「うれしい」と言いつつかなり暗い・・・その背景には・・・

母と離れ淋しそうな我が子たちへの思いを歌に

この歌が作られたのは1935年頃のことです。当時サトウハチロー氏は子どもを引き取って離婚したばかりでした。淋しい思いをさせた子どもたちにひな人形セットを買い、しばし楽しい時を過ごしたその様子を歌にしたと言われています。

嫁ぐ直前に夭折した実姉への思いも込めて

歌詞の中にある「姉さま」は、サトウハチロー氏の実姉です。幼少の頃のケガが原因で、外で活発に遊べなかったサトウ氏にとって、姉は良き友人でありピアノの師でもありました。しかし姉は嫁ぎ先が決まった直後、結核によってわずか18歳で亡くなってしまいました。サトウ氏はせめて歌の中で姉を嫁がせてあげようという鎮魂の思いを込めて、この歌を作ったといわれています。

実は間違い!「お内裏様とおひな様」

男ひなは「お内裏様」、女ひなは「おひな様」と、多くの日本人が認識していると思いますが、それはこの「うれしいひな祭り」2番の歌詞によるところが大きいのではないでしょうか。しかし本当は、「お内裏様」とは男女一組のおひな様のこと、そして「おひな様」とは全ての人形のことを指すのです。

サトウ氏の作詞意図が段飾り人形すべてを指しているとすれば、誤用ではないとも言えます。しかし、後に続く「二人並んで」という歌詞によって、やはり男ひな、女ひなを指した誤用だったという見方が強いようです。

これも違う!赤い顔なのは左大臣だった

これは明らかな間違いです。「赤いお顔」なのは右大臣ではありません。左大臣です。よく見ると向かって右側「左大臣」は少し赤ら顔の老人、向かって左側「右大臣」は白く凜々しい顔つきの若者です。

この二人は随身と呼ばれる護衛の者で、高位、年長の者が左側(向かって右側)に座すという決まり事に従って並んでいます。観る者から見て右側が左大臣とは、なんとややこしいことでしょう。

日本中で歌い継がれる名曲も作詞家本人には嫌われたまま

サトウ氏の歌詞に河村氏が日本独自の陰施法を用いたメロディーをつけ、日本情緒あふれる曲が出来上がりました。大らかな時代だったのか、誤用については指摘が無く、そのまま発表されました。後に児童教育者等から誤用訂正を求める動きもあったということですが、歌の普及には追いつけなかったようです。

「うれしいひな祭り」は現代でも日本中で歌い継がれる名曲となりました。2007年には文化庁が選定した「日本の歌百選」にも選ばれています。この曲を愛し、自身のライブやレコーディングに採用している歌手もいます。しかし、サトウハチロー氏は歌詞の背景にある悲しい記憶と後に気づいた歌詞の誤用から、晩年までこの歌を嫌っていたと言われています。