故郷会津を離れて早二十年、ふるさとというものの温かさ、めんどくささが恋しいお年頃。
トレンディーでおシャンティ(死語)なカフェバー巡りはもう卒業です。大人の女の色気を武器に(?)、都会の真ん中で心の安らぎとうまい酒を求めて彷徨います。会社帰りの一杯、旅先での一杯、そしてそこにある人々との楽しいふれあい、それが私のガソリンです。というわけで、この連載ではギリギリ30代のアラフォーサラリーウーマンのおひとり様酒場めぐり記をお送りしています。
会津若松「盃爛処」(はいらんしょ)
会社からもらった連続休暇の後半は地元会津に帰省。
地元といっても高校生までしか住んでいなかったので、夜の街については全然詳しくないのが悔しい。
地元の友達と飲みに行っても、東京にあるようなしゃれ乙なイタリアンなどに連れて行かれる(ほら、会津にだってこんなお店があるのよ、ほら、山奥の温泉旅館でだってこんなにおいしい海の幸が食べられるのよ、的な)ので、そんなものはまったく欲していない私、今回はひとり夜の会津若松をよろよろと巡ることにした。
この日は田中稲荷の例祭とかで野口英世青春通りはほうずき市だの、焼きそばだの、お好み焼きだの、太郎焼きだのの屋台でにぎわっている。特段の目的のない私はよろよろふらふらそちらの方に吸い込まれる。
よろよろ。
屋台も楽しいけど、通りに面する商店がなんとも趣深く興味深い。陶器店だの骨董屋だの、売る気あるのかないのか、ほこりの被った品物を堂々と並べ、店主は奥の方で老眼かけて新聞読んでいます的なお店が並ぶ。
途中それらのお店を冷やかしながら、野口英世青春通りを駅に向かって歩いていくと、左手に何と読むのか、ヤンキーの当て字か?と思わせる看板が見える。
なかなかいい味だした擦り切れた暖簾だ。これは名店に違いないと勘が働き、よろよろとお店に吸い込まれてみた。
「ひとりなんですけど」と無言で指一本突き立ててお店の大将と思われるお兄さんにアピール。
すると、「おねえさん、お酒好きそうだから、冷蔵庫がよく見えるこの席がいいね」と、カウンターの真ん中あたりの席を指定してくれた。
た、正しい、あんたは正しい。
なんでお酒好きってわかったの?(そらぁ、居酒屋に一人で入ってくる女なんて酒好き以外の何者でもあるまい、と後から考えれば誰でも分かることであるが)
ちょっとばかし感動してその席に座ると、目の前のガラスケースの冷蔵庫には日本酒の一升瓶がぎっしり。緑、青、透明はたまた茶色の一升瓶が冷蔵庫の明かりに照らされて、美しい。
いい眺めだのう。
このお店は正解のようだ。
ということで、まずは生ビールを注文。
三口くらいくぴぴとやったところでお通し2品が運ばれてきた。
トコブシとおじゃがの煮たやつかぁと眺めていたところ、すかさず大将が「トコブシじゃないよ、アワビだよ!」とニコニコ顔で教えてくれる。
をを!
トコブシもアワビもその味の違いはよく分からないが、「アワビ」と思って食べる方が10倍おいしい。現にそのアワビは柔らかく、甘辛くおいしいのであった。
じゃがいもの煮ものもしゃばしゃばとさっぱり、おばあちゃんちで出てきそうな素朴な味わい。
メニューを見てみよう。
まずは「焼き鳥」ゾーン。っていうか、ほぼ焼きトンじゃん(笑)。
焼きトン大好きな私にはまたまた「正しい」と思えてしまうのであり、カシラ(塩)とシロ(タレ)を注文。
「焼き物」ゾーンに「銀たらの照り焼き」を発見。
盆暮正月などのめでたいときによく出てきた銀鱈、もう会津のソウルフードの一つですな。
One of the Aizian soul food
はい、即注文。
うーむ、タンパク質祭りだのう、さっぱりしたものを・・と思って頼んだのが冷奴だったという落ちはさておき、
そろそろ本命のお酒行ってみっぺ(←訛り始める)。
メニューを見ればその品ぞろえの素晴らしさに心が躍る。メジャーなお酒はほとんどないぞ、地酒も地酒、小さい蔵のお酒ばかりですぞ。会津中将、飛露喜、泉川、会津娘、国権あたりが強いて言えばメジャーか。
ここはせっかくなので、飲んだことのない、東京では飲めそうもないマイナーなお酒をジャケ買いならぬラベルチョイスしよう。
