイワシ・イカナゴ・アユ・ウナギ・ニシン・ウル・ラピュタ」とまどろっこしい解答を寄越したあとで妻は「もうすぐ禁漁になっちゃうよ。生しらす早くしないと」と続け、危機感を煽った。超煽られる僕。生しらすは年明けから春まで禁漁なのだ。

 

生タマゴ。生野菜。生ビール。好き好き大好き生しらす。最近ブームの生しらす。生しらす目当てで都会から押し寄せてくるヤングが長蛇の列を形成しているおかげで足が遠くなっていたけれど、禁漁と聞いてしまうと食べたくなってしまうのが人の性。こうして病身に鞭を打つようにして僕は、僕らは江の島へと向かったのである。

 

妻は《健康のため》というけれども、微熱がある体で自宅から数時間の場所にある江の島まで徒歩で向かう行為の裏には、何らかの陰謀があるのではと疑ってしまう。万が一、倒れても入院特約付の生命保険入ったばかりだ。心配はない。陰謀恐れるに足りず。

 

海岸沿いをずんずん歩く妻の後ろをラピュタのロボット兵のように小鳥にちょっかいを出したりして何も言わずについていくと江の島が見えてくる。

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僕は江の島の山っぽいシルエットがかの天空の城ラピュタにどことなく似ていることに気づいた。この気づきと喜びを2014年らしく妻とシェアしようと「すごいや、ラピュタは湘南にあったんだ」と口に出してみた。反応はなかった。先ほどまでのラピュタプレイはなんだったのか。

 

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いざ江の島。島の入り口に並ぶ磯料理屋は生しらすを求める人たちで溢れかえっていた。「この人混みが嫌なんだよ…」そんな僕の機微を汲み取ったのだろうね、妻が「見ろ!人がゴミのようだ!」と言い放つ。やはりラピュタプレイらしい。

 

妻は僕を連れて江の島の坂を登り始めた。タコせんべい、洋食屋、トッキュウジャーのお面といったあらゆる誘惑、各神社への参拝、すべてを無視してずんずん登る。罰当たりだ。

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「坂の上のお店の方がいいのー」と妻は言う。「生しらすで店の良し悪しなんてないだろ…」と僕がボヤくと妻は立ち止まり、振り返り、婚姻届に印を押したとき以上の真顔になり「キミも男なら聞き分けたまえ」といった。ラピュタだ。その顔には深い悲しみと、この人はなんてバカなんだ…、という不快感と憐憫とが並列にあった。

 

妻曰く、見栄えのする底の浅い器を使っていると丼食いが出来ない、しかし、これから向かうお店は深い丼を使用しているため《どこに出しても恥ずかしくない》丼食い、かき込み食いが出来るのだという。「生しらすはかきこむように食べるのが正義ですう」。なんて男らしい。僕が女だったら惚れていただろう。

 

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体調不良に疲労、それと空腹でヘロヘロになりながら目的の店に到着。《江之島亭》。明治24年創業の由緒あるお店で寅さんのロケ地になったこともあるようだ。僕は恐る恐る「生しらすあります」の貼り紙を探した。生しらすは当日朝の漁獲に左右されるので、ないときもたまにあるのだ。無かったら泣いちゃう。

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貼り紙かくにん!よかった。

 

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店に入ると「割ってみろよ」と言わんばかりの挑戦的な大皿と端末機械が置いてあった。ローテクとハイテク。至極ラピュタ的だ。「むはははは。読める!読めるぞ!」とムスカ様のように仰いながらタッチパネルを操作する妻、戸惑うシータ姫は僕。

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妻が「シラス!」とラピュタの有名なアレのように唱えてタッチすると受付ナンバーが記載された無機質な紙が出てきた。

 

アベックまたはカップルまたはペアで来店する場合は窓際の席を指定するのが王道だろう。けれども僕が会社内で窓際席に追いやられていること、並びに数時間歩いてきたために大変空腹であり判断力が著しく低下していること、及び我々夫婦からはアベック的な熱が失われて久しいこと、それらの状況を鑑みて席は指定しなかった。そのほうが早く案内されるしね。

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案内された席からでも海は見えた。相模湾から箱根富士山まで一望できるこの眺めは江之島亭ならでは。妻「むははは。見ろ!海が池のようだ!」。もう、意味がわからない。

 

 生しらす丼にしようかな、んー。でもーしらすの様々な食感や味を味わいたいからなー。釜揚げしらすと生しらすのハーフ丼にしようかなーとギャルのように悩んでいるうちに妻が勝手に生しらす丼と生ビールを頼んでいた。

 

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生しらすドーン! 「これよこの器なのよ。見ろぉ!生しらすがヤマのようだ!」と褒めているのか貶しているのかわからない妻は無視、目下の生しらす丼に集中。

 

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生しらすの量がハンパない。しょうがとネギ、大根のシンプルな盛付が、生しらすを引き立てていて、いい。シンプル・イズ・ベストなのである。サラダ的な葉物でボリュームをごまかして、器の中央にちょこっとシラスがのっているような生しらす丼とは全然違う。生しらすドーン!って感じ。箸で掘っても厚い層になっている生しらすが…。

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見ろ。生しらすが山のようだ!

 

しょうがを溶いた醤油をかけて丼を持ち上げ、かき込むべし、かき込むべし、かき込むべし。生しらすの素材そのもの味の美味さと、プリプリの食感に感動しつつ、妻を見やると一心不乱にかき込み食いをしていて、そのおっさん仕草に、一瞬、結婚を後悔した。

 

一足早く完食した妻が「微熱あるのに食べられる?」「生もの無理しなくていいんだよ」「生しらす残してもいいんだよ」と執拗に言ってくるのに根負けして、僕は愛する生しらすを愛する人に分けてあげた。僕の体を心配してくれている、きっとそうに違いないと信じて…。僕は、心で泣きながら「バルス」の呪文を唱えていた…のはともかく、江之島亭の生しらす超おすすめっす。生しらす単品をつまみに生ビールもありだと思います。

 

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今日のお店


ぐるなび - 江之島亭(江ノ島・鵠沼/魚料理)

 

フミコフミオ

海辺の町でロックンロールを叫ぶ不惑の会社員です。90年代末からWeb日記で恥を綴り続けて15年、現在の主戦場ははてなブログ。内容はナッシング、更新はおっさんの不整脈並みに不定期。でも、それがロックってもんだろう?ピース!

  

 
ブログ「Everything you've ever Dreamed」:http://delete-all.hatenablog.com/
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