ショーケースの中でひときわ目立っていた「風が吹く」。山廃純米生酒、山廃純米吟醸生酒、純米吟醸(だったかな?)の3種が、色違いのラベルで並んでいた。折しも台風8号で大騒ぎ、これは「風が吹く」を飲むしかないなと、即注文。
いうまでもなくお酒に詳しい大将は私が注文した銀たらの照り焼きに合うようにと、山廃純米生酒を選んでくれた。
ショーケースでキンキンに冷やされた硝子の徳利に山廃純米生酒を詰め詰め。同じくショーケースでキンキンに冷やされた硝子のお猪口が、あれ?なぜか2個。
おひとり様なんですけどぉ、と不安気にながめていると、大将が山廃純米吟醸生酒をお猪口の一つになみなみと注ぐではないか。
「せっかくだから、これも味見してみて」って、味見の域を超えたその太っ腹(大将は本当の意味で太っ腹であったが)さ加減に、またまた、(正しい、ここは正しい居酒屋だ…)と念仏のようにこころの中で唱えてしまう。
お酒の味は人それぞれ好みがあるでしょうから、どうこう言いませんが、美味しいに決まっていることはお分かりいただけるかと。
銀たら照り焼きと「風が吹く」のマリアージュを楽しみ、うめぇ、うめぇと唸りながら、ひとりでちびちび。ちびちび。
目の前の焼き台では、焼き鳥だの分厚い厚揚げだの、桜肉だの手際よく、くるくる焼き焼き。
うまそーら、うまそーら、でも、もうタンパク質いっぱい食べたし、さっぱりしたものを・・・なんて考えていると、またも心の中を見透かしたように「お刺身、今日は鰯がおいしいよ」と大将の一声。
郷に入らば郷ひろみ、お店に入らばお店に従えということで、なすがままに「JSD!(じゃあ、それで!)」
鮮度抜群の千葉の鰯が入っているそうだ。昔の会津じゃぁ鰯なんて足の速い魚は食べられなかっただろうなぁ、物流ってすごいなぁ、なんてどうでもいいことを考えていると「半身にしといたよ!」と私のお腹の様子を察して半分量で鰯を供してくれた。
わさびを乗せて醤油にひたひたして口へ運ぶ。
ここれは、中トロか?!
鰯はふわ~んと口の中でとろけてどこかへいってしまったのであった(ってお腹の中だろうが)。うめぇ、うめぇ、山廃純米吟醸生酒をぺろぺろしてまたマリアージュを楽しむ。
正しい、正しすぎる居酒屋だ。
そうこうしている間にお酒もなくなったことだし、〆といきやしょう。
米好きシャリジェンヌな私は迷わず「おにぎり(たらこ)160円」を注文。
うをー!田舎のおにぎりだ~、ばあちゃんやかあちゃんが握る、雑な感じのやたらでかい握り飯というにふさわしい、ほっこりこころ温まるおにぎりだ~(しかもおしんこ山盛り添え)!
もぐぱく、もぐぱく、ひたすらもぐぱく
うめぇ、うめぇ、
もぐぱく、もぐぱく・・・
おにぎり瞬殺(キリッ)
あぁ、幸せら~、なんて幸せなんら~(遠い目)。
・・・・
酒も肴もなくなったし、長っ尻しないのがいい酒飲みということで、そろそろお会計かなぁ、でもまだ帰りたくないなぁ、なんて思っていると、
(ガラガラガラ)
(あ、小林クン、いらっしゃ~い)
小林クンは「今日は飲めねだ、今日は飲めねだ」(今日は飲めないんだ、今日は飲めないんだ)と言いながらカウンターの私の一つおいた右隣にお座りになった。
「飲めないのに飲みに来たのが?」とお店の年配のお姉さまにつっこまれつつも、生ビールをくぴくぴやる小林クンに私のハートは釘づけ(笑)
「田中稲荷でお神酒いっぺ飲んできただ」と上機嫌な小林クン。お通しの「アワビ」をすっと私に差し出してくれた。
あぁ、小林クンと私は相思相愛のようね。
さらに小林クンは「好きなの頼めまぁ」とお酒までご馳走してくださるのである。
遠慮なくこれをいただきました。
「飲めない」小林クンはビールしか口にせず、お酒はまるっと私おひとり様でいただいてしまった。ありがとう小林クン。
朝の連ドラの話やら大将の痛風の話やら、四方山話に花を咲かせる楽しいひとときであった。
(ここは正しい酒場だのう、会津の酒飲みは正しい酒飲みだのう。)と念仏。
さて、お会計の時間。
さんざん飲み食べして3,300円とは、ただただ感動。
ここ会津若松の「盃爛処」(はいらんしょ)は正しい居酒屋。
女おひとり様にも優しい、正しい居酒屋だった。
そして会津がまた好きになる夜だった。(おしまい)
※ちなみに「小林クン」はいい味出した年の頃はそう、52、3と思われるおんつぁん(おじさん)である。
[ライター:大川原 愛(23番地cook)